泡沫の末路
little mermaid IFストーリーです。
姉たちから言われた私のタイムリミットはあと3日。
散々悩み散々泣いて漸く私の心は1つに纏まった。
死にたくない。でもショート王子をこの手で失いたくない。生きてきたい。殺したくない。愛されたい。愛いしてる。
このままでもいいからショート王子の傍にいたい。死にたくなんかない…!
ぐちゃぐちゃに混ざりあう相反する感情に心が引き裂かれる。それでも私はあの人に幸せになって欲しい。
それだけは曲げられない、と気が付いたから。
だったら私は喜んで死を受け入れよう。大丈夫悲しくはない、寂しくも切なくもない。
あぁ、人魚でもなければ人でもない私はどうなるのだろう。人間になれば魂が手に入り死後は天国という場所にいけると教えてくれたが、私はどこに行くのだろうか。
そんなことは私が死んだらわかる事か。
きっともうショート王子に会えないのだろう。ひっそりとこの暗く狭い地下牢で私は泡となって消えるのだろう。最期にもう1度会いたかった。会って抱きしめて欲しかった。
そんな私の願いは思わぬ形で叶うことになった。姉たちにタイムリミットを告げられた2日後私はショート王子の手によって地下牢から出ることが出来た。久し振りに見たショート王子の顔は懐かしく胸が締め付けられる。伸ばされた手に自身の手を重ねて掌から感じた体温に涙が零れそうになった。重ねた手がゆっくりと握られなされるがままに私はショート王子の腕の中に収まった。そして抱きかかえられ、初めて会った日に与えられた東の部屋のベッドに連れて行ってくれた。
「すまねぇ、遅くなった」
首を横に振ってショート王子の目を見つめると王子は私の頬を両手で挟み、親指で私の目尻を撫でた。一瞬眉を顰めて頬から手を離して私の肩口に顔を埋めた。頬に掠るショート王子の毛先が擽ったくて思わず身を捩り息を飲み込んだ。よかった。と呟かれるショート王子の声は甘くて優しい。
私はもうこの人と一緒にいれないんだと思えば思うほど、胸が苦しくなって痛くて耐えられなくて涙が零れそうになる。やめて。そんな風に触らないで。壊れ物を触るみたいに優しく触らないで。まるで愛おしいものに触るみたいに私を抱きしめないで。
そう願っているのに私の体は勝手に、ショート王子を求めるように力強く掻き抱いた。折角の正装が皺になってしまう。一身にショート王子の温もりを感じたら離れがたくなってしまう。今すぐ離れないといけないのに…!
「名前」
息を飲むほどの切ない声色に頭が、心が揺さぶられる。
この人の隣にいたい。傍にいたい。ずっとずっとショート王子と生きていきたい。
でもきっとショート王子が心の底から求める人は、カナさんだから。私じゃないから。その事実に私は涙を零した。私がどんなに望んでも手に入らないソレをカナさんは手にすることが出来る。でもそれは誰の所為でもない。ショート王子が望んだ結果だから私は誰かを責めることが出来ない。責めるとすれば、人間に愛してもらえれば魂が手に入る。別に相手はショート王子じゃなくてもいいのに、私がショート王子に恋をしてしまったばっかりにこんな事になってしまったのだろう。
「名前」
もう1度名前を呼ばれ顔を上げるとショート王子の顔がゆっくりと私の顔に近づいて唇が触れ合う。例えカナさんの代わりだとしてもショート王子に私という存在が微かに残ってくれるならそれだけでいい。そう思いたいのに重なる唇が私の感情を混沌とさせる。
ゆっくりと押し倒され、ベッドが軋む音がした。啄むようにキスされ私の視界にショート王子の顔をその後ろには天井が見えた。重なった身体の温もりも掌に馴染むしっとりとした肌触りも何もかもを私は手放して泡となって消えるのだろう。
せめて私の声が出るなら、迷惑だとわかっててもこの熱に浮かされた戯言として、好きだって言えたのに。
そしたらきっとショート王子の困った顔が見れたのに。その顔を見れたら私はこの世に未練なく泡となって消えれるのに。
眩しい朝日に瞼が刺激されて目を覚ました。紫色の朝日が雲を染めて海面が光輝いている。隣で眠っているショート王子を起こさないようにゆっくりと身体を起こして剥き出しの肌を隠す為に寝間着を着込んだ。
今日私は泡になる。きっとその時間は刻々と近づいている。なんとなくだけどそんな気がする。
じわじわと指の先から侵食していくように感覚が侵されていく。ゆっくりとこの体を蝕んでいく。
大丈夫悲しくない、切なくも寂しくもない。ただ泡になるだけだ。
でもそれでも胸が痛んで涙が零れる。私はそっとショート王子の唇に自身の唇を重ねた。
私はベッドから降りてゆっくりと立ち、バルコニーに出た。足の裏はナイフで刺されたみたいに痛むし全く使わない筋肉を使っている所為か、自然と足が震える。それでもいいどんな痛みにでも耐えてみせる。私は消えるなら海の中がいい。生まれ育った母なる海に私は包まれたい。
「名前…?何してるんだ!!」
柵から身を乗り出した私を止めようと、ショート王子が駆け寄り私を引き寄せた。痛いくらいに抱きしめられ胸が苦しくなる。
「死にたいのか?!」
死にたくなんかない!
「なんでこんなことをしてるんだ!」
それが私の最期の望みだから。
「俺をおいてどこに行くんだ!!」
どこにいくかなんて私にもわからないよ。教えてよ。私はどこにいくの?
ショート王子の言葉に答えたいのに出てくるのは涙ばかりで、一刻も早く離れたくて両手で押し返すがビクともしない。それどころか私の腕の力がどんどん弱くなっていく。身体の中から、指の末端から感覚がなくなっていく。
「名前!?」
空は明るいのにバルコニーの床は濡れはじめ、ショート王子が身に纏っている服も濡れていく。
タイムリミットが来たんだ。
「何がどうなってっ…名前!!」
私を見るショート王子の顔は歪んでおり、瞳からは私と同じ涙が流れている。
そんな顔しないで、勘違いしてしまうから。ショート王子が私の事を思ってくれているって勘違いしてしまうから。
それでも私の為に流してくれる涙に心が温まる。
私は泡になりつつある手でショート王子の頬に触れ、ゆっくりと口を開いた。
忘れないで。忘れないで。私の事を覚えていて。そんな私の気持ちとは裏腹の言葉を。
私の事は忘れて幸せになってね。
”名前だ名前だ!やっと目覚めた!何年も待ち続けて待ちくたびれたよ!”
”…貴方は誰?”
”僕たちは風の精霊。この広い大地や無限に広がる海を自由に漂う旅人だ”
”私は風になったのね…”
鐘の音が聞こえ意識をそちらに向けると見覚えのある紅白に分かれた頭が見えた。赤い絨毯の上を真っ白のスーツ姿で歩くその人の隣には純白のドレスを着た女の人が立っており、2人も幸せそうに笑っている。
よかった。幸せそうに笑ってる。
私は自然と笑みが零れた。
“幸せになってくださいね”
心からの祝福を親愛なる貴方に。