朝8時45分。文化祭開催まであと15分と迫っているのにも関わらず、緑谷くんの姿が見当たらない。
なんでも青山くんを吊るすロープを買いに行ったとの事だったのだが、それにしたって遅すぎるし、緑谷くんから連絡がないのもおかしい。
緑谷くんはちゃんと連絡をくれる人だから。
「柚華ちゃんもスカートくしゃくしゃになっとるよ」
「え、うそっ!恥ずかしい」
後ろからお茶子ちゃんに指摘され、直そうにも後ろ側のスカートがくしゃくしゃになっているようで、そのままお茶子ちゃんに直してもらい、お礼を言うと彼女は、可愛い笑顔で両手を振って、気にせんといて。と言ってくれた。
それにしても緑谷くんが帰ってこない。時間も時間で、そろそろ学校の体育館に移動しないといけなくなり、私達はぞろぞろと動き出した。
歩いている最中の9時30分頃に、ポケットに入れていたiPhoneが振動した。画面を明るくさせると、緑谷くんからのメッセージが入っていた。
“突然無茶なお願いなんだけど、頼れる人が佐倉さんしか思いつかばなくて…”
“僕、今ここに居るんだけど、走っても間に合いそうにないんだ”
そのメッセージと共に送られた、緑谷くんの現在地は確かにここから距離があり、走っても開演時間に間に合いそうにない。
これは何とかしないと。と緑谷くんにメッセージを送り返す。
“その場にいて、すぐに行くから”
ポケットにiPhoneをしまい、服の中に隠しておいた、首にぶら下げてる鍵を取り出す。そして近くにいたお茶子ちゃんに声をかけた。
「ごめん、緑谷くん連れていくから少しだけ外に出るね!」
「え?!デクくんどこにおるの?」
「…山の中?」
私の返答にお茶子ちゃんは首を傾げるが、私もそれ以外に説明のしようがなくて首を傾げるが、それよりも緑谷くんを迎えに行かないと、と列を外れて走り出す。
「封印解除(レリーズ)!」
走りながら鍵を杖に戻し、ポケットからハンカチを取り出し、緑谷くんの所まで案内してもらおうと、侑子さんから教わった呪文を唱える。
と言っても侑子さんの唱える呪文が違う上に、私が出来るのは人を探すだけであって、場所までは探せない。
「我を彼の人の処へ案内せよ。名を緑谷出久」
手に持っていたハンカチは蝶になり、森の方へと飛んで行く。“翔(フライ)”でそれを追いかけようとカードを取り出すが、“翔(フライ)”は古いデザインのままで、早口で呪文を唱えた。
「翼よ、古き姿を捨て生まれ変われ。契約の下柚華が命じる。封印解除(レリーズ)!」
背中から真っ白の翼を生やし、全速力で追うこと5分で緑谷くんを見つけた。私を見上げる緑谷くんの隣にはエクトプラズム先生がいる。そして緑谷くんは至る所に傷がついていて、何かがあり、それに巻き込まれたんだろう。
「緑谷くん!」
「佐倉さん!すみません僕…」
「いいよ!緑谷くんが頼ってくれるなんて嬉しいもの。それよりもリカバリーガールの所に急ごう」
“移(ムーブ)”は既に侑子さんの家で変えたから、また呪文を唱える必要はない。ポケットからカードを取り出し、発動させる。
「佐倉さんは行かないんですか?!」
「私自身を移動させるなら、私が視認出来る範囲じゃないとダメなの。だから先ずは緑谷くんをリカバリーガールのところに連れていく」
「え…っ?すみません、僕知らなくて…!!」
さっきから謝ってばかりの緑谷くんに、何故か申し訳ない気持ちになってしまう。私も一緒に移動出来るならヒーローが助けに来たって思われたのかな?
それとも私が緑谷くんの足みたいだと、思ってしまったんだろうか。
「緑谷くん、私は謝られるより、ありがとう。って言われたいな」
「あっ、佐倉さん、ありがとうございます!」
「どういたしまして!…彼の者達を移動させよ“移(ムーブ)”!」
カードに向かって杖を振り、呪文を唱えてカードの力を発動させると、緑谷くんとエクトプラズム先生が一瞬にして消えた。私はメッセージアプリで緑谷くんに、無事に着いたか確認した後、もう1度“翔(フライ)”で飛び体育館に向かう。
飛んでいる最中に時間を確認すると、幸運な事にまだ開始1分前で、私は1枚のカードを取り出し、呪文を唱えた。
「古き姿を捨て生まれ変われ。新たな主柚華の名のもとに!“抜(スルー)”!」
カードの能力で、私は背中に羽を生やしたまま全速力で壁に向かって突き進み、“抜(スルー)”のカードのお陰で壁を通り抜ける事が出来た。体育館の中は真っ暗で本当にギリギリのところだった。
体育館いっぱいに入っている観客に気付かれないように、音を立てないように飛んでステージに立つと、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが私の両肩に、手を置いた。
「お疲れ様!」
「ありがとう!」
そう言うと直ぐに、ステージが目が眩むほど明るくなったかと思いきや、爆豪くんの怒号に似た掛け声と爆発音が聞こえ、バンド隊のメロディが体育館中に響き出す。
ダンス隊が息を合わせて、振り付けを踊り、メインでは観客を巻き込んだパフォーマンスをすることが出来、最後の1音が終わると、観客の盛大な歓喜の声が割れんばかりに溢れ出す。
「はぁ…はぁっ、」
「やったね」
爆豪くんによる“音で殺る”バンドは大成功で幕を閉じた。それは終わった瞬間の反応でも擦れ違う生徒の感謝の言葉でもわかる。
皆で良かったね!と笑い合っているとせかせかと、焦凍くんが作り出した氷を片付ける峰田くんがいて、どうしたの?と声をかければ、白目に血管が見える程の勢いで早口で捲し立てた。
「早く終わらせねぇと、ミスコンのいい席がなくなっちまう!!!」
皆で氷を1箇所に集めて、必死の峰田くんに免じて私が残りの後片付けを引き受けると、峰田くんはありがとうよ!と叫びながらミスコン会場に向かった。
「柚華さん、大丈夫か?」
「ん?“消(イレイズ)”でパッと消しちゃうから大丈夫だよ」
「それもそうだが、なんと言うか魔法の使いすぎみてぇのは…」
大量の氷の山を前に仁王立ちしていると、焦凍くんが近づいてきて隣に並んだ。
何だか、随分久し振りに感じるのは多分文化祭の準備でそれぞれ忙しかったからだろう。
「大丈夫だよ。そんなに使ってないし」
「そうか…この後は何か用事があるのか?」
これは、所謂文化祭デートのお誘いなのだろうか。それなら勿論イエスだし、私としては最初から焦凍くんと回りたいと思っていた。
「ないよ」
「俺と、回らねぇか?」
「勿論!」
耳に入る賑やかな声。その中に今好きな人と溶け込もうとしている。その為には先ず、この氷の山を消してしまおうか。
「古き姿を捨て生まれ変われ。新たな主柚華の名の元に!」
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