確かな意志を持って。
鍵束をもったまま、牢へ一歩ずつ近づく。

ベッドに腰掛けて、猫背のまま疲れた顔をこちらに向けて、男は少し目を見開く。
ふ、とアニタは涙が溢れ出す寸前のように歪んだ笑いを向ける。

「馬鹿な女でしょ」

理性がある分、罪深い。
ギシ…と壁が軋む。船が揺れる。

鍵束が鈴のような音をたてる。

「…やめとけ。お前のそれは、同情だ」

牢の錠穴へ鍵を差し込む。
手が震える。
カチカチとうるさく騒ぐ。

「そんなの、わからない」
「嬢ちゃん。大人の言うことは聞くもんだぜ?」

扉が開く。
囚人と看守の線引きを、飛び越える。
たった一歩だけの距離。

意を決して、踏み込む。

男が顔を上げる。
顔つきが変わる。

「分かってんのか」

鍵束を床に叩きつける。
ガシャンと大きな音をたてる。

相変わらず、身体は震えっぱなしだ。

「騙されてても良い。これでも、色々、覚悟してきたんだよ。ねえ」

ほんの少しの情緒に縋り付いて愛される夢を見る。
妄想の中に沈み込んで騙されていたって良いんだと自分の全てをごまかすのだ。
少しでも気を引きたくて。少しでも意識を向けたくて。

「お願い」

男を前にして、たくさんの船員が重傷を負わされた光景がフラッシュバックする。
くらくらと恐怖で眩暈がする。

一歩近づく。男の眉間のシワが増える。
もう一歩近づく。手を伸ばせば届く位置。

足が凍りつく。

「まだ、引き返せる」

男が俯く。
吐き出した言葉は、自制を促すような響きがある。

攻撃をするのを押しとどめているのか、それとも。

手を伸ばす。
肩に触れそうで、触れるか触れないか。ためらう。

触れた瞬間、腕を掴まれる。
痛い。骨が折れそうなほど。

「馬鹿な女だよ」

手を引かれる。
男の身体に包まれる。

多幸感。涙が溢れる。
あたたかい。大きな身体。

「うん」

制服のスカーフがスルリと抜かれて、床に落ちる。
私を縛る、鎖が解かれるようで。

熱っぽい男の瞳に自分が映る。
恐怖と、期待の入り混じったなんとも言えない表情は、背徳的でいやらしい。

目を閉じて、現実から逃げる。
男の、舌が鎖骨を這う。

背中にまわした腕で強く抱きよせる。
ずっとずっと期待してた感触に、身体が痺れる。

「…っふ」

ああだめだ。この人の哀しみが。
あまりにも胸を痛ませる。
好きで仕方ない思いと混じって。胸が痛い。

行為をするのは怖い。
でも、これしか方法を、思いつけない。
愛してるってぶつけられる方法を。

これが恋なのかはわからないけど。
もしかしたら、同情なのかもしれないけど。

どうでもいいじゃないか。
恋愛感情なんて。愛、なんて。
そんなに人の気持ちを、簡単に定義できるものだろうか?

男の手がボタンを外して胸の頂点をかする。
舌が首を這って、耳の裏を舐める。


怖い。


身体が緊張する。
ぎゅうう、と男のシャツを握り締めると、はあ、とため息が耳にかかった。

「…な。無理だって言ったろ」


見上げる。
0距離で、男の顔が半分だけ見える。
暗澹とした視線。

そうじゃない、私が見たいのは。
そんな顔じゃない。


「無理じゃないもん」
「ぬかせ。こんな状態で抱けるか」
「うう…」


涙が溢れる。
男をキッと睨みつける。

胸を覆う腕を掴んで、ぐりぐりと押し付ける。
制服を脱ぎ捨てて、男の胸板にキスをする。


「いやがってもして。最後までして。お願いだから…」


愛してるんだよ。