42.告白。
いくつもの星が煌めいている夜空の下。
目に映るのは、貴方だけ。
『見上げれば同じ空。<42>』
「思ったほど、寒くないんだね」
「あぁ、この辺は暖けぇ地域なんだってよ」
「そうなんだぁ」
隣を歩く悟空の横を歩きながら、感心したように呟いた。
浴衣のまま外に出たのに、寒さは少しも感じない。
それどころか、夜風が涼しくて気持ちが良いくらい。
「あたしがいた所にはね、四季って言って季節があったんだよ」
そんな風にポツリ、と話し始めると悟空はうんうん、と何度も頷きながら話を聞いてくれて。
で、驚いてた。
「すっげぇな〜、こっちの世界にはねぇんじゃねぇかな。一年に4回も変わるんだろ?」
「うん、楽しいよ〜。あたしの住んでた国は特に四季がはっきりしてたしね」
「そうなんかぁ、退屈しねぇな」
「だね」
ふふっ、と笑うと悟空があたしのことをじっと見降ろしていることに気が付いて。
何だか…途端に恥ずかしくなった。
「オラも、いつか行ってみてぇな」
「え?」
「名前の故郷っちゅうところにさ!どんなトコなんか見てみてぇ」
「あはは、そう、だね」
それを聞いたあたしは思わず視線を落とした。
悟空は深い意味なんかなく言っただけなのに、こうやってふとした時に思ってしまう。
…あたしは、この世界の人間じゃないんだ…って。
…いつかは、帰らないといけないんだ…って。
「名前、どした?」
「えっ…別に、どうもしないよ」
今、ちょっとだけ無理をして笑って見せた。
これでいい…悟空はそれ以上追及してきたりはしないから。
もう一度空を見上げると、向こうの世界では見たことがないくらいたくさんの星が出ていた。
「ホント、綺麗…」
そういえば…どうして悟空は突然散歩になんて誘ったんだろ。
こういうのんびりしたこと、あんまり好きそうじゃないのになぁ…
「なぁ、名前」
「ん?」
疑問をぶつけてみようと思って目を合わせた矢先、突然名前を呼ばれて一瞬ドキッとした。
「オラ、おめぇのこと好きだ」
「……、…えっ?」
そして、何の前触れもなしにこの言葉。
思わず固まるあたしだけど、いつものことだと思っていた。
“な、何言ってんの〜”ってあたしが言って、悟空が“何だ?オラ何か変なこと言ったか?”って返してきて…
それでこの話は終わりだって。
でも、いつもと違うって思ったのは悟空の瞳があまりにも真剣だったとわかったから。
「はっきりわかったんだ、オラ。他のみんなを好きなのとは違うんだ」
「悟…」
「うまく言えねぇけど…名前だけにみんなとは違う“好き”があるんだ」
パチパチ、と何度も瞬きを繰り返す。
あたしは、夢でも見ているのでしょうか??
それとも、長湯しすぎて実はのぼせていたのかな??
「…名前?聞いてっか??」
「えっ!あぁ、うん、聞いてる」
ぼんやりしていたら、突然悟空が体を屈めてあたしの顔を覗き込んできた。
突然のアップはやめてください…心臓に悪いから。
ドキドキと早鐘を打っているあたしの心臓はおさまる気配がなくて…
悟空に対して何か言わなくちゃ、って思うのに言葉が出てこない。
「オラ、そのことがはっきりわかったから、どうしても名前にちゃんと言わないとって思ったんだ」
「う、うん…」
「……………」
「……??」
今度は沈黙してしまった悟空を不思議に思って、顔を上げるとじっとあたしの瞳を見ている。
「…こういう場合って、返事っちゅうのをもらわねぇとダメなんだろ?」
「へ、返事??」
再びキョトン、とするあたしに悟空が頷く。
「ああ!一方的に好きなだけじゃダメだって、ヤムチャに言われたんだ」
「あぁ…そっか」
「それに、オラも名前にオラのこと、好きになってもらいてぇ」
あまりにもストレートな告白に顔が真っ赤になるのがわかって…
あたしは思わず俯いてしまった。
だって…あたしは、この世界の人間じゃないんだよ?
いつ帰るかもわからないんだよ??
それに、チチさんのことはどうするの??
「名前」
「っ…」
俯いていた頬に悟空の大きな手が添えられて…
そっと上を向かされる。
「わわっ、何で泣きそうになってんだよ〜」
「えっ…」
気が付くと、あたしの瞳にはまた涙がたまっていた。
嬉しい涙なのか、悲しい涙なのか…自分でも全然わからない。
「オラ、そんなひでぇこと言ったか!?」
「ち、違うよ」
あたしは、いつからこんなに泣き虫になったんだろう。
一度だけ鼻をすすってから、しっかりと悟空の瞳を見返すあたし。
「悟空の気持ち、すごく嬉しいよ?でも…あたしは正直、素直に喜んでいいのかわからないの」
「どういうことだ?」
「悟空のことは、あたしも好き。でも、ここであたしが頷いたら…」
悟空にどこまで話していいのか、あたしは悩んでいた。
今、ここで頷いたらあたしが知らない『ドラゴンボール』になってしまう…
あたしがこの世界に登場して、悟空に会ってしまっただけでも大問題なのに、これ以上未来を違うところへ向けてしまう訳にはいかない。
「…未来が、変わっちゃうよ」
かすれるような声でそう言った時、頬に触れている悟空の手がピクッと動いたような気がした。
じっと悟空のことを見つめ返す。
もう曖昧な返答じゃダメだと思った…誤魔化せない…嘘、つきたくない…
…そんなの、悟空に失礼だ…
「ごめんなさい…あたし、ホントは全部知ってるの」
「何をだ?」
「この世界のこと。未来に何が起こるのか。うまく説明できないけど、あたしが元いた世界では悟空たちの世界のことを知るすべがあったの…だから…」
そこまで話して、あたしは思わず言葉を詰まらせた。
少しも変わらない悟空の表情にかえって不安が沸き上がる。
「…驚かないの?」
「驚いてるさ。でもよ、オラその未来を聞きてぇとは思わねぇし、今の方が大事だ」
頬に添えられていた手がそっと肩へと移動したと思った次の瞬間。
あたしは悟空によって、優しく抱き締められていた。
心臓が跳ねあがる…
「あ、あたし…その未来を変えてしまうような返事は出来ないよっ」
真っ赤になった顔に気付かれないように、下を向いたままそっとその胸を押して体を離すあたし。
「おめぇ、もしかしてチチのこと言ってんのか?」
「っ…」
図星をつかれて思わず言葉を失う。
悟空はそんなあたしを見て、困ったように頭を掻いた。
「やっぱりな…前に急によそよそしくなったから、そうじゃねぇかと思ってたんだ」
…気付いて、た??
絶句するあたしの体は、突っ張っていた腕から力が抜けた刹那に再び抱き締められる。
「悟飯たちかブルマからチチのこと聞いたんかなって思ってた」
「だ、だったら…」
「名前、オラたちが別れたんはオラたちの問題だ。おめぇが気にすることじゃねぇ」
「でもっ!」
バッと顔を上げたあたしの瞳には、溜まっていた涙が今にも流れそうになっている。
悟空を困らせたい訳じゃないけど…
今まで思っていたこと、悩んでいたこと、全部が溢れてくる。
「あたしの知っている未来では悟空はずっとチチさんと仲良くしてた!夫婦のままだったの!!」
「……………」
「きっと、あたしと会っちゃったからだよ…あたしが悟空からだけじゃなく、悟飯くんと悟天くんからも大好きなお母さんを奪っ」
「名前!」
「っ…」
まるで言葉を遮るみたいに名前を呼ばれて、一層強く抱き締められた。
「それは名前が知ってる未来だろ。オラの未来じゃねぇ」
「そんなのっ」
「いいから、聞いてくれ」
真剣な悟空の声音に口を噤んだ。
あまりに密着している体…心臓がうるさいくらいに早鐘を打っていること、どうか気付かないで。
「前にトランクスってヤツが未来から来たことがあるんだ。あ〜、今のチビトランクスがでっかくなったヤツなんだけどよ」
「…うん」
「そいつが言ってた。未来っていくつもあるんだって…オラ自身だって、こうして元気にしてる未来もあれば、心臓病で死んじまってもうオラが存在してねぇ未来だってあんだぞ?」
「…う、うん」
「オラにとっては、名前のことは昔から知ってるし、こうして直接会う前にもオラの心ん中にいて当然の存在だったんだ」
悟空の言葉に静かに頷くあたし。
「そのおめぇにそんな風に言われるのは、今までのオラのこと、全部否定されてるみたいで…辛ぇ」
「…そ、そんなつもりで言ったんじゃ…」
「わかってる。でもよ、名前が知ってるオラじゃなくて、今ここにいるオラをちゃんと見て欲しいんだ」
「……………」
「今、ここにいるオラが好きなんは…名前だけだ」
あたしはもう、返事なんて出来なかった。
こんな風に想ってくれる人…今まで1人もいなかったよ?
でもね、すごくすごく嬉しいのに…それと同じくらい、すごくすごく悲しい…
「…ぅ、っく…」
言葉を発することが出来なかった。
ううん…いつの間にか、次から次へと涙が溢れてきていることにさえ気が付かなかった。
悟空にしがみついたまま泣きじゃくるあたしを…悟空は強く、優しく、ずっと抱き締めていてくれた。
貴方の気持ちに応えられたら。
ココで、「あたしもだよ」って頷けたら。
“もう、また馬鹿にして!!!何て言われようと、ドラゴンボールの孫悟空は、あたしがホンットに好きな人なんだから〜〜”
職場の同僚に向かって、そんなことを言って笑っていたあの日には思いもしなかった。
こんなに、胸が苦しくなるなんて…
ねぇ、悟空…
あたし、貴方のことが…