青春桜花


 光指す教室、眩しく輝くグラウンド。
私はあの子が、あの人が、好きだった。

「青チャン先生ー」
「先生に”ちゃん”はないでしょう……」
「だって一番親しみやすいの、青チャン先生なんだもん」
「雪宮先生はあれですっげー怖いし」
生徒と先生の会話。
青春謳歌真っ只中の生徒たちの輝きは眩しくて、温かい。
「青山先生」
振り返ると長い髪をするっと揺らした女子生徒が立っていた。
「吉野さん。今、委員会が終わったのかな?」
他愛のない会話、やりとり。このままこの学校で先生をしていくのだと思っていた。

この共学校を好いていた。明るい生徒。
少しばかり不安はあるが、生徒にも先生にも親しくして来るその心の育ちが、何よりも心地よかった。
何処にでもある普通の男女共学校。
点在する他校では最近、いじめや自殺といった悩みの末路、死を選ぶという生徒たちが後を絶たないというニュースから、噂までが広がっている。この学校にもそんな事が起こらないとは言い切れない。
気持ちだけがギュウギュウに絞めつけられた圧迫感を感じながら、先生という職を全うしていた。
「知ってる?最近新しいスイーツ店が出来たんだって」
女子のスイートトーク。
「吉野さん、吉野さんも一緒に行かない?」
「……私、ですか?」
遠慮がちな言葉はたどたどしく、それでも嫌がっている様子はない。この心の中を見れるのは誰でもなく自分自身だけなのだ。彼女に闇はあったのだろうか?
「青山せんせ、どうかしましたか?」
降って来た声にハッとして顔を上げると、言葉通りの顔を浮かべた吉野がいた。
「いや、すみません。少しぼうっとしてました。委員会の提出物ですか?」
「いえ、少し古文が解らなくて。複雑に色んな言葉が絡まってると読めても、意味まで理解出来なくて」
「古文は難しいですよね。今日常的に話してる形ではないので、余計に難しく感じるんですよ。まずは意味は後回しで、音読してみると良いですよ」
「音読?」
「現代文と一緒で声に出して読むんです。小学校の時国語の時間にやったと思いますよ。句読点、多くは句点部分まで読むこと。古文もまずは声に出してすらすらと読めるようになった後、各言葉の意味を理解しもう一度読むという事を繰り返すと、リズム感を掴むのと同じで、なんとなく意味が理解できるようになります。はじめの内は慣れることが大事ってことですね」
不審そうな顔をした彼女に付け足すように、私は現代文の先生ですから、本当にわからない時は、鈴野先生に聞いてくださいと言うと吉野は笑ってやってみると言ってくれた。
生徒一人一人の力になれたらどれだけ素晴らしいだろうと、考えたことは一度や二度ではない。

 春を迎え始めた二月の下旬。夕暮れを迎え始める午後の冷たい空気。
街の人々の声がより鮮明に聞こえた雑踏。
「ひき逃げだって」
「女の子が」
「まだ若いのに」
その声に胸が痛んだ。周りは警察だ、救急車だと騒ぎながら携帯電話を耳に押し当てている。
その雑踏の中、投げ出された足にこびりついた赤が目に入ってしまう。その制服に見覚えがあった。
(うちの生徒だ……!)
その雑踏をかき分けてそこへ行こうとした時だ。
「青山せんせ?」
呼ばれた気がして後ろを振り返る。その声は吉野のものだと思ったが彼女の姿が見えない。
暫く辺りを見渡したが、彼女は見つからず、ひき逃げにあったという制服の女子の元へと足を戻した。


あ……、 ああ……っ!


今、私はどんな顔をしているのだろう。両手で覆いたくなるような酷い表情(かお)をしているのだろう。

彼女の声が鼓膜を揺らす。
周囲に今しがた思い出したように煙って来るのは鉄と熱を帯びた異臭。心臓に何かの石を埋め込まれたように、痛みを発し出した。
彼女は、私に見られたくなかったのかもしれない。
『青山せんせ、どうかしましたか?』
あの声が、離れない。
言いしれない痛みに、矢を射られたように……――。

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