43.葛藤の中で


「名前〜」
「あっ、はぁい!」
「ちょっと、これお願い出来る〜?」
「はい!今行きます〜!!」

わたくし、名前。
突然ですが、仕事を始めました。
まぁ…期間限定で、なんだけど。




『見上げれば同じ空。<43>』




広い…とてつもなく広いブルマさん宅。
つまり、カプセルコーポレーションの中を走り回るあたし。
お約束のごとく、何度か迷子になった。
完全に室内なのに、迷子になるなんて信じられない…

「ブルマさん、これ、確認してもらってもいいですか?」
「いいけど、必要ないんじゃないかしら」

あたしが手渡した書類を受け取りながら、ブルマさんがそう呟いた。

「ダメですよ!大事な会議で使う資料なんですよね?間違いがあったら大変です!!」
「今までもそう言って、間違いなんてあったことないじゃない。私は信用してんのよ?名前のこと」
「そ…それは嬉しいです、けど…でも、やっぱりダメです!!」
「はいはい。名前はホント真面目ね〜」

あはは、と笑うブルマさん。
仕事をするうえで信用してもらえるなんて、こんな嬉しいことはないんだけど…
大切な会議で使うっていう資料に目も通してもらえないとなると、正直荷が重すぎる。
だって!あのカプセルコーポレーションですよ、皆さん!!
この世界では知らない人がいないっていう大企業ですよっ!!!

「へぇ…相変わらず、綺麗にまとめてあるわねぇ」

ブルマさんはあたしがまとめた資料に目を通しながら、そう呟いた。
口元に運ばれたコーヒーカップが…似合いすぎです、ブルマさん!

「名前、向こうの世界では仕事してたんだっけ?」
「ええ、OLですけど」
「ふ〜ん…」
「よくデータの統計を整理したりとか、書類をまとめたりとかしていたので…」

きっと、その時の経験が活かされているんだと思う。
ただ職場と家との往復ばかりしているような毎日だったけど、それがこんなところで活かされるとは思ってもみなかった。

「なるほどね。どうりで綺麗な資料を作る訳だわ」
「はは、ありがとうございます」
「何なら、このままウチに正社員として就職しちゃっても良いわよ?」

ブルマさんに突然そう言われて、びっくりした。
とってもありがたいんだけど…

「いやぁ、そういう訳にはいきませんよ」

そう、苦笑いをしながら答えるあたし。
その時、ブルマさんの口元がにんまりと弧を描いた。

「そうよね〜、いつまでも孫くんに会えないのは寂しいものねぇ」
「い…いえ、そういうことじゃ…」

あたし…ブルマさんの反応に思わず目を逸らしてしまった。
先日の、突然の温泉旅行。
その帰りに、ブルマさんに急ぎの仕事があるから手伝ってもらえないかって言われて…そのまま、あたしはココにいる。
『何だ…一緒に帰ぇらねぇのか…』
って言う悟空にただ一言、ごめん、とだけ言って。
あの時の悟空の表情が、脳裏に甦る。



最低だ…あたし。



結局、悟空に返事をしていない。
その上、突然だったにしろブルマさんに声をかけられた時、心の何処かでホッとした自分がいた。
ふるふると頭を振って、目を開けるとブルマさんがじっとあたしのことを見ていて…

「どうしたの?」
「い、いえ…何でも、ないんです」
「そう?」

確認するかのようなブルマさんの一言に小さく頷く。
…しっかりしなきゃ。
気が付くと、両手をキュッと握り締めていた。
それをブルマさんに気付かれたのか、それともただの偶然だったのか…

「まぁ、根詰めても良いことばかりとは限らないしね」
「…え?」

突然、立ち上がったブルマさんにポン、と頭を撫でられる。
びっくりして顔を上げると、あたしより少し背の高いブルマさんがにっこりと笑いながらあたしのことを見下ろしていた。

「ちょっと、休憩しましょ」
「え…でも…」
「言ったでしょ?焦ったって良い結果なんて生み出せないわよ。私は今までず〜っとこれをモットーにやってきてるんだから、名前も付き合いなさい」

ウィンクしながらそう言われては、もう従うしかないじゃないですか…

「…はい」

ブルマさんに手を引かれながら、思わず俯くあたし。
“焦っても良い結果なんて出せない”
ねぇ、ブルマさん…それは仕事のことを言っているんですか??
…それとも…

聞きたいのに、それ以上は聞けなかった。
聞きにくかった…っていうのももちろんあるけど、それ以上に…

「お〜い!名前、いるか〜??」

すぐ近くの窓の外から、そんな声が聞こえてきたから。
聞き覚えのあるその声に、無意識に小さく肩が跳ねあがった気がした…






そして、現在。

「ホンット、信じられない!!」

突然、窓を吹き飛ばしつつ部屋に飛び込んできたその人は、ひたすらブルマさんに説教をされている。
しかも…床の上に正座をさせられながら。

「だいたいね、窓から出入りするなって一体何度言えばわかるのよ、あんた達サイヤ人はっ!!」
「……………」
「ちょっと、聞いてんの!?」
「…こいつ、べジータ王子の嫁だからって、調子に乗りやがって…(ボソッ)」
「何か言った??」
「…いや、別に…」

ひたすら正座をさせられているその後ろ姿を見て、あたしは思った。
ブルマさんの迫力はべジータさんの奥さんだから、とかそういうもんじゃないと思う。
あれは、天性の素質だ(きっぱり)

「ターレスさん、ホントに何しに来たんですか?」

ふぅ、と小さく息をつきながら正座のままのターレスさんに近付いた。
その瞬間だった。

「…っぐぇ…!」

本日二度目の乙女らしくない悲鳴炸裂。
はい…つい先ほども同じような状況に陥りまして…
いえね、何の心構えも出来ないままサイヤ人の腕力で抱きつかれたら誰だってこうなりますよ!

「何しに来たって…名前に会いに来たに決まってんじゃねぇか」
「ちょ、ちょっと、ターレスさんっ…」
「俺は、諦めたつもりはねぇからな」
「くっ、くるしっ…」

ギブギブ、とターレスさんの腕を叩くと僅かに力が緩んだ。
どういう訳かあたし…あの日以来、ターレスさんに気に入られてしまったようです…(『見上げれば同じ空。<30>参照(笑)』)
間近で見つめられて、一瞬動けなくなる。
当のターレスさんは、あたしの頬に手を添えた所で…

「はい、そこまで」

と言う言葉と共に後頭部にブルマさんの平手打ちをくらって、小さく舌打ちしていたけど。

「てぇ…邪魔すんなよ」
「よく言うわよ。孫くんのいないところで好き勝手はさせないわよ」


…ズキッ…


あ、今…胸、痛かった…
ブルマさんの口から悟空の名前が出る度に、あたしの心が無意識に反応してる…そんな気がした。
その時、またターレスさんの腕があたしの体を抱き締める。

「名前」

お願い…
その声で…悟空と同じ声で、今あたしの名前を呼ばないで…
ターレスさんと悟空は別人なのに…それなのに…
気が付いたら、悟空のことばかり考えている。



『ターレス!名前から離れろよな!!』

…そういえば、あの時は悟空に助けられたんだよね…
急いできてくれたっけ…勢い余って壁、壊してたけど。




『なんか、ターレスに名前を取られちまうって思ったんだ』

困ったように笑いながらそう言った悟空に抱き締められた。
悟空がそんな風に思うなんてって…すごくびっくりしたのが、つい昨日のことみたい。




「名前…?」
「っ…」

ふいに、ターレスさんの指がそっとあたしの頬に触れて…驚くと同時にあたしの思考が現実へと戻される。
気付かなかった…

「…お前、何泣いてんだよ…」
「えっ…」

いつの間にまた…泣いていたんだろう?

どうして、悟空にちゃんと返事をしなかったんだろう?
どうして、彼との間に自分から壁を作ってしまったんだろう?

あたしは…一体どうしたいんだろう…??