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「柚華さん何するんだ?」
「今からこの花瓶に“水(ウォーティ)”で綺麗な水を入れて“花(フラワー)”で菊を出してもらうの」
「そう言えば何で菊なんだ?」
「9月9日はね重陽の節句って言われてて昔は桃や端午の節句みたいに祝われていたんだけどね…」

陰陽思想において奇数は陽の数と言われており、それが重なる月日は重陽と呼ばれ陽の気が強すぎて不吉とされていてそれを払う行事として節句が行われていた。中でも1桁で数が多い9月9日は最も不吉で負担の多い節句と考えられていたが、時代の変化と共に重陽が吉祥という考えに転じ祝われるようになった。
何故菊が出てくるかというと旧暦の秋頃には菊の花が咲くからだ。

「…て言う昔の仕来りね」
「今はやってねぇのにやって意味あんのか?」

焦凍くんの質問は依然私が侑子さんにぶつけた質問で、急に懐かしさが込み上げた。

「私のカードが陰陽五行思想をもとに作られたって言うのもあるんだけどね。前に侑子さんに聞いた時に人が始めた事にヒトならざるモノが振り回されるって。そして最後にはまた人が終わらせるって」
「人の勝手って事か?それが何か問題があるのか?」

真っ直ぐに私を見つめる焦凍くんの瞳から目を逸らさないで、あの時侑子さんが言っていた言葉を焦凍くんに伝えた。

「人がヒトならざるモノと結んだ契約を勝手な都合で終わらせる、その報いは必ず人が受けるって侑子さんが言っていたの。だからせめて出来る時はしようと思って。前は轟家にいたから出来なかったけど今は1人部屋を与えられているし」
「報い、か」

それがどんな報いかはわからないが良い事ではない事は確かだ。それなら受けたくはない。
私は、自分のカードに変えた2枚のカードを使う為に空に向けて投げる。

「花瓶に清き水を!“水(ウォーティ)”!花よ、朝露の菊を我が手に“花(フラワー)”」

カードから人魚の姿をした女の子が出てきて、花瓶の半分くらいに水を入れてくれて花を纏った少女が私に朝露のついた菊を数本渡してくれた。
それを受け取って水の入った花瓶に差してローテーブルに置く。

「これでよし」

本当はお酒を作った方がいいんだろうが、私は未成年だからそういう訳にもいかない。
用事も終わったし。緑谷くんたちの慰労会をしようと焦凍くんと一緒に共有スペースに行くと女の子たちが先に準備を進めていた。若干1名ゴツめの男子が混ざっているがお菓子作りをしているのを見ると私の違和感が仕事をしてくれない。

砂藤くん手際が良すぎる…!

「皆ごめん待たせたね」
「柚華ちゃん!用事はもう大丈夫なの?」
「今何の料理を作ろうかと皆さんで話し合ってましたの」
「柚華ちゃん!大皿で立食バイキング形式にするのとかよくない?」

三奈ちゃんのその意見を採用して大皿に無作為に色んなジャンルの料理を作る事にした。大めに料理を作ってもこの寮には食べ盛りの男の子が沢山いるから料理が余る心配はない。
焦凍くんにはインターン組以外の男の子たちを呼んできてもらい、部屋の飾りつけ等の手伝いをしてもらった。皆で作業をするとあっという間に慰労会の準備が終わり、インターン組の人たちを呼んで飯田くんの合図で手に持ったグラスを掲げて慰労会がスタートした。

「お疲れ様!!」

各々好きな料理を取りながらインターン組の4人に労いの言葉をかけている。私は四月一日くんの所から帰って来たばかりでどれだけ大変だったのかはわからない。だからなんて言葉をかけていいのかわからなくてどうしようか考えていると、緑谷くんが私に話かけてくれた。

「佐倉さん今日はありがとう」
「ごめんね、私何も知らないからなんて声をかけていいのかわからなくて…」
「そうか、佐倉さんは四月一日って人の所に行っていたんだっけ」
「うん。ただニュースになるほどの何かがあったんだよね?その、大丈夫?」

緑谷くんは一瞬目を大きくさせて苦しそうに眼を伏せる。その表情を見てインターンで何か苦しくなるような何かがあったのだと悟った。尚の事なんて声をかけていいのかわからない。知らないから、ちゃんと何があったのか当事者から聞いてないからどんなつ辛い事があったのかが分からない。
重たい空気が私と緑谷くんの上にのしかかる。

「あの、緑谷くん…本当に大丈夫?」
「あ、…うんだいじょう、ぶ」

何かを思い出していたのか震えながら眉間に眉を寄せるので、もう1度緑谷くんに大丈夫か聞くと彼はハッと私の顔見て返事をしながらまた思考の海に旅立って行った。いつものようにブツブツと何かを言いながら顎に手を当てて何かを考えている。聞こえてくる単語は聞いたことのある名前もあるが知らない人の名前も入っている。

ミリオ先輩は知っているけどナイトアイやエリちゃんは知らない。

緑谷くんのブツブツが止まらないからもう1度声をかけようかと迷っていると、緑谷くんは俯かせていた顔を急にあげて私の顔を見る。その目は期待したような目で私を見ている。

「佐倉さんのカードでやって欲しい事があるんだ!可能性の話だから出来ないかもしれないし佐倉さんには関係のない話だから断ってもらってもいいんだけど、出来れば佐倉さんに協力を仰ぎたいと言うか、こんな無茶なこと出来るのは佐倉さんしか知らないから!」
「緑谷くん落ち着いて!詳しい事聞いてもいいかな?」
「あ、ごめん」

私達は人目のつかないように外に出た。緑谷くんから今回の事件のあらましを聞いてさっき緑谷くんが私の事を期待した目で見た意味が分かった。でも、気安く出来るとも言えない話に言葉を詰まらせてしまう。
今私用のカードに作り変えているとはいえ、クロウカードの“消(イレイズ)”は過去の事は消せない。今あるものを消すのは簡単だが過去を消すのはそれ相応の魔力が必要だ。その魔力を今の私が持っているとは思えないしカードを使ったとして成功するかもわからない。

「事情は分かったけど、それは相澤先生と相談させて欲しいかな、出来ない可能性もあるけど出来る可能性もある」
「つまり可能性は5分5分ってこと?」
「うん。曖昧な返事になってごめんね。こればっかりは私の魔力の強さの問題だから」

前向きに検討すると伝えると、2つ返事じゃなかったからか少しだけ気落ちした表情をした緑谷くんは口の端を微かにあげて笑ってくれた。

強くなりたい。掌からもう2度と命の灯が零れ落ちないように。

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