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「なんで俺が雄英の尻拭いを…こちらも忙しいのだが」
“まぁ、そう言わずに…OBでしょう”
「雄英からは今ヒーローを呼べない。大局を見てくれエンデヴァー。今回の事件はヒーローの社会崩壊の切っ掛けにもなり得る。総力をもって解決にあたらねば」

私が案内をしてくれるように頼んだ鳥はとある雑居ビルの扉の前で止まった。つまりここに爆豪くんがいるという事だ。今彼はこの建物の中にいる。

「生徒の一人が仕掛けた発信器ではアジトは複数存在すると考えられる。我々の調べと生徒の協力で拉致被害者が今いる場所はわかっている。主戦力をそちらへ投入し被害者の奪還を最優先とする。同時にアジトと考えられる場所を制圧し、完全に退路を断ち一網打尽にする。今回はスピード勝負だ!敵に何もさせるな!流れを覆せ!!!ヒーロー!!!」

塚内刑事の掛け声が作戦開始の合図となり、私達は細心の注意を払いながら行動に出た。まずは扉に近づき数回ノックして、ピザの宅配業者を装い一瞬の隙を生み出し、その隙にオールマイトが横っ腹から無理矢理突入するというものだ。大胆不敵だが敵を翻弄させるには丁度いい。

その作戦に納得してないエンデヴァーさんは塚内刑事に不満そうに理由を聞いていた。

「塚内ぃ!!何故あのメリケン男が突入で俺が包囲なんだ!!」
「万が一敵を捕り漏らした場合君の方が視野が広い」
「シャッ!!」

それでも塚内刑事の一言に納得してしまうのだから、この人は案外単純な人だ。考えがシンプルな所はやっぱり親子なのだと思う。

そんなこと焦凍くんに言ったら嫌われちゃうかな?

「エンデヴァーさん、私は何を…」
「捕り漏らした敵の捕縛を頼む」
「わかりました」

私は私のやれる事を務める。頑張ろうと気合を入れているとエンデヴァーさんの後ろから黒い液状のものが突然現れ、エンデヴァーさんに向かって叫ぶと、私を挟むように全く同じソレが出現した。

「総員回避!」
「“跳(ジャンプ)”!」

黒色の液状の物体を避けるように跳ねると、液状の中から職場体験の時に見た化け物が出てきた。何もない空間から化け物が出てきたところを見るとワープ系の個性なのか?

「戦闘許可を!」
「塚内!避難区域を広げろ!!柚華は避難誘導を最優先にしろ!!」

私は警察と一緒に近隣住人を安全区域に逃がす為動く。だがエンデヴァーさん一人ではこの数の化け物…否脳無を相手にするのは難しく、何体かの脳無がこちらまで流れ込んできた。

「このまま避難誘導を続けてください。私が食い止めます」
「だが…」
「早く!」

避難誘導を最優先にしろって事はいざって時の戦闘は許可するって事だ。そして今この時がそのいざって時なんじゃないか。2区域分の避難誘導をしている今、脳無を一般市民に鉢合わせるわけにはいかない。何としてでもここで食い止めないと。

「“剣(ソード)”」

自我を失くした文字通りの化け物のような脳無の脚や背中を斬りつけ行動不能にさせながらながら周りの状況を確認する。

今この場に脳無は3体、のち1体は行動不能にした。私がいる場所は避難完了した区域。でもここから先はまだ避難が完了していなく、エンデヴァーさんとの距離も幾らかある。そして敵は何の個性を持っているのか不明。

先手必勝。先に無力化させればいい話だ。
倒した脳無に回復系の個性はなかった。話に聞いていた脳無は増強系、超回復、フォルム変化、ショック吸収等複数の個性を持ち合わせている。だけど転がっている脳無は何もしてこないし何も起こらない。
……どうしてかはわからない。

「さっさと片付けないと」

目の前の脳無の動きはそんなに速くない。だから私一人でも倒せる。先ずは近くにいる脳無の右腕を斬って、回り込んで背中を斬る。呻き声を上げながら前のめりに倒れ込み、後ろから襲いかかる敵の脚を斬って動けなくさせ、警察の人を追いかけて避難誘導に参加する。脳無の被害はここまでには及んでないようで住民を危険に晒すことなく避難することが出来る。

「皆さん!現在ここは危険区域に指定されています。速やかな避難にご協力ください!」
「決して走らず、前の人を押さないようにして下さい」
「警察の案内に従い、速やかに移動してください」

私達の前を大勢の人が横切っていく。不安そうに眉を顰める人や不満そうに私達を睨んでいる人、興味なさげに避難誘導に従う人等様々な人達がいた。それでも指示に従わずに逆走する人とかがいなかったので私が到着してからそんなに時間をかけることなく避難が完了した。

「これで完了ですね」
「全員が避難したか見て回りますので佐倉さんは報告をお願いします」
「はい、分かりました」

私はエンデヴァーさんのところに戻る為“移(ムーブ)”を使って一瞬で移動する。丁度エンデヴァーさんの近くに着地して声をかけると特段と驚いた様子もなく状況を報告するように促した。

「ここから2区域分の住人の避難は完了しましたが、念のため警察の人が確認して回ってます」
「わかったよ。そしたらここは警察に任せてオールマイトを追ってもらう」

私の報告を聞いていた堀内刑事はエンデヴァーさん含め建物に突入したはずのヒーロー達にそう言うと無線で各警察に連絡し始めた。

オールマイト先生を追うって事はここにはいないのか。それにグラントリノさんもいない。と言うか敵はどうなったの?状況がわからな過ぎて流れに乗りきれないでいると、エンデヴァーさんが私の顔を厳つい顔で見る。

「お前移動系の魔法は何キロ先まで行ける」
「試したことがありませんが、5キロくらいが最大限かと思います」
「少し危ないが、今は急を要する。佐倉さんここにいるヒーローを連れて行けるかい?」

ここにいるヒーローって…エンデヴァーさんにシンリンカムイさん、エッジショットさんの3人の男の人をって事だよね…?カードを使えば出来るけどエンデヴァーさんが嫌がりそうだし…。

「出来ますけど皆さんには小さくなってもらいますがいいですか?」
「どの位の大きさなんだ?」
「掌サイズ位です。もちろんすぐに元の大きさに戻しますが…」

このサイズになっていただければ両手に抱えたまま瞬間移動できる。それなら1回で全員をオールマイト先生の処まで連れて行ける。

「それで行こう。やってくれるかい?」

塚内刑事は皆の返事を聞く前に素早く返事をしてしまったので本当にいいのかと戸惑っているとエンデヴァーさんが露骨に嫌そうで不満そうな顔をした。

まぁ、そうなるよね。でも他のヒーローが戸惑って文句を言わないし、ここで文句を言ったら大人げないもんね。

「“小(リトル)”」

カードからは豆粒位の小さな女の子が出てきて、次々とヒーローを小さくしていく。シンリンカムイさんは反射的に逃げようとしていたが一番最初に小さくなってしまった。

「これで行けるね」
「はい。それでは私達は先にオールマイト先生の所に行きます」

プロヒーローを手中に収めて“移(ムーブ)”で瞬間移動する。着地した所はオールマイト先生から少し距離を置いたところで、もう一度“小(リトル)”に触れてもらい元の姿に戻って貰った。
改めて周りを見ると想像よりも残酷な景色が広がっていた。建物は崩壊し、オールマイト先生の体のいたるところから血を流している。それどころか本当にオールマイト先生なのかと疑う位に痩せ細っている。

なに…?この悲惨な状況は……。なんでこんな…。

今はそんなことを考える暇なんてない。私に出来ることは。

「被災状況確認及び避難誘導開始します」

私に出来る事は、少しでもこの戦いの被害者を少なくする事だ。
敵連合の黒幕なんだろう男から距離をとり、崩壊した建物の中に入り生きてる人がいないか確認して回る。人の姿が見えたと思っても既に亡くなっていて、生きてる人を探す方が難しい現状だ。この状況を作り出したのがあの男。なんでこんな事をするのか私にはわからない。

「柚華!避難した民間人を最優先に守れ!」
「はい!!」

エンデヴァーさんの言葉に考えることをやめて、警察が避難誘導させた区域の近くに行き、2人の戦いの余波に備えた。オールマイト先生個性にあの男の個性を掛け合わせたようなあの台詞。絶対に今以上に被害が及ぶ。それなら2人に近いところで盾を発動させた方がまだ被害が少なく済むはずだ。

「“盾(シールド)”!!」

絶対にここから先の人達には怪我をさせない。

私の意思が盾の形として現れる。建物ごと避難に集まった人を覆えるように大きく展開された盾はオールマイト先生最後で渾身の攻撃の余波を完全に防ぎ、遠くからオールマイトへの感謝の声や感動の声が響いていた。

良かった。防げた…。

私に休む暇なんかなくすぐに救助に加わり、沢山の死者と沢山の負傷者を瓦礫の中から救い上げた。気が付いたころには朝日が差し込んでいて一瞬目が眩む。新しい朝を迎えたはずなのに心が晴れないのはきっとこの現状を目の当たりにしているからだ。

「柚華救助もあとは救助隊に任せる。俺たちは帰るぞ」
「はい」

家に帰り今回の事件の舞台になってしまった神野区は半壊していた事やオールマイト先生が実質的なヒーロー引退になったことを知った。私たちは一人のヒーロー…平和の象徴と引き換えに何を手に入れたのだろうか。

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