A組対B組の合同演習があったその日、柚華さんは死んだように眠った。
瀬呂のテープに巻かれたまま、気を失った柚華さんを抱き留めたのは、俺じゃなくて瀬呂だった。
最後に柚華さんが出現させた迷路──迷(メイズ)は、柚華さんが気絶したと同時に姿を消した。
本当に最後の力を振り絞って出現させたのだろう。両目を瞑り瀬呂の腕の中で眠る柚華さん
顔に疲労が見える。
彼女の頬に触れようと近付き、頬にかかる髪を指の背で払うと、瀬呂が気まずそうに、弱ったような顔で俺を見た。
「……轟って、そんな顔も出来んのね」
「…………どんな顔だ?」
「好きで好きで仕方ねぇって顔」
それ、どんな顔だ? と瀬呂に問えば、彼は「自分で鏡見てきたらー? すげぇ顔してるから」と返ってきた。
柚華さんを保健室に連れて行った後に鏡を見たが、いつもと同じ俺の顔がそこに映っていただけだった。
そして、ふと気が付いた。
──そう言えば、柚華さんはよく俺にそんな表情を向けている。
花が咲いたとか、木漏れ日のようなとか、そんな言葉じゃ言い表せない程の愛の笑み。
きっとあぁいう顔を“好きで好きで仕方ねぇって顔”と言うのだろう。
明らかに他の男に向ける時とは違う。俺だけの、俺にしか見せない特別なそれ。
それは俺も同じだ。
死んだように眠り続ける柚華さんは、リカバリーガールの治療を終えると、寮に戻された。
相当無理をしていたらしい。全くもって目を覚まさない。確かに四大元素カードの水(ウォーティー)を連発させてりゃ、魔力不足にもなるだろう。
俺には分からないが、魔力が切れると眠たくなるらしく、雄英の試験を受けたその日も帰り道で寝こけていた。
体力と魔力は別にあるらしいが、柚華さんにとっては、体力よりも魔力の方が大事らしい。
詳しい事はあまり聞いてねェからわからねェが。
簡素だが女子らしい部屋の中、ベッドで深すぎる眠りに入っている柚華さん。その隣、ほんの僅かな隙間に腰をかけ、彼女の顔の横に手を付ける。上から覗き込むように、柚華さんを見下ろせば、俺の影が柚華さんの顔にかかる。
長い睫毛は揺れもしない。
「いつ、目が覚めるんだ?」
どのくらいの魔力を使ったのか、俺には皆目見当もつかねェ。明日の朝目覚めるのか、1秒後には目覚めるのか。それすら俺にはわからない。
まさに神のみぞ知るのだろう。
「柚華さん」
顔の横に手を付けたまま、空いている方の手で膨らみのある頬を触る。滑りのいい肌から温かさを掌で感じ、自然と口角が緩く上がる。
「柚華さん。俺、もっと強くなりてェ。その為には──避け続けてちゃだめだよな。認めて受け入れていかねェと、俺が俺自身の意思でアイツよりも強くなる為に」
これは誓いの言葉だ。
現状、俺は柚華さんには勝てない。追い詰める事は出来ても、魔力を使えば使う程魔力が増していく柚華さんは、きっとそのうち四大元素カードをいくら使っても、ガス欠せずに動き続ける。
そうなった時、俺はこの人を追い詰める事すら出来なくなる。
守りてェと思っている人は、常に俺の前にいる。その状況に俺は常に焦りを感じている。
守りたいと初めて思った人を超えなければ、俺は、俺をヒーローとは思えねェ。俺は万人とはいかなくても、安心を与えられる存在なりたい。
安心を与えられるだけの存在にはいたくない。
だからこれは誓いだ。
「いつか、あんたも超えて、俺は強くなる」
そう言ったら柚華さんはなんて言うだろうか。
「私も負けないよ」と言うだろうか、「焦凍くんならなれるよ」と言うかもしれない。ただ笑うだけかもしれない。
どれも正解なような気がするのに、どれも不正解なような気もする。
──あ、そうか。
“絶対、大丈夫だよ”って言うんだ。
一瞬驚いたような顔をして、すぐに柔らかく目を細めて、唇で弧を描き、鈴を転がしたような耳さわりの良い声で、“無敵の呪文”を言ってくれるんだ。
あぁ、早く会いてェな。
「早く目覚めてくれよ」
そう言って額に口付けを落として、俺は柚華さんの部屋を出た。
階段を使って広間に行けば、麗日が俺に気が付き、パタパタとスリッパを鳴らしながら近付いてきた。
「柚華ちゃん大丈夫やった?」
「あぁ。まだ眠ってるけどな」
「魔力の使いすぎが原因なんかな」
「多分な」
うーん。と唸る麗日も俺と同じ感覚なのだろう。柚華さんの魔力と近い感覚といえば体力だろう。体力が尽きれば動かなくなる。だから寝る。それだけの話だが、1日中寝続ける事もある柚華さんにとっては、それだけの話ではない。
近い感覚は、あくまでも近いだけであって、同じ感覚ではない為に全てを理解する事は不可能だ。
理解するには魔力を手に入れるのが1番手っ取り早いが、魔力を手に入る術を俺は知らない。
「そういや、なんか人が多いな。今日なんかあったのか?」
「うん? あぁ! A組B組合同で反省会をやっとるからやね。てか、今頃気が付いたん?」
「悪ィ」
「本当に轟くんは柚華ちゃんが大好きなんやねぇ」
頬を赤く染めてへらりと笑う麗日を一瞥し、俺はスマホを取り出した。
宛先はエンデヴァーだ。赫灼について教えて欲しい事がある。ただそれだけを文にして送信した。返事は後からでもいい。それより今は──。
いつになく騒がしい広間。目的の人はどこにいるのだろうかと、辺りを見渡すと、運動服姿の緑谷が飯田と話しているところを見つけた。
足を緑谷に向けて歩き出す。緑の髪をした男の背中に向かって声をかけた。
「緑谷探したぞ」
振り返る緑谷に俺は返事を待たず口を開いた。
「おまえも“個性”2つ持ちだったのか?」
「えっ?!」
「全力でかかってこいっつってたおまえが力を隠してたのなら、俺は多少ショックなんだが」
そう言えば緑谷は慌てたように手を動かして首を振った。
「違う違うよ! 多分……“個性”の派生というか……根本は1つのもの……だと思うんだけど……今日初めてああなって、自分でびっくりしてる状態」
困ったように笑う緑谷。まぁ、こいつがそう言っているならそうなんだろう。
「そうか。それは大変だったな。疑って悪かった。すげぇ事になってな」
その後も緑谷と少しやり取りをした後、B組の連中ともし話、その日俺は眠った。
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