《新たなる化身》


未だ興奮冷めやらぬ夷隅のもとへ有希子が笑顔で歩み寄る。


「聖花ちゃん。私とも改めて、よろしくね。」
『あ…はい!!こちらこそよろしくお願いします!!』
「それにしてもまさか優ちゃんのファンだったなんて驚いたわ。まぁ妻としてはちょっと妬いちゃうけど。」
『あぁいえ!!私は単に工藤先生の小説のファンなだけであって、決して異性として見ているわけでは「うっふふ、かんわいー♪」
『おわっ!?』


そういうと有希子は勢いよく彼女に抱きつく。


「冗談よ冗談!!もう真面目ちゃんなんだからぁー」
『はわっ…藤峰、有希子さんに…ハグされている…これは、夢…?』
「夢じゃないわよー♪あ、そうだ聖花ちゃん!!私と一緒に来てくれる?」
『へ?』
「ごめんね男子たち、ちょーっとこの子借りてくわねぇ〜☆」
『いやあの、どこへ「いいからいいから!!はいはいGOGO!!」


彼女は背中を押されるがまま、有希子とともにリビングを出てへ行ってしまった。


「ったく、まだ肝心なこと話してないのに…」
「そう焦らなくてもいいんじゃないか?現に彼女も、この状況を把握することで精一杯なようだ…落ち着いた頃に話せばいいさ。」
「……」
「…ん?どうした坊や。」
「いや…なんか赤井さんの声楽しそうだなと思って。」
「フッ、そうか?」


―命に変えても私が守るって決めたんだから!!―


「(常に守る側の立場にいたこの俺が、まさかあんな言葉をかけられるとはな…)」


コナンと赤井がそんな会話をしていると、ふいにコナンの方のスマホにメールが届く。相手は先程の工藤優作からだった。


「優作おじさんからだ。」
「これを見て察するに、彼女の”シナリオ”だな。」
「…みたいだね。」


二人が意味深な会話をしている一方、夷隅は有希子の部屋へと案内されていた。有希子は入って早々自分のクローゼットを開けて中の服を物色し始める。


「あなた毎日そんなかったぁーいスーツばっかり着るつもり?」
『え?えぇ…一応、任務ですし「ダーメーよ!!それじゃあ昴くんと一緒にいたら釣り合わないじゃない!!」
『昴、くん?』


不思議そうに首を傾げた彼女を見て有希子もぽかんと口を開けた。


「あら?もしかして、それもまだ聞いてない感じ?」
『すいません、何のことだか私には…』
「秀ちゃんが変装したときに使ってる名前よ。沖矢昴って言うの。」
『沖矢昴…』
「ちなみにあの変装術は私が教えました☆」
『有希子さんが!?』
「そうよ〜彼も器用だからメキメキ上達しちゃってビックリしたわ…あ!!これなんてどう!?着てみて!!」
『い、今ですか!?』
「当たり前じゃなーい!!」


彼女に勧められるまま聖花は渡された服を試着してみることに。


『…どうでしょう。』
「うーん、ちょっとゆるいかしらねぇ。特にバストの部分が。」
『(すいません胸がなくて…)』
「それじゃあ次!!これとこれね。」
『え、あ、はい…』


謎のファッションショーが終わったのはかれこれ30分後…


「お待たせー♪」
「随分とかかりましたね。」
「遅いよ。何してたの。」
「そう怒らないで新…コナンくん!!そんな二人には先にお披露目しちゃうわよ?さ、入って入って!!」
『へ、変じゃないですかこれ…?』


有希子に手を引っ張られ、リビングに入ってきた夷隅の姿は先程とは別人のように変貌していた。


「え、夷隅さん…!?」
「ホォー…」


ハーフアップの髪に丸眼鏡、大きなリボンタイが付いたダスティピンクのブラウスに黒のハイウエストなフレアスカートに身を包みクラシカルな装いの彼女を見て、二人は思わず見入ってしまう。


「どうどう?おしとやかで上品なイメージが出てるでしょ!!私のお下がりだけど☆」
「一瞬誰かと思った…」
「確かに。これなら設定として違和感はありませんね。」
『”設定”?』
「これのことだよ。」


そう言ってコナンが見せたのは、先程優作から来たメールだった。


『名前:小岩井崇子 推定年齢:25〜30歳前後、経歴:東都大学法学部卒 大学院生、性格:聡明で奥ゆかしい…なんですかこれ。』
「君のもう一つの顔だ。」
「夷隅さんにも赤井さんと同じように、昴さんみたいな架空の人物になりきってほしいんだ。」
『架空の人物になりきる…私が!?』


またしても知り得なかった情報に彼女は目を見開く。


「いくら顔がバレていないとはいえ、奴らも用意周到だ。本名のままではいずれそこから足がつくだろう。」
「夷隅さんが夷隅さん自身を守るためにも、必要な手段なんだ。」
「ちなみにこの設定は優ちゃんが考えたものなの。」
『工藤先生が…』
「そう!!だからこの設定通りのキャラになり切れば、あなたも優ちゃんが描いた物語の登場人物になれちゃうってわけ♪」
『……』
「って、さすがにそれは言いすぎじゃねぇーか…?」
「このくらいふっかけた方が逆にいいのよ!!」


有希子とコナンが小声でやり取りしているとも知らず夷隅はしばらく考えると…


『それは……滾りますね…!!』
「ほら見なさい☆」
「(マジかよ…)」


瞳に光が宿るように目を輝かせ始めた彼女の様子に彼らはそれぞれ安堵の表情を浮かべた。


「じゃあ証拠写真撮っておきましょ!!」
『証拠写真?』
「これから何かと二人の関係とか聞かれたりするかもしれないでしょう?その時に使える写真を今のうちに撮っておくのよ。昴くん、崇子ちゃんの隣に立ってくれる?」
『あの、ちなみにこの二人の関係性って「婚約者だ。」
『へぇ婚約…婚約者!?』
「いちいち声が大きいな。」
『だ、だって…!!』
「ゆ、優作おじさんのシナリオだと、”東都大で出会ってからお付き合いをするようになり、そのまま婚約する運びとなった。”って書いてあるよ…」


申し訳なさそうにコナンが設定を読むと、不服そうな表情で夷隅は沖矢の姿の赤井を見上げる。


「尊敬する優作さんが書いたシナリオに、君はケチをつけるつもりかな?」
『っ…』
「ハーイ二人とも寄って寄って!!スマイルよ〜♪」


有希子の合図で二人は正面を向いて笑顔を見せるが…


「うーん、なーんかぎこちないわねぇ…特に崇子ちゃん?」
『……あ、私か。』
「もっと楽にしてちょうだい。力抜いて。」
『は、はいっ!!』
「そうだ。せっかくだし、昴くんが崇子ちゃんの肩を抱き寄せてみたらどうかしら!!」
『え?』
「こうですか?」
『わっ…!!』


その一言で彼が彼女の肩を自らの手でグッと引き寄せ、一気にその距離が縮まった。タバコのにおいが鼻をかすめ彼をより近くに感じた夷隅は思わず目をそらしてしまう。


『(力強…!!)』
「いいか。これは任務の一環だ。」


耳元で小さく聞こえたその声に、思わず彼女は沖矢の方を見た。


「あくまで設定上のこと、何も君と俺が婚約するわけじゃない。」
『分かってますよ、そんなこと…』
「本来の目的を忘れるな。…守ってくれるんだろう?俺のことを。」


その一言は沖矢の顔の裏側から、赤井に問いかけられている気がした夷隅の顔は徐々に不安の色が薄れていく。


「まぁ未熟な雛鳥に守られるほど、俺も落ちぶれてはいないがね。」
『甘く見ないでください。私に二言はありませんから。』
「ホォー…それは頼もしいな。」


力強い眼差しで笑顔を見せる彼女を見て、彼は口角を上げた。


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