圧縮訓練中のある日の夜に女子の皆が共用スペースのソファに座りながら、各々訓練について話し合ってる時のこと、お茶子ちゃんがぼーっとしながら紙パックの飲み物を飲んでいて、話を振られても気付かず梅雨ちゃんがお茶子ちゃんの肩をつつくと変な声を上げて紙パックの中身を被ってしまった。
「大丈夫?」
「お疲れのようね」
「いやいやいや!!疲れてなんかいられへん、まだまだこっから!…の、はずなんだろうねぇ…最近ムダに心がムダにザワつくんが多くてねぇ」
そう話すお茶子ちゃんの顔は微かに赤く染まっていてまるで恋を自覚してない女の子のようだった。
「恋だ!」
「ギョ」
三奈ちゃんがストレートにお茶子ちゃんに指摘すると、お茶子ちゃんは一気に顔を赤くさせ焦りながら汗を流す。
「な、何?!故意?!知らん知らん」
「緑谷か飯田?!一緒にいること多いよねぇ!」
「ちゃうわちゃうわ」
「お茶子ちゃん落ち着いてっ!」
顔を真っ赤にさせながら忙しなく両手を動かすお茶子ちゃんに声をかけるが、お茶子ちゃんは間違って自分を浮かせてしまった。そのままふわふわと浮いていく。
「誰ー!?どっち?!誰なの?!」
「違うよ本当に!てかそれやったら私よりも柚華ちゃんの方が!」
「え?!私?」
急に話を振られ、吃驚して皆の顔を見回すと三奈ちゃんがにんまり笑って私の両手を握る。
「確かに!柚華ちゃんと轟って実際問題付き合ってんでしょ?」
「正直に白状しなよー!」
白状って言われても困る質問だ。お互い好いてるけど付き合って欲しいや付き合おうなんて言ったことがない。
「んー、付き合うっていると思うけど、今はヒーローになる為に頑張ってるからね」
「合宿の時にも言ってたね」
「えー、じゃぁ手を繋いだり抱き締めたりとかってのもナシなの?」
「えっ、それって答えなきゃダメなのかな?」
流石にその質問に答えるのは恥ずかしすぎる。アリだよって言ったら経験済みなのかと思われるしそれ以上のことを聞かれるかもしれない。ナシだと言ったらそれはそれで何か言われそうで怖い。
答えをぼやかすと梅雨ちゃんが助け舟を出してくれ、百ちゃんが解散しようと話を終わらせてくれた。もっと話したかったのにと膨れる三奈ちゃん達を残して冷蔵庫の前に立つ。
朝ごはんの準備済ましておこうかな。
適当な野菜を取り出して料理をし、それをタッパに入れて付箋を貼り冷蔵庫にしまう。この付箋を貼り付けないと誰のかわからなくて皆困ってしまうのだ。大体私の名前を書いておけば焦凍くんは勝手に取り出して食べてくれるということもわかってる。
「よし」
「あれ?佐倉さん何してるの?」
「緑谷くんこそどうしたの?」
「僕は自主練と言いますか…新しいフォームを覚えたからちゃんとモノにしたくて」
だから少し汗ばんでるのか。確かに努力家な彼のことだ、時間外でも練習していち早く追いつきたいんだろう。
「休憩も大事だからね」
「うん、ありがとう。それよりも聞きたいことがあって少しいいかな?」
私に聞きたい事とはなんだろうか。明日も早いからと皆が各々の部屋に戻り、この場には私と緑谷くんしかない。時間もまだ大丈夫な時間だ。特に問題もないと思い頷くと、焦ったように言葉を口にした。
「あの、話したくないこととかだったらいいんだ!それに僕からお願いしていいものでもないし!でもどうしても気になるというか、なんて言うか…」
「何かな?」
「佐倉さんってどうしてヒーローになりたいって思ったのかなって」
真剣な眼差しで私を見る緑谷くんはさっきまでと違い思わず息を飲んだ。目をそらせないその瞳に嘘が通じない、そんな気がした。
「なりたいって思ったことは無いよ。私にとって人を助けるって当たり前の事だから」
「当たり前…」
「でもこの世界には人を助けるには資格がいる。だから取って損は無いと思ったの…、でも今はね…やっぱり恥ずかしいから言うの、やめる」
焦凍くんの支えになりたいなんて言ったらきっと、緑谷くんを困らせてしまう。
ごめんね。と笑いながらいうと緑谷くんは大げさに首を横に振り、気にしないでと言ってくれた。
「ありがとう。用はそれだけ?」
「いや、あの、もし良かったら僕の練習相手になってほしいんだ。佐倉さん色んな個性を一纏めにしたチートみたいな能力だし…あ!でも轟くんとの練習があるよねっ!」
「…いいよ。私でよかったら練習相手になるよ」
進化し続ける緑谷くんを間近に見ることが出来るのはきっと私の為になる。進化も成長もできてないこの現状を打破するのにはいい機会だと思う。
「ありがとう」
「いえいえ、明日からよろしくね」
「うん!」
緑谷くんは大きく頷いてお風呂場の方に小走りで走って行った。それを見送り私も部屋に戻りベッドに横になり目を閉じる。
暗い空間の中、私の肩に誰か男の人の手が置いてあり、私の手には“剣(ソード)”が握られている。
なんで?私はここにいるの?
前を向くと至る所から血を流しながらもサクラ姫を抱えている小狼くんとその2人を守るようにファイさんと黒鋼さんが立っている。皆の表情はどれも困惑と恐怖と絶望に染まっていて、私に向けられた事がないものだった。
どうしてそんな表情をしているの?
私の言葉は音にならず、頭の中で男の人の声が響く。殺せ殺すんだ。何度も響く声に耳を塞ごうと手を動かそうとするが私の手は言うことを聞いてくれない。それどころか、“剣(ソード)”を持っている右手が勝手に動き出し、足が前に進む。
やめて!やめて!!その人達を傷つけないで!!
無情にも剣は振り下ろされ、頬に生暖かい液体が付着する。流れるように頬を伝うそれは鼻につく匂いで正体が何なのか嫌でもわかってしまう。
「お前はこの飛王の忠実な駒だ!」
違うそんな事ない!私は、私は…。
そう思っていても剣を握る腕は大切な人を傷つけることをやめない。
もう嫌だ、やめて…。
「もうやめて!!」
発した声とともに私は飛び上がるように起きて周りを確認する。
白い壁に覆われた部屋は確かに引っ越してきたばかりの私の部屋で間違いない。
どっと噴き出すように出た汗をそのままに煩い心臓を落ち着かせようと胸に手を当てる。人を斬りつける感触がまだ残っているのが嫌で拳を固く握る。何度も何度も人を斬ってきたが、それは殺す目的ではなくあくまでも行動不能にする為のものだ。人を殺す目的で使った事など1度もない。
iPhoneの画面を明るくさせ時間を確認すると普段起きる時間の1時間前だった。このまま2度寝なんて出来るわけもなく、私はベッドからゆっくりと足を出して床につけた。
朝日はもう登り始めている。
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