姫、お手をどうぞ

十傑パロ。







オールマイトという偉大なる勇者が突然いなくなってしまってからというもの、この世界は混沌の渦に飲み込まれていった。魔王が率いる魔族が人々を脅かし始めた。
そんな折魔王は私の父が治める領土内に侵入し、好き勝手に荒らし私を献上するように命令した。私にはショート王子という婚約者がいるのだが、兵士も疲弊し焦土となった大地を見た父はなくなく私を魔王の所に差し出した。

「名前分かってくれるな?」
「はい。お父様」

分かりたくもないが、私はこの領地を治める父の娘として産まれてきたのだから頭や感情が現状に追いつかなくても行くしかないのだ。

私は今日たった1人の最愛の人を捨ててこの世で1番嫌いな一族に嫁ぐ。

最後にショート王子に会いたかったが、そんな願いは虚しくも叶わない。もう1度あの人の腕の中で眠りたかった。もっとあの人の傍で笑いあっていたかった。それも叶わないまま私達侯爵専用の出入口である星詩の門に着けられた馬車に乗り込む。振り返ると私が今まで暮らしてきた城があって、お母様とお父様が苦しそうに顔を顰めて泣いている。わかっている。両親だってこの婚姻を望んでいるわけではないことだって。でも領地の民の為には仕方のないことだって。

「お父様お母様、私は今日まで幸せでした…行って参ります」
「名前ごめんなさいっ!」
「名前…本当に申し訳ない」
「泣かないで。私は2人の子供で本当によかったって思っているわ」

付き人に背中を支えられながら私は馬車に乗り込んだ。2頭の馬がゆっくりと動き出し両親の前で出なかった涙が溢れ出す。この土地を離れる時はショート王子の領地に嫁ぐ時だと思っていただけに胸の奥が軋んで痛む。胸の上から両手でぎゅうっと押さえつけても収まらないその痛みは馬が城から離れていく事に酷くなるのは気の所為ではないだろう。

「名前様…」
「わかっているわ。大丈夫よ」

大丈夫だから…。ちゃんと着く頃には私の全ての気持ちを捨てるから、だから、もう少しだけ涙を流させて。
窓の外の横に流れていく景色を眺めながら静かに涙を流した。

見慣れた景色から見慣れない景色に変わった頃には私の涙はすっかりと止まり、今は心臓が嫌な音を立てている。ただの小娘の直感だけど、でもそれでも禍々しい何かが近くなっているのはわかる。私のお父様が納めている領地は緑が多かった筈なのに窓の外に広がる景色は木々が真っ黒に焦げて、民家も崩れて鼻につく匂いまでする。

「名前だね」
「…初め、まして」
「今日から君は私のモノだ」

さようなら。私の愛おしい人。

魔王の歩いた後には灰すら残らないと言われていて、事実極悪非道の限りを尽くしている。私の幼馴染に野蛮族の金髪で赤目の男の子がいたが彼だって彼なりの流儀があったのに、魔王はあの伝説的英雄オールマイトによって1度倒されたことが悔しいのか今は手当たり次第暴れている。私が嫁げばお父様の領地は荒らさないとの約束は律義に守っているみたいであれから侵略された気配はない。私は魔王が乗っ取った城の塔の最上階に追いやられ魔王の事を止めるどころか、部屋から出ることも出来ないでいる。
情けない。きっとショート王子ならこんな部屋から脱して魔王と対峙しているに違いない。

恐怖で動けずこんなところに軟禁されて安心しているなんて、私は本当に情けない。

魔王に嫁いでから数日。もう2度と声を聴くことがないと思っていた人の声が微かに聞こえた。必死に私の名前を叫ぶこの声は間違いなくショート王子の声だ。
なんでこんな所でショート王子の声が聞こえるんだろうなんて思う前に私の口は勝手に開いていた。

「ショート王子!!!」
「名前っ!!待ってろ!すぐに迎えに行く!」

どうしてかはわからないけどすぐそこまでショート王子が来ている。一刻も早くショート王子に会いたい。その一心で備え付けの椅子を思いっきり扉に何度もぶつけた。頑丈な扉は椅子を壊してしまったけど、幸いなことにこの部屋には椅子がまだある。何度も何度も椅子を扉に叩きつけるとついにその時はやって来た。

「やっと…壊れたわ…っ」

蝶よ花よで育った為にこんな事をしたことがないし、ない筋肉を使った所為で既に腕が痛いし心なしか体全体が怠い。それでもあの人に会いたい。その気持ちが私を突き動かす。螺旋状の階段を駆け足で下るが、何分塔の最上階に軟禁されていたから階段が果てしなく長い上に石で出来た階段だから足に響く。

「ショート王子…」
「名前!!どこにいる?!」

ショート王子の声がさっきよりも近くなっている気がする。下を覗き込んでも暗闇しかないがでもこの暗闇の中にきっとショート王子がいる。早く会いたい。急かした気持ちが事故を招いてしまった。手摺から上半身を出していたが、まさかその手摺が壊れるなんて思いもしなかった私はそのまま真っ逆さまに落ちてしまった。

「っきぁぁぁぁぁああ!!!!」
「名前!!」

落ちていく私の名前を呼んだのは誰だったのだろうか。強い衝撃がしたがそれは地面に身体を打ちつけたものではなかった。多少の痛みが身体を襲うがゆっくり閉じた目を開けると、懐かしい金髪が視界に入った。幼い頃に会った男の子の面影を少しだけ残した彼の名前は…。

「かっちゃん…?」
「ハッ。一丁前にボスに捕まりやがって」
「…ん、」

ドラゴンの背に乗ったかっちゃんは野蛮族らしく怖い顔つきになっていたが、それでも根本的な優しさはあの時のままだ。ゆっくりとドラゴンが地面に降り立ち、私はすぐに背中から降りた。というのもショート王子の姿が見えたからだ。でも駆けだせない。
私…ショート王子以外の人と婚姻関係を結んでしまったから。もしかしたらショート王子はそんな私の事は求めていないかもしれない。

「名前…」
「ショート王子、私…魔王と」

私が言い淀んでいるとふわりと後ろから抱きしめられた。正面にはショート王子がいる、という事はかっちゃんが私を抱きしめてくれているんだ。不器用にも優しく抱きしめてくれるかっちゃんは私の耳元で囁いた。

「名前…俺にしろ」
「爆豪!!てめぇ!」

ショート王子が大きな声を出しながら走って私をかっちゃんから引き離した。力強く抱きしめるショート王子の温もりにどうしようもなく心が安心する。だけど私は魔王のもとに嫁いだから、もうショート王子の傍にいられない。そんな私の気持ちをかっちゃんは汲み取ってくれたんだろうか。

それでも…私はこの人を手放したくない。この人の為に生きていきたい。

「かっちゃん!ごめんなさい!」
「いいンかよ」
「えぇ。諦めたくないもの」

私はショート王子に向かあい、頭を下げた。

「私、魔王に嫁いでしまいました」
「知ってる。だから俺が来たんだろ?魔王は新しい勇者が倒した…もうお前が苦しむ必要はない」

俺の所に来い。そう言ってショート王子は私を抱きしめてくれた。
知っててなお私を迎えに来てくれたんだ…。何も心配する必要もなかったのね。

ゆっくりとショート王子の背中に手を回して深呼吸をした。
やっぱり、私はこの人の腕の中がいい。この人の傍が1番安心する。

私は翌年最愛の人の所に嫁いだ。
私が流した涙はそれはそれは幸せなものだった。

戻る