「今日、出かけないか」
とある土曜日のこと。珍しくお互いの休日が重なり、一緒に食事を摂っていたら、ふと焦凍くんがそんなことを言った。「出かけるって?」パンをスープに浸しながら聞くと、もむもむとサラダを食べながら彼は頷いた。
「最近、お互い忙しくて何かと入れ違いになってただろ。この間の日曜も、映画観に行こうって言ってたのに、結局俺の仕事入っちまったせいでふいになったし」
「ああ、そんなこと。気にしなくていいんだよ」
彼が日本のトップヒーローとして忙しいのは分かっている。私もヒーローの仕事をしているから、急に現場に行かなくてはならなくなることもある。そういうことはお互い様なのだし、別に今まで嫌だとかは思ったことがなかった。
私がそう言うと、焦凍くんは黙ってコーヒーを飲んだ。ごくん、と飲み干してカップを口から離すと、「なまえは」
「?」
「なまえは、俺と一緒に一緒に出掛けたくねぇのか?」
予想外なその言葉に、彼が誘ってくれているのだと理解する。びっくりしつつも、「う、うん」
「い、行きたい!ご飯食べたら、用意するね」
「おう」
慌ててこくこくと頷き返すと、焦凍くんは笑った。窓の向こうから朝日が差していて、きらきらと淡く輝く光が彼の頬に落ちていた。休日のゆったりとした柔らかい空気の中で見る彼の表情は、昔よりもずっと優しいものだ。彼も知らない間にこんな顔で笑うようになったんだなと、新しい発見をした子供のように心の中で思った。
▽▽▽
その後、二人で映画を見た。先週、結局見れなかったものだ。内容は、今一番人気だというヒューマンドラマ系のもの。ポップコーンを買って、二時間ふたりで鑑賞する。映画が終わって、少し飲み残したコーラを係員の方に返しながら、焦凍くんを振り向く。
「いやー、面白かったね!あの映画」
「ああ。ああいうタイプの映画、今まで見たことなかったけど結構いいもんだな」
他愛のない話をして、映画館を出る。休日の繁華街はたくさんの人で賑わっていて、太陽はもう空の高い所まで昇っていた。時間はもう12時過ぎだ。
「そろそろお昼だね。焦凍くん、なに食べたい?やっぱり和食の方がー…、」
と、焦凍くんがじっと私を見つめていることに気が付く。なんだろう。不思議に思って「焦凍くん?」と聞き返すと、「スカート」
彼は、どうやら私のスカートに視線を注いでいたようだった。見ると、自分の来ている淡いラベンダー色のスカートの柔らかな生地が風にひらひらと揺蕩っている。
「珍しいな」
「うん、たまには良いかなって思って着てみたんだ。前に友だちと出かけた時に買ったんだよ」
「似合ってる」
さらりと、事も無げに放たれた言葉。突然のことにその場に固まる私をよそに、焦凍くんはすたすたと「この辺りだったよな、言ってた店」と歩いていく。そしてはたと来ない私に気づき、こちらを振り返って、
「なまえ?どうしたんだ」
「いや、な、なんでも、ないよ」
「?なんか顔赤いぞ」
「な、なんでもない!ほんとに!」
▽▽▽
お昼は結局、二人でドリアを食べた。焦凍くんはイカや貝が乗ったものを、私はミートソースがかかったものを注文した。最近人気だと評判なそれを食べながら、美味しいねなどと話していると、遠くからひそひそと声が聞こえてきた。
「あれ、ショートじゃない?」
「あっ、ほんとだ!わー、実物ってテレビで見るよりもかっこいいね…!」
声を落としているつもりなのだろうが、ばっちり私には聞こえてきた。焦凍くん本人は特に気づいていないようで、「美味いなこのカリカリしたやつ」とサラダに乗っているチーズを食べている。ご飯を堪能する彼の顔をそっと見てみると、ああして騒がれるのも無理がないと思うほど、整った顔立ちがあった。長い睫毛越しに深い緑の目が見えて、ちょっとその辺りでは見かけることがないような格好良さだ。昔もよく女の子にもてていたけど、大人になった彼はかつてよりもっと男性的な魅力が備わって、人目を引くようになっていた。
「?食わねぇのか、なまえ」
「あ、ううん。食べるよ。焦凍くん、それ気に入ったの?」
はっとして食事を再開する。自分が付き合っている人がこんな目立つ人なんだよなあ、と今更ながらに思いながら、水の注がれたグラスを飲み干した。
▽▽▽
そして、時間は過ぎ。赤い夕焼けが街を染める頃、私たちも帰路を辿っていた。
「楽しかったね、今日」
「ああ。土産も買えたしな」
「それ、エンデヴァーさんたちにあげるの?」
「一応そのつもりだが、親父が受け取るのかと言われると今更分からなくなってきたな…」
手にしたお土産袋の中には、人気だというお店で買ったチーズケーキが入っている。考えるようにそれを見遣った焦凍くんに、笑いかける。
「きっと喜んでくれるよ」
そう言うと、彼も「そうだな」と笑った。歩みを進めながら、空に浮かぶ夕陽を見上げる。
「冬美さんと最近会ってないなぁ。元気にしていらっしゃる?」
「元気だよ。この前会ったら、"なまえちゃんのこと、ちゃんと気にかけてあげてるの?"って言われた」
「あはは、そっか」
話しながら、そっと焦凍くんの袋を持っていない方の右手を見た。と、急に焦凍くんは私の方を見下ろして、その手を伸ばしてきた。「あ、」
ぎゅう。そんな効果音が似合いそうな優しい強さで、私の右手は彼の右手の中へと収まってしまった。
「今日、」
「え?」
「飯の時、なにか気にしてなかったか?」
そんなことを指摘されると思っていなかった私は、驚く。別に大したことないんだけどね、と切り出しながら彼と繋いだ手をぷらぷらと所在なさげに動かしながら、
「女の人たちが、焦凍くんのこと見てかっこいいねって言ってたから。私が付き合ってる人って、そういえば、目立つんだよなーって思ったっていうか、」
そう言うと、「ふぅん」と首を傾げた。焦凍くんのその様子に苦笑する。彼はあまり自分がどう見えるかなんていうことに興味はないのだ。
「俺はそういうの、あんまり気にならねぇけど。なまえは嫌なのか?」
「え、」
「職業柄、外に出るとそういうこともよくある。お前が一緒にいて、皆に見られたりするの嫌なら、今日みたいに出かけるのも控えたほうが…、」
私は最後まで聞かずに、彼の手を握り返した。
「ううん、そんなことないよ」
「こうやって一緒にお出かけするの、嫌じゃない。映画館もご飯も、普段できないことができて、嬉しかったよ」
「…」
私たちは、お互い遠慮しがちな恋人同士なのだと思う。何が嫌じゃないとか、こうされると嬉しいとか、そういうことを相手に確認してからじゃないと何もできない。焦凍くんとは同棲し始めて一年と少しになるが、まだまだ知らないことばかりだ。だが、それをひとつひとつ教えあいながら一緒にいることが、私には愛しくて大切な時間だった。
「また、来ようね」
彼と一緒にいることが、私には幸せなのだ。
自ずと溢れた笑みのままに焦凍くんの顔を覗きこむと、彼はその綺麗な目をぱちぱちと瞬かせてから、私と同じように、笑った。
「ああ、そうだな」
握った手は暖かくて、焦凍くんの体温が感ぜられた。夕陽に照らされる道を、ふたりで肩を寄せ合って他愛のない話をしながら、彼と住んでいる家へと帰っていく。私よりも高い位置にある焦凍くんの横顔を見上げて、それからまた、微笑んだ。