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氷の山を“消(イレイズ)”で消して、私達は手を繋いでミスコン会場に向かった。と、言っても波動さんがミスコンに出るからとの事で向かった。

「波動さんの番だね」
「あぁ」

ミスコンが開催される事は相澤先生から知らされなかったのは、そういう事なのだろう。合理的ではないから教えもしない。そういうスタンスなのだ。

沢山の人がステージに立つ波動さんに目を向けている。私と焦凍くんは会場の端っこで見ている。波動さんはちょこんとステージの真ん中に立つと、個性の力でふわりと浮かび上がる。
その様子はまさに妖精のようで、息を飲んだ。

「柚華さんみてぇだな」
「え…?」

綺麗だね。と私が口を開くよりも先に、焦凍くんが波動さんを見つめながら、そんなことを言った。
浮かぶ彼女見ている焦凍くんの横顔を見ていると、彼は私の視線に気が付いたようで、優しい目をして私を見下ろした。
柔らかく笑うその表情に、どうしようもなく心臓が高鳴る。

「柚華さんも、あんな感じで飛ぶだろ」
「…そう、だったかな…?」
「少なくとも、俺にはそう見える」

そっと焦凍くんが私の手を取り、指を絡めて繋ぐ。伝わる体温が暖かくて幸せを感じる。

そんな時だった。どこからともなく波動さんが浮かぶ空中から、花びらが落ちてきたのは。

「すごい!どうなってるの?」
「まじで、妖精みたいだ」

ミスコン会場にいた人達が花弁が落ちてきた事に感動して感嘆の声を上げる。その声に気が付き、焦凍くんから目を離して波動さんを見ると、確かに色とりどりの花びらが空から舞い降りてくる。そして同時に感じるカードの気配に冷や汗を隠せない。

「“花(フラワー)”だ」
「カードが勝手に動いてんのか?」
「完全な私の魔力で封印してないから、この楽しい雰囲気につられて出てきちゃったのかも」

元々“花(フラワー)”はお祭りやイベントなどの、楽しくて華やかな場所が好きだから、我慢出来ずに出てきちゃったのだろう。このままカードに自ら戻ってくれるなら問題はないが、今は文化祭の最中だから多分それは無理だろう。

「ごめんね、私カード捕まえて来なきゃ」
「手伝うぞ」
「ありがとう」

波動さんがステージに降りても尚、花びらはとめどなく空から舞い降りてきていて、司会の人も、幻想的な空の舞に華やかな花びらの演出が見事にマッチした素敵なものでした。と評価してくれた事により、波動さんが用意したものと会場にいる皆が認識してくれた。

花びらの服を身に纏った“花(フラワー)”は、満足したのか次の何かを目指してふわりと飛び立っていく。流石にこれ以上何かをされては困ると、焦凍くんと“花(フラワー)”を追うように走り出す。

「人がいるところだとカードが抵抗しちゃうかもしれないから、いない所に誘導しないと!」
「任せろ」

焦凍くんは個性の炎を出して“花(フラワー)”に目掛けて放つ。勿論“花(フラワー)”に当たらないように配慮して、人がいない所に行くように誘導している。

雄英高校は敷地面積が広く、一般公開されていない今年の文化祭では、割と人気のない所がある。
例えば“花(フラワー)”を追い詰めた、訓練場付近とかだ。

追い詰められた“花(フラワー)”が、首を左右に動かし辺りを見回すが、勿論逃げ道なんかない。それでも逃げようとする“花(フラワー)”を逃がさないように呪文を唱えた。

「風よ、戒めの鎖となれ!“風(ウィンディ)”」

カードの中から風が巻き上がり、“花(フラワー)”を包む。すかさず“花(フラワー)”を封印する為の呪文を唱えた。

「花よ、古き姿を捨て生まれ変われ。新たな主柚華の名の元に!」

“花(フラワー)”はみるみるうちにカードに変り私の手の中に収まった。新しいカードには花びらを纏った少女が描かれており、それをポケットの中に仕舞った。

「もう大丈夫なのか?」
「うん、ありがとう」
「そうか……行くか」

焦凍くんが私に手を差し伸ばし、それに手を重ねると、じんわりと人肌が掌に伝わり指が絡まる。露店が出ている校門から校舎への通り道に行くと、クレープが売っており、甘く美味しそうな匂いについ目を奪われる。

「食うか」
「焦凍くん甘いもの好き?」
「普通だ」

これは、食べれなくはないが進んで食べない。というタイプの普通ではなくて、あれば食べるしなければ食べない。というスタンスの普通だろう。轟家には常備甘いものがあったわけではないから、そう思うのかもしれないが。

クレープが売られている露店のメニュー看板を見ると、割と豊富に揃っており、どれも美味しそうだと目移りしてしまう。

うーん。どうしようかな…。

「迷ってるのか?」
「うん…いちごもバナナも捨て難くて」
「両方買えばいいじゃねェか」

そうしたいのは山々だが、それだと量が多くて胃に入り切らない。看板を前に悩んでいると、焦凍くんが店員さんに私が悩んでいたクレープを2個とも注文してしまった。それを止めようにももう遅く、彼は素早くお会計まで済ませてしまっている。

「焦凍くん?!」
「俺も食うから半分づつでいいだろ」
「…いいの?」
「ん」

店員さんからクレープを受け取って、近くのベンチに並んで座り甘い匂いを発するそれを口に含む。甘いクリームともちもちの生地が口いっぱいに広がり、自然と笑みが零れた。

「美味しいね」
「そうだな」

隣に座っている焦凍くんを見るも彼は普段と表情を変えない。でも、美味しいとは思っているんだろう。黙々とクレープを食べている。半分食べてそれを交換すると、焦凍くんが食べていた方も美味しくて、やっぱり自然と口元が緩む。

「これも美味いな」
「どっちも美味しいね」

相も変わらず無表情だったけれど、それが何だか可愛くて口元を緩めていると、カシャッと小さな音が耳に入り、音の聞こえた方を向くとカメラを構えた女子生徒が私達を撮っていた。
突然の事に驚いていると、女子生徒が満面の笑みを浮かべながら一枚の写真を片手に持ちながら、私達に近寄って来る。

「いやぁー、突然すみません。これプレゼントです!あ、もう1枚要ります?」
「え、っと…」
「はいどうぞ!」

女子生徒はカメラから写真を出して、2枚まとめて私に手渡した。それを受け取ると、女子生徒は私と焦凍くんの顔を交互に見ると、にんまり笑って人差し指を立てた。

「お2人とも単品で写真を撮ってもいいですか?轟さんは女子生徒に、佐倉さんはコアなファンに高く売れるんですよ」
「いいわけねェだろ」

売買目的で写真を撮りたいと言った女子生徒のお願いを、焦凍くんが一刀両断すると、彼女はその答えが分り切っていたようで、そんなに落ち込む様子も見せず、ですよねー。と笑っている。隣に座っている焦凍くんは女子生徒の事を半ば睨みつけている。

「しょ、焦凍くん…?」
「撮った写真のデータも消しとけよ」
「ははっ!分りました。轟さんって意外と嫉妬深いんですね」

そう言うと彼女は私達に背中を向けて、軽い足取りで何処かに行ってしまった。

なんだったんだろうか…。

「焦凍くんてやっぱりモテるんだね」
「……親父(エンデヴァー)の息子だからだろ」
「焦凍くんが魅力的だからだよ。炎司さんは関係ないよ」

そうか?なんていまいちピンと来ていないようで、空を見ている。私がモテるよ!と力強く言うと彼は驚いた顔をして私に向かって手を伸ばして髪を1房掬った。焦凍くんの表情は穏やかで、さっきまでの怖さはない。

「俺は柚華さんにモテればそれでいい」

甘く頭に響くその言葉に、必然と頬が熱を持ち赤くなる。それを悟らせないように手に持っていたクレープを焦凍くんの口元に押し付けた。

「もう食わねェのか?」
「もう一杯です!」

お腹も胸ももう一杯だ。これ以上入れると甘さで胸やけを起こしてしまう。
この世界で迎える初めての文化祭。周りの歓声や騒音が耳に入らないくらいに、自分の心臓の音が煩い。容赦なく降り注ぐ日差しよりも顔が熱い。震える程に全てが甘い。

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