そして三週間ほどが経った。
 あの日はまだ芝生を湿らせていた冷たい雪は、もうすっかり無くなっていて、柔らかな木の芽が少しずつ土から顔を出すようになっていた。自転車を漕いで、学園の裏へと回る。駐車場に着くと、そこには先客がいた。

 「みょうじ先輩!おはようございます」

 太陽みたいな笑顔を向けてくれたのは、竈門くんだった。彼もここまで自転車でやって来たのだろうか。自転車を停めてこちらへ駆け寄ってきた竈門くんは、少し私を見た。なんだろう、と思うと「あ、すみません」と少し慌てて、

 「前に会ったときは、寂しそうな匂、…感じが、していたので。気になってたんです」
 「え?」
 「ほら、前にしのぶさんと一緒にいた時にお会いしましたよね?あの時、なまえさんは何だか、凄く寂しそうだったから」

 何でそんなことが分かったのだろうと、彼の言葉に目を瞬かせる。前、といえば私がしのぶをショッピングモールに誘った時のことだ。学校に来ていた彼と偶然会って、そこで少しだけ喋っただけなのに。気づかれていたなんて。
 竈門くんの言葉に、ほうと感心からため息を吐いた。そして「ありがとう」と言う。

 「もう、大丈夫なんだ。ありがとう、心配してくれてたんだね」
 「いえ、もう平気ならよかったです。…今日は、しのぶさんと会うんですか?」

 訊かれて、「うん」とこそばゆいような面映ゆいような気持ちでうんと頷く。すると彼のくんは「そうですか」とまた笑った。

 「俺はこっちに用があるので。失礼します」
 「うん、じゃあね」
 「はい。さようなら」

 彼の背中を見送り、私もしのぶの待つ教室へと向かった。足取りは軽く、春が待ちきれない蛹から孵ったばかりの蝶のように、階段を二段飛ばしで上がっていった。

・・・
・・


 「さっきそこで竈門くんと会ったよ」

 しのぶと道を歩きながらそう言うと「そうでしたか」と頷かれた。前回に出かけたときはマフラーをつけていたのに、今はもうそれも取り外されていた。風はまだ少しだけ冷たいけど、時々太陽が雲の間から暖かな光で照らしてくれるから、もうマフラーは要らないのだ。手を繋いだまま、しのぶは私の髪を見遣った。そして嬉しそうに、

 「つけてくれてるんですね、それ」
 「うん。似合ってるかな」
 「勿論。私が貴方に選んだんですから」
 「ふふ、しのぶも似合ってるよ。可愛い」

 一緒に出掛けた日に買ったお揃いのピンクゴールドのバレッタが、私たちの髪にきらきらと可愛らしく飾られている。嬉しそうにしているしのぶの横顔が可愛くて、また繋いだ手をぎゅっと握ると彼女も小さく握り返してくれた。

 「どこに行きますか?流行ってる映画があるって聞きましたが」
 「うーん、でも洋服もみたいな。昔はよく一緒に買い物したよね」
 「ふふ、行きたいところがたくさんありすぎて困ってしまいますね」

 眉を下げて笑ったしのぶ。信号が黄色から青に変わって、車が止まる。歩道の向こうへと足を踏み出すと同時に、どこからか吹いてきた風が頬を撫でていった。開花する間際のような、青いみどりの匂いをのせて。

 「行きたいところ、全部回ろう。時間はあるんだから」

 繋いだ手の先で、しのぶは笑っていた。もうずっと、長い間夢に見てきた相手の笑顔が、手を伸ばせば触れられる距離にあって、これを幸せというのだと思った。歩き出した私たちの上で、美しい翅を広げた蝶が青空に向かってはばたいていった。


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