第一話
―どんなに腹が立っても、悔しくても、人に手を上げてしまったらそこで負けなの。そんなの自分にとって損でしかないじゃない。大事なのは、他人と比べずに自分らしくどう生きるか。人生は勝ち負けじゃないんだから、君は君の信じた道を行けばいい。―
親父のことをバカにされ、思わず同級生を殴ってしまった俺にあの人はそう言った。その言葉は今でも俺の脳裏に鮮明に焼き付いている。生徒のことばっか考えてて、自分のことは二の次。でもたまに見せる笑顔は俺等と同年代ぐらいにあどけなくて、気づけばその姿を目で追うくらいには惹かれていた自覚がある。その証拠に、桜が舞う高校の卒業式では…
「今日で子供は卒業だ…だから先公に、ちゃんと伝えておきたいことがある。俺はアンタが好きだ。俺と付き合ってくれ。」
『……伝えてくれてありがとう。でも、松田くんの気持ちには答えられない…ごめんなさい。』
意を決して告白するもあえなく撃沈。詳しい理由も聞けねぇまま、俺は程なくして警察学校に入り野郎どもと訓練に明け暮れる日々を送っていた。まぁそれはそれで楽しかったし、卒業してから幼馴染みの萩原と希望だった爆発物処理班にも入れたことだし?いい具合に人生の波に乗れている気がする…気がしてたのによ…
「え、燈香先生教師辞めたの!?」
「はっ…!?」
数年ぶりに集まった高校時代の同窓会で、あんなことを聞くまでは。
「シィーッ!!声でかい。」
「ごめん…」
「けど、本当にそうらしいよ。それも解雇されたんだって。」
「解雇って…先生一体何したのよ。」
「担任持ってたクラスの生徒に手上げたみたい。」
「体罰ってこと…!?うちらがいた頃はそんなことするタイプじゃなかったのに…人って見かけによらないんだね。」
「嘘、だろ…」
ありえねぇ…ありえてたまるかそんなこと。さんざん人には手出すなって言ってたあの女が体罰処分だ?笑わせんな!!ズボンのポケットに突っ込んでた握り拳が怒りで震えた。
「陣平ちゃーん。どうよ、久々の同窓会楽しんでる?」
「……なぁ萩。」
「ん?」
「お前、あの時の先公…」
そう言いかけた矢先、口の動きが止まる。ほぼ俺と同じルートを辿ってる萩がアイツの事知ってるはずもねぇよな…
「…いや、やっぱなんでもねぇわ。俺ちょっと便所行ってくる。」
「え?あ、おぉ…」
一旦冷静になるべく俺は足早に便所へと向かった。まぁ、どうせ時間が経ちゃ忘れるだろ…そうして同窓会から数日が過ぎ、いつも通りの朝を迎える…はずだった。
「はよーっす。」
「おう萩、はよ。」
「陣平ちゃん、ちょっといい?」
「あ?」
「話あんだけど。」
「話ならここで「ここでだとちょーっとアレだから外出ようねぇ〜♪」
「ちょ、何すんだよ…オイ!!」
出勤早々、いきなり萩原に呼び出され俺は庁内の喫煙所へと連れて行かれる。
「で?わざわざここまで来て何の用だよ。あ、合コンなら行かねぇぞ。この前付き合ってやったばっかだしな。」
「陣平ちゃんさぁ…もしかして同窓会の時、なんか良からぬ噂とか聞いたんじゃない?」
「…別に何も聞いてね「燈香先生が教師辞めたとか。」
「っ、」
コイツ…知ってて聞きやがったな…。あからさまな誘導尋問をされ、一本を吸おうとしていた手が止まった。
「高3の一年間であんだけ熱入れてた女が予想外の転落人生を歩んでいた!!…なーんてそりゃあ陣平ちゃんにとっちゃ、大スクープでしょうよ。」
「…はっ、いつの話してんだ。もう10年も前だぞ。ンな体罰教師のことなんて知るかよ。」
「ふーん、そう。じゃあこれもいらねぇか。」
そう言って萩が懐から出したのは端をちぎったようなメモ。そこには殴り書きでいくつか書いてある。
「何だよこれ。」
「燈香先生が今働いてる場所。」
「え…」
「香川の小豆島だってさ。探すの苦労したんだよぉ〜?」
持っていたメモには【児童養護施設】の文字があった。仮にも人に手を上げた人間が働いて良いような場所じゃねぇだろ…何やってんだよアンタは…
「行ってこいよ。確かめに。」
「は?お前何言って「本当は気になってんだろ?燈香先生がどうしてんのか。」
「……」
「こちとら何年お前の幼馴染みやってっと思ってんの。そんな湿気た面で毎日来られてもこっちのテンション下がるっつーの!!一度は本気で惚れた女が、今幸せかどうか様子を見に行くぐらい…バチあたんねぇって。」
「萩…」
「ちなみにもう船のチケット買っといた☆」
「あ?」
「明日の朝8時半出港だって☆」
「…はぁっ!?」
「瀬戸内海、きっと絶景だろうなぁ〜」
無駄に仕事の早い親友を持ったせいで、翌日俺はあれよあれよと少ない荷物を持って香川へと渡ることになった。
「けっ、なーにが”お土産よろしくー♪”だコノヤロー…」
間抜けなメッセージに舌打ちをしつつ、降り立った港で辺りを見渡す。確かに萩が言ってたとおり、景色は悪くない。海に面したこの島は目にも鮮やかな自然が豊富にあって、一度も来たことないのにどこか懐かしさを感じさせた。だが…今回の目的はそこじゃねぇ。
「とりあえず、人に聞くしかねぇーか。」
見かけた人に片っ端から声をかけ場所を聞いていく。まるで刑事の聞き込みそのものだ。ようやく施設の場所が分かったのはこの島に着いて3時間後のこと。
「ここに先公が…」
古びた立て看板には【児童養護施設 ひだまり】の文字が。建屋が真新しいわけでもなく、敷地もそこまで広いわけでもなさそうだ。都会に比べりゃ大分ローカルかもしれないが、これはこれでなかなか味があっていいじゃねぇか…なんて俺が思っていたのもつかの間、
「オジサン、だぁーれ?」
「うぉっ」
すぐ近くに嬢ちゃんが一人立っていたことに気づかなかった俺は、サングラス越しに睨みつけてしまう。まずい、怖がらせたか…!?と一歩引くとそいつは俺を指差し振り返って…
「せんせぇー!!ふしんしゃいるぅー!!」
「あ?」
「ふしんしゃー!!」
でけぇ声で叫びやがった。
「だ、誰が不審者だコラ!!」
『離れて!!誰ですかあなた、警察呼びますよ!?』
「っ…!!」
子供に駆け寄ってきた女を見て俺は目を見開いた。忘れもしねぇ。その声、その眼差し。授業サボってた時、説教と一緒によくそんな風に睨んでたよな…そうか。やっぱりアンタなのか。
『ちょっと、聞いてるんですか!?本当に警察呼びますからね!!』
「あーそれには及ばねぇよ。俺刑事だし。」
『は?』
「つか……こっちこそ侵害だわ。まさかこのイケてる面の教え子を忘れるたぁ、随分じゃねぇーの。」
そう言って俺はかけていたサングラスを上にずらして目を見せると、その瞬間バッチリと目が合う。
『っ!!…ま、松田、くんっ…!?』
「よう、久しぶりだな。先公。」
久方ぶりに会った惚れた女は、今でも変わらず美人だった。