第三話

まさか松田くんが私に会いに来るなんて予想もしていなかった。それもそのはず、彼とはたぶんもう一生会うこともない…なんて、たかをくくっていたから。そんな時に起きた、一つの事件。


『どうしたの、これ…!?』


みりあちゃんに呼ばれてみんなの共有スペースがある大広間に駆けつけると、そこには座って泣いている岳雄くん、黙って俯いている幸哉くん。そしてその真ん中に部品が散らばり壊れているロボットが目に入った。


「ゆきやくんが…ゆきやくんがぼくのことつきとばしたぁー!!」
「おまえがオレのロボを勝手に使おうとするからだろ!!」
「うわぁーん!!」


泣きじゃくる岳雄くんをなだめつつ、私は幸哉くんに視線を向ける。


『幸哉くん。どうしてこうなったのか、ちゃんと分かるように説明してくれるかな。』
「……」
『先生は怒ってるわけじゃないよ。理由を知りたいだけ。』


優しく語りかけると、幸哉くんは噛み締めていた唇をゆるめて静かに話し始めた。


「…オレがロボの絵を描いてて、もうすぐ完成だった時に、たけおがロボをうばったから…取り返したくて、たけおを押した。」
『……そっか。』
「ボク、かりてもいい?ってちゃんと言ったもん!!」
「お前の声ちっちゃくて聞こえなかった「だからって、突き飛ばしていい理由にはならねぇだろ。」


そう幸哉くんに声をかけたのは松田くんだった。そして彼の前にしゃがみ込み、頭にぽんと自分の手を乗せる。


「いいか、ボウズ。たとえどんなに相手にムカついても、悔しくても…自分から手上げたらテメエの負けだ。」
『っ…!!』


それってたしか、私が昔松田くんに言った言葉…


「それにお前も、本当は後悔してんじゃねぇのか?両手が震えてんぞ。」
「……」


目に涙をためて俯いている幸哉くんを見た後、彼は床に転がったロボットを手に取った。


「はぁー…これまた派手にぶち撒けたなぁオイ。」
「どうせもう、元に戻んねぇし…ほっとけよオッサン!!」
「それはどうかねぇ。」
「は?」
「あとオッサンじゃなくてお兄さんな?先公!!」
『へ、私!?』
「他に誰がいんだよ。ここに工具箱か…マイナスドライバーってあるか?」
『工具箱…それならたしか、玄関近くの棚に!!』


そうだ、彼ならきっと…!!私はあることを思い出して、急いで工具箱を取りに行く。そして見つけたそれを松田くんに渡すと彼はドライバーでロボットのネジをゆるめて解体し始めた。


「あ!!何勝手にオレのロボぶっ壊してんだよ!!」
「一回バラさねぇとどこが悪いか分かんねぇだろ。見たくねぇーなら向こう行ってな。」
「な、なんなんだよ…」
『大丈夫。松田くんは壊してるんじゃなくて、どこを直せばいいのかを調べてるだから。』


高校のときもよく色んなもの分解してて”分解魔”なんて呼ばれてたっけ。


「あれ、先公の腕時計動いてねーじゃん。」
『嘘…ついこの前電池取り替えたばっかりなのに、なんで…?』
「…ちょっとそれ、貸してみ?」
『え?』
「いいから。俺に任せとけって!!」


まぁ実際私も、それに助けられた一人なんだけど…そんな事を考えていると、泣き止んで落ち着いた岳雄くんが幸哉くんの方へゆっくりと歩いてくる。


「ゆきやくん…さっきは、ごめんなさい。」
「……」
「ボク、ゆきやくんと遊びたくて…でも、声が届いてなかったみたいだから、ロボット取れば気づいてくれるかなって思ったんだ。」
『岳雄くん…』
「本当に…本当にごめんなさい!!」


深く頭を下げる彼に対し幸哉くんも立ち上がる。


「オレも、気づいてなかったのにつきとばしたりして…ごめん。」
「またボクと、遊んでくれる?」
「…うん。外でサッカーでもしようぜ。」
「う、うん!!」


そう言うと二人とも笑い合って玄関の方へと駆けていった。楽しそうな背中を見送りホッとしたあと、私は松田くんの方へ近づいていく。


『どう、やっぱり修復難しそう?』
「モーターは生きてた…が、電源のスイッチとの連結部分がイカれてやがる。細かいパーツも多そうだし、部品調達から始めねぇと無理そうだな。」
『そう…』
「ってことで、俺帰るわ。」
『え!?』


工具箱を蓋を閉じ、ロボットを手に持ったまま彼は立ち上がった。急な言動に私は慌てて彼の後を追いかける。


「あのボウズに伝えといてくれ。5日…いや、3日後には必ず返しに来るって。」
『本当、無理しなくてもいいんだからね?松田くんだって仕事忙しいだろうし…もし直らないのなら、私から幸哉くんに話しても「それじゃ意味ねぇんだよ。」
『どういう事…?』


玄関で靴を履き終えた彼が私の方を振り返る。そして…


「せっかくまたアンタに会える口実ができたんだ。何がなんでも、俺はまたここに来るぜ。」
『っ…!!』


ニッと笑ったその表情が昔とは比べ物にならないくらい大人っぽくて、ふいに胸がドクンと高鳴った気がした。


「じゃあまたな、先公。」
『だ、だから私はもう君の先公じゃ、ない…』


ひらひらと手を振りながら去っていく後ろ姿に、しどろもどろな言葉しか出てこない。


『今のは、何…?』


10年越しに再会した教え子に…こんなにも心を乱されるなんて、聞いてないよ…

それから3日が経ち、彼は本当に小豆島へ戻ってきた。


「ほらよ、ボウズ。ちゃんと返しに来たぜ。」
「…どうせ直せなくてそのまま返しに来たんだろ。」
「そう決めつけんのは、自分の目で見てからにしろよな。」


幸哉くんが紙袋の中からロボを取り出し電源のスイッチを押すと、ロボットは以前と同じように元気に動き出す。


「うわぁー直ってる!!」「すげー!!」
「…ど、どうやったんだよこれ!?」
「俺の手にかかりゃこんなんもん、朝メシ前よ!!」


沸き立つ歓声に松田くんはドヤ顔で応える。幸哉くんのキラキラ輝いて嬉しそうな表情に私も胸をなでおろした。


『松田くん。』
「あ?」
『ありがとね。幸哉くんすごく嬉しそうだった。』
「…実のところ、東京で部品集めにさんざん駆けずり回って…まー疲れた疲れた。」
『そうなの…!?』
「けどアイツにとっちゃアレが宝もんみてぇだし…喜んでんならそれでいいんじゃねーの。」


力なく笑う彼の不器用な優しさに、不意に心を打たれている自分に気づく。


『今回のお礼は、幸哉くんの代わりに私がするから!!』
「ふーん、お礼ねぇ…」
『何がいい?小豆島の特産品といえば…手延べそうめんにオリーブオイル、スモモに地ビールもあるよ。』
「じゃあ今日の昼メシ付き合ってくんね?」
『……へ?』


思わぬ一言に私は思わず目を丸くする。今日の、お昼ごはんを、付き合う…?


『い、いやでも私はここでみんなとお昼を「たった今お礼は私がするっつったばっかじゃねぇーかよ。」


じっとりとした目で距離を縮めてくる松田くんに私は少し後退りした。


『それはあのぉ…物とかの方がいいのかと思って、ね?』
「ったく、しゃーねぇな…」


良かった、分かってくれた…っていうかなんでこんなドキドキしてんの…


「あ。施設長さーん!!」


たまたま通りかかった施設長に向かって彼は割とデカめの声で呼び止める。


「あら。どうされました?」
「今日の昼この人借りてもいいすかね。一緒に昼メシ行きたいんで。」
『えっ!?』


ちょ、ちょっとどさくさ紛れに何言ってんのよ!?私はさっきより目を大きく見開いて松田くんを見た。


「…えぇ、私は構いませんよ。」
『施設長!?』
「へへっ、あざます。」


まさかの快諾に思わず施設長の方へ走っていく。


『で、ですが私はあの子たちと「あなたがあの子たちに付きっきりでいたいのは分かるけど、あなた自身にも休息は必要よ。教え子の彼と募る話もあるだろうし、気晴らしにでも行ってきなさい。」
『施設長…』
「それに…あんなイケメン、逃しちゃダメでしょ♪」


そう言うと施設長は笑顔で去っていった。ゆっくりと後ろを振り返ると、気怠そうに頭を掻きながら彼も私の方を見ている。


「で?どーすんだよ。」
『はぁ……何が食べたいの。』


ため息混じりにそう呟くと松田くんはしてやったりな顔で片方の口角を上げた。



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