02

 「苗字、さん…!?」

 急な声に、緑谷くんが驚いた顔になった。ぴたりと足を止めた焦凍くんの後ろまで、駆け足で近寄る。ゆっくりと後ろを振り向いた焦凍くんは、眉を顰めたままで「苗字…?」と訝しげに私を見た。

 「聞いてたのか。今の話」

 その声から、彼が怒っているということが分かる。だが、私はそこで止まらなかった。

 「そ、そんなこと無いと思う…!」

 声が、大きくなる。自分でも何を言っているんだろうと頭の隅で理性がちらりと過ったが、もはや開いた口は止まらないまま彼に向って語り掛けていた。

 「エンデヴァーさんは…、炎司さんは、しょ、ッ轟くんのこと大切に思ってるんだよ!」

 その言葉を言った時、焦凍くんの纏う雰囲気が変わった。険しい表情はさらに厳しくなり、「お前」と私を睨んだ。

 「なんで俺の親父の本名を知ってるんだ。彼奴のファンか何かなのか?」
 「、違う、私は…」
 「だいたい、お前に何も関係ないだろ。人の話を勝手に聞いた挙句、横から口挟んでくるなんてお前は何がしたいんだ?」

 重たい言葉が、ぐさぐさとナイフのように心臓に突き刺さった。「あ、」と声が震える。だが今更後悔しても、もう遅い。焦凍くんは、正面から私を見据えた。その時の彼の表情を、嫌悪が滲んだ声を、忘れることができないだろう。

 「うぜぇ」

 それだけ言うと、焦凍くんは私たちに背を向けた。
 言葉を失くし、何も言えなくなってその場にへたり込んだ私に、「苗字さん…!」と、隣の緑谷くんが駆け寄ってきてくれた。大丈夫、と労わるように私に声をかる緑谷くんに、焦凍くんは振り向かずに続けた。

 「…まぁ、要するにな、緑谷。さっきのこと、言えねぇなら別にいい。お前がオールマイトの何であろうと、俺は右だけでお前の上に行く。時間取らせたな」

 すたすたと、行ってしまう。緑谷くんは私の肩を支えたまま、迷うように視線を彷徨わせ、そして言った。

 「僕は…ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ…僕は、誰かに救けられてここにいる」

 焦凍くんのことで頭がいっぱいになっていた私には分からない内容だったが、緑谷くんの声ははっきりと廊下に響いて、彼がなにか大切なことを話そうとしているということは分かった。そっと視線を上に上げれば、緑谷くんは焦凍くんを見ていた。風に吹かれて、前髪が揺れる。

 「オールマイト…彼のようになりたい…。その為には一番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたら些細な動機かもしれない…でも、僕だって負けらんない。僕を救けてくれた人たちに、応える為にも…!さっき受けた宣戦布告、改めて僕からも…」

 彼も、きっとたくさんの思いがあって雄英にいるのだろう。私がやって来た七年後の未来では、彼はオールマイトの後を継ぐように日本のトップヒーローの一人になっているのだ。そう思うと、今自分がここにいることがとても不思議に思えてくる。

 「僕も君に勝つ!」

 そう言い切った彼を、焦凍くんもまたじっと見ていた。そして何も言わないまま、焦凍くんはその場を立ち去った。