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 私は堤防から戻り、体育祭の行われているグランドへと戻ってきていた。グラウンドにいた生徒たちの姿はまばらだ。今はお昼休憩の時間で、皆は一度それぞれの教室や食堂に戻っている。広い自分もかグラウンドをみていると、かつての自分がそこを走っているように思えた。自分もかつてはこうして、一生懸命になって頑張ったものだ。今では遠い過去のことが、またこうして目の前に広がっていると思うと不思議な気持ちになる。
 きらきらと眩しく輝く太陽にそんなことを思っていると、誰かの声が聴こえてきた。

 「親父は極めて上昇志向の強い奴だ」

 それは、焦凍くんの声だった。

 「…!」

 思わず、壁の影に隠れる。すると私から暫く離れた場所に、焦凍くんと緑谷くんがいるのが見えた。

 「ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが…それだけに生ける伝説オールマイトが目障りで仕方なかったらしい」
 (…炎司さんの話だ)

 エンデヴァー、もとい轟炎司さん。彼は焦凍くんの父親だ。そっと聞き耳をたてながら、二人の会話を聞く。

 「自分ではオールマイトを超えられねぇ親父は、次の策に出た」
 「何の話だよ轟くん…僕に…何を言いたいんだ」

 話の筋が見えずに困惑する緑谷くん。彼をひたと見据えたままの焦凍くんが次に口にした言葉が、心臓に突き刺さった。

 「個性婚。知ってるよな」
 
 その言葉に、彼が何を言わんとしているのかが理解できた。

 (焦凍くん…)

 焦凍くんは、彼の両親である炎司さんと冷さんの個性婚によって生まれた。彼は四番目の末の姉弟にあたり、上には三人のお兄さんとお姉さんがいる。三人とも、炎司さんが望んだふたつの個性を併せ持って生まれてこなかったために、兄弟の中で唯一、両親の個性を使える焦凍くんは、炎司さんに厳しく育てられたのだ。オールマイトを超える存在にするために。

 (…)

 それは、焦凍くんが付き合いだして暫くした時に私に話してくれたことだった。
 話しづらい内容だろうに、「なまえには知っていてほしいから」と今までのことを全部教えてくれた。今でもそのときのことを覚えている。焦凍くんの苦しみや悲しみを知った時、それを話し手くれたことが嬉しかった。その一方で、彼が歩んできた人生の道のりのことを思うと、胸がつまる思いがした。

 「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで、自身の欲求を満たそうってこった。うっとうしい…!そんな屑の道具にはならねぇ。記憶の母はいつも泣いている…」

 だけど、この時期には私たちはまだただのクラスメイト同士だった。七年前、ここでこんな会話がなされていたなんて知らなかった。

 「『おまえの左側が醜い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた」

 言葉を失くしてしまった緑谷くんに、焦凍くんは続けた。爛れた左側の肌に触れ、忌まわしい気持ちを滲ませた声がしんとした廊下に響く。

 「…ざっと俺がお前につっかかんのは見返すためだ。クソ親父の個性なんざなくったて……いや…」

 ああ、と声が出た、今なら、彼のような年の子供が、そんなことを言うべきではないと分かるのだ。それは悲しいことだった。七年前の私では分からなかった。まだ十五歳の子供は、親に大切に守られているべきなのに。彼は、そんな心の拠り所を作ってはこられなかったのだ。

 「―使わず一番になることで、奴を完全否定する」

 ずり、と壁を伝って尻餅をついた。焦凍くんがあの頃、つまり今のこの時代で、どんなことを思って生きていたのかを目の当たりにして、何も言えなくなった。ただ、今すぐに駆け寄って彼を抱きしめることができたらどんなに良いだろうか。あのまだ華奢な背中が、ひどく寂しく見える。
 それから焦凍くんは緑谷くんに話してしまうと、彼の脇をすり抜けてこっちへ歩いてきた。そして、―今思えば、この時に彼に言うべきではなかったことをー私は、言わずにはいられなかったのだ。
 

 「―焦凍くん!!!」