第二話

「燈香せんせ、知ってる人?」
『あ…う、うん。怖い顔してるけど、そこまで怖い人じゃないのよ?』
「どういう意味だそりゃ。」
「みんなぁー!!そろそろ手を洗ってお昼にしましょう!!」
「「「「はぁーい!!!!」」」」


建屋の中から指導員の一人と思われる女性が外の子供に声をかけると、一斉そっちに集まっていく。誰もいなくなった広場には、俺と先公だけ。


『驚いた…ここには、観光か何かで?』
「いや。アンタに用があって来た。」
『っ、』
「今ちょっと話せるか?」
『……分かった。』


彼女は少しためらった後、施設の人たちに許可とってくる。と小走りで建屋に走っていった。あの顔はたぶん、俺が何の話でここに来たのか理解している顔だ。まぁ、理解してもらわなきゃこっちが困るんだが。


『おまたせ。』
「おう。」
『中で話して大丈夫だって。どうぞ。』


そう言うと先公は俺を建屋の中へ案内した。部屋の中は外見より割と綺麗で整っている。初見で見る限り、設備はちゃんとしているんだろう。


『悪いけど、そのサングラス外してもらえる?』
「あ?なんで。」
『さっきみたいに子どもたちが怖がるかもしれないでしょ。』
「…へーへー、分かりましたよ。」


高校時代とほぼ変わらぬやり取り…普通だ。だとすれば余計分かんねぇ。なんでアンタが子供に手を上げたのか。


『お茶持ってくるから、そこら辺適当に座ってて。』
「あぁ。」


和室の部屋に通され先公が消えると、俺は広場が見える縁側にあぐらをかいて座った。心地いい潮風とともに聞こえてくるのはうるせぇほどの蝉の大合唱。もうそんな時期か。


『どうぞ。』
「どうも。」


コップが二つ縁側に置かれて彼女が隣に座る。それを持って一口含むと麦茶の香ばしい味が口の中に広がった。


「教師、辞めたんだってな。」
『うん。』
「ここは?もう長いのか。」
『まだ来て2年半、くらいかな。』
「…そうか。」
『それにしても、よくこの場所が分かったね。』
「萩が調べてくれた。あいつの人脈の広さは海より広大だからな。」
『彼は元気?』
「あぁ、相変わらず女はべらせてるよ。」
『そんな言い方しちゃダメでしょ。』


きっとお互い探り探りの段階だからだろう、思った以上に会話が続かない。


「なぁ。」
『何?』
「…アンタ本当に、生徒のこと叩いたのか?」
『……』
「この話はまだ人づてにしか聞いちゃいない。けど俺は、アンタの口から真実が聞きたい。」
『聞いてどうするの。場合によっては、私のことぶっ飛ばす?』
「真面目に答えろよ。」


信じたくないから聞いてんだろ。アンタがむやみやたらに人を傷つける人間じゃないことは百も承知でこっちは来てんだ。たとえ結果は同じでも、そこに至るまでのプロットが違えば話は変わってくる。


「そうせざるを得ない理由が、あったんだろ?」
『……』
「聞かせてくれよ。俺には聞く資格があるはずだ。」
『…そうね。そうだよね。』


そう言うと先公はしばらく間をおいて静かに話し始めた。


『教師になって7年目に受け持ったクラスで、酷いいじめが起きたの。いじめられていた子の家は貧しくて…その子の父親がある日、スーパーで万引きをして逮捕された。』
「っ、」
『ただでさえ貧乏だということだけでいじめてた子たちの行為はそれがきっかけで更にエスカレートして、休み時間に3階にある教室のベランダから彼のことを落とそうとしたの。慌てて駆けつけた私に見つかって未遂に終わったけど、それ以来いじめられた子は学校に来なくなったの。』
「……」
『私がもっと早い段階で気づけていれば、あの子をあんなに傷つけずに済んだ…それから日を改めて、いじめたの方のリーダー格だった子を個別に呼んで、どうしてあんな行為に及んだのか聞いたら”周りに汚い格下のクズがいたら自分の品格が落ちるから。”って。』
「なんだそれ…」
『そんなプライドのために、あの子の命を潰そうとしたの?人の命の何だと思ってるの?…そう聞けば、先生はアイツとデキてるから肩持ってんだろ。とか、あることないことなじられて…』
「それで、叩いたのか。」
『冷静な判断ができずに感情に任せて手を挙げるなんて…本当、教師として失格よね。そこからは芋づる式。リーダー格の子の両親はエリートの権力者で、彼が頼めば教育委員会だってホイホイ出てきた。それであっさり、懲戒処分。』


どこにでも出てくるいじめの問題。なくならない格差と理不尽。それでもこの人は一人で戦おうとしてた。


「その、いじめられたって奴は今どうしてんの?」
『学校を辞めて、今はバイトをしながら通信制の学校に通ってるみたい。毎年実家に年賀状送ってきてくれる。”先生ありがとう”って…私は何もしてあげられなかったのに。』
「…いや。たぶんそいつは嬉しかったんだと思うぜ。」
『え?』
「腐った世界にも、自分の味方になってくれる大人がいてくれたことが…支えになる奴だっている。」


実際俺も、その一人だったからな…。


「んで、なんで次の働き先がここだったんだよ。」
『教師になってから旅行なんて滅多に行けてなかったし、気分を変えるために一人旅でここに来たの。それでこういう場所がある事を知って、私にも何か力になれることがあるかもしれない。そう思った。』
「…へぇー。」
『あの子たちがここへ来る理由は様々。生まれつき身寄りのない子、親に虐待を受けて逃げてきた子、家計が苦しくて養えないと判断され連れてこられた子。それぞれやむを得ない事情は抱えていても、”普通の幸せ”を手にしちゃいけないなんてルールはない。』
「……」
『穏やかに、色んなことを身に着けて元気に育つ権利はあの子たちにだってある。何かと比べたがる世の中だけど…少なくとも私は同じ地に立っている者同士、なるべく皆が平等に幸せになって欲しいと思ってる…なんて、さすがに私のエゴかな?あははっ、』


そう言って笑う先公の横顔は、昔より一段と綺麗に見えた。なんだよ…アンタの根っこは昔と全然変わってねーじゃねぇか。


「あーあ、なんか心配して損したなっ!!」
『え?』
「事によっちゃあマジでぶっ飛ばそうと思ってたのによぉ〜」
『…まさか本気だったの?』
「バカか。冗談に決まってんだろ。」
『だよね、そうだよね…』
「ふはっ!!真に受けるとこも変わってねぇ…」
『ちょっと。からかわないでくれる?』


もう…と少し膨れっ面になる彼女の顔に、胸が苦しくなる。やっぱまだ俺…アンタのこと…そんな考えていた矢先、事件は起きた。


「せんせぇー!!来てぇー!!」
『どうしたの、みりあちゃん。』
「たけちゃんとゆきやくんが、ケンカしてるのー!!」
『えぇ!?』


オイオイ…子供同士のケンカに巻き込まれるなんざ聞いてねぇぞ…?



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