存在しない者


クロウリーが発した一言に、思わず彼女は目を見開いて口をあんぐりと開けたまま固まってしまう。


『存在…しないって…!?』
「そもそもあなたは、この"ツイステッドワンダーランド"という世界をご存じないのでしょう?」
『それは、確かに…』
「先程の話をまとめると、あなたは雨に降られながら自宅に帰宅途中、不慮の事故に遭い意識を失った。大型トラックと言っていましたから接触したらまず助からなかったはず。しかしあなたはこうして無傷で私の前に現れた。」
『つまり…どういうことなんですか?』
「詳しい経緯は私にも分かりませんが…その事故で何らかの力が生じ、それが異世界に繋がるトリガー…こちらで言う"空間転移魔法"のような働きをしたのかもしれません。」
『異世界!?』


"異世界"だの"空間転移"なんてファンタジーなアニメやゲームで聞くようなワードを突きつけられ、ますます彼女の頭は混乱してしまう。


『そ、そ…そんなの…そんなのダメだよ…ダメです絶対!!』
「ぬぉっ!?」


すると彼女は思い切り彼の胸ぐらに両手で掴みかかった。


『私には父と弟がいて!!三人で暮らしていくための安定した収入や、楽器屋の評判もあげなきゃいけないのに!!』
「クレイモアさん、い、一旦落ち着『大体私が突然いなくなったらお父さんやトランが心配するに決まってるし!!』
「ぐ、ぐるじっ…!!おぉぉお落ち着きなさいっ!!」


クロウリーが力強く両肩を掴んで声を上げると、ようやくヴィンネルは我に返ったように動きを止める。


『あっ……すいません…』
「…こほん。現時点でそれが証明できるものがない以上、あなたが元の世界に戻る方法は極めて難しいと言えるでしょう。」
『そんな…もう、どうしたらいいの…!!』


弱々しい声を出しながら彼女は膝から崩れ落ち瞳に涙を浮かべた。彼はその様子をしばらく黙って見つめると再び声を発する。


「あなた、お金もスマホも持ってないんですよね?」
『…はい。』
「身分を証明できるものもない。」
『…はい。』
「このまま元の世界に戻れなければ、今後この世界で暮らしていかねばならなくなる。」
『そんなこと急に言われたって「元の世界に戻る方法は私が探してみます。」
『……え?』


その思わぬ言葉にヴィンネルは顔を上げた。


「もちろん、戻れる保証があるというわけではありません。ですがこのまま困っている若者を放置しておくことはいち教育者として無下にも出来ない…とりあえず今夜は寝泊まりできる場所に案内しましょう。もう夜もだいぶ遅いですから。」


そういうと彼女の手を引っ張りあげ立たせる。


「あそこのものはあなたのですか?」
『あ、は、はい!!』
「休む場所へ案内します。私についてきてください。」


クロウリーはある方向へ歩いていく中、ヴィンネルは慌てて地面に置かれていたハープを持って急ぎ足で彼の背中を追った。


「着きました。ここです。」
『ここは?』


彼に案内された建物は、いかにも"何か"が出て来る気配を感じる廃墟のような場所だった。


「かつては学園の寮として使われていたのですが、今は使わなくなってしまったので誰もいないんですよ。さ、どうぞ。」
『はぁ…』


木材が軋むような耳に響く音を立てながらドアが開き、中へと入る。そこは真っ暗闇でおどろおどろしい雰囲気が充満していた。


「少なくとも、ここでなら雨風は防げるはずですよ。」
『そう、でしょうけど…ゴホッゴホッ!!』


思わずむせてしまうほどの埃っぽさにヴィンネルは思わず顔をしかめる。


「あぁそうだ…あなたにこれを渡しておきましょう。」
『ん?なんですか、これ…』


渡されたのは懐中電灯とトンカチのような工具に似たもの。


「これは一見工具のように見えますが、目に見えない電波を発生させて身を守る”あるもの”から身を守る防犯グッズでもあるんです。」
『防犯グッズ?』
「非常用に持っていて損はしないと思いますよ。いつ"彼ら"が現れるか分かりませんしね。それじゃあ私はこのへんで。ではまた明日。」
『いやあの、"彼ら"って?え、あ、ちょっと!!』


その意味を話す前にクロウリーは建物から出ていってしまった。辺りが静まり返り一層不気味な雰囲気が漂う中、とりあえず明かりが欲しいと彼女は懐中電灯の電源を入れる。すると…


「ホホォ〜!!これはまた久々のお客さんだなぁ〜!!」
「久しぶりに楽しめそうだぜ。ヒッヒッヒ!!」
「若者の魂はさぞ活きが良いじゃろうしのぉ〜」
『だ、誰…?』


恐る恐る振り返りながら懐中電灯を向けると、そこには…


「「「バァアアアア!!!!!」」」
『ギャアアアアア出たぁあああああ!!!!』


真夜中に彼女の叫びがオンボロな建物中に響き渡った。



◇ ◆ ◇



そしてその翌日。クロウリーに呼ばれて、彼女はナイトレイブンカレッジの学園長室へとやってくる。


「おや、寝不足ですか?」
『……なんで言ってくれなかったんですか。』
「一体なんのことです。」
『あの建物に、ご、ごご…"ゴースト"がいることですよ!!』


開口一番ヴィンネルは彼を睨みつけながらそう叫んだ。


「あれ、言ってませんでした?でも昨日私あなたにトンカチ渡しましたよねぇ?」
『渡されはしましたけど何に使うかまでは言われてませんでした!!』
「言ったじゃないですか。"彼ら"から身を守るためだと。」
『彼らじゃ誰だか分からないでしょっ!?』
「ふむ…たしかに、固有名詞が抜けていましたね。でもその様子だと、何もされていないようですが。」
『とりあえず手元のスイッチ押したら嫌がって逃げていきましたけど…』
「なら良かったじゃないですか。結果オーライですよ!!」
『(この人、信じていいのかいまいちよく分からないんだよなぁ…)』
「そんなことより、今日あなたをここに呼んだ説明をしなければ。」


それまで椅子に座っていたクロウリーが立ち上がり、彼女の前へと移動する。


「んんっ!!日付が変われば自然と元の世界に戻るかと思っていましたが、そう都合よくはいきませんでした。」
『はぁ…』
「なので今一度、私の見解を述べます。元の世界に戻る方法を見つけない限りあなたはこの世界で生きていくことになる。それが見つかるまでの間、学園長である私の権限であなたを一時的にこの学園で保護することとします。」
『保護?』
「見知らぬ地で土地勘もなく、金銭的余裕もない。それと一応確認ですが…あなた魔法は使えますか?」
『それはもちろん使えないです…というか、やっぱり本当にここって、"魔法が使える世界"なんですか…?』
「えぇ。使えない人間ももちろん存在はしますが、我がナイトレイブンカレッジは魔法士養成学校ですから、この学園に通う全生徒が魔法を使えます。」


実際に魔法が使われている場面を見ていないので、その点に関しては彼女の中で未だ全然現実味を帯びていなかった。


「というわけで…この世界においてのあなたはもはや赤ちゃんレベル。」
『あ、赤ちゃん…』
『寝床の確保は出来ましたが、このまま働きもせずただ遊び呆けてしまってはあなた自身がダメになる!!そこで私は考えました!!』


力強くそう言うと彼は長い爪でヴィンネルを指差す。


「ヴィンネル・クレイモアさん。」
『はい。』
「本日より、あなたを我がナイトレイブンカレッジの用務員に任ずる!!」
『……はいっ!?』


突然の一言に彼女の思わず大きな声を上げた。




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