無敵な蜜月

「お前最近結婚したんだってな」
「まだ20代そこそこだろ?」
「そうですね」

最近はこの話題で事務所内は持ちきりである。事務所内で発表があった日には事務方の女性陣は魂が抜け、抜け殻のようになり、中には泣きすぎて早退する人までいた。斯く言う私も中々のショックを受けあの日の出来事は夢だったんじゃないか?とまで思ったりもしている。

うちの事務所の人気ヒーロー筆頭、ショートこと轟焦凍がまさか人のものになるなんて誰が思っただろうか。

恋愛沙汰に興味がないのか女の影すらあまり見せず、世間的にも人気のあるヒーローなのに浮ついた話もなかったし、1度人気女優さんと熱愛報道出た時も記者の人の質問に、悪ぃ、女優とか興味なくてその人が誰かわかんねぇ。と首を傾げていたくらいなのに、だ!

あの事件的な婚姻報告はきっと幻だ。あれは幻聴できっと、おはよう。的なことを言っていたに違いない。

私は頭を振りビル1階の受付に行くと、受付嬢が何やら見たことのない女の人と話していた。それを見ていると受付嬢が私に気が付き、手でこっちに来るようにと促した。

「お客様がショートに用事があるみたいなの。案内お願いしてもいい?」
「ショートってあの?」
「そうみたい」

柔らかい雰囲気の女の人は私に頭を下げ恥ずかしそうに笑う。

「あの、すみません。よろしくお願いします」
「あ、はい…」

こちらです。なんて在り来りの言葉でショートさんの所まで案内する。勿論ショートさんに用事だというこの女の人に動揺して何を話したらいいのかも分からない。

「あ、焦凍くん!」

焦凍くん?!何その呼び方!

突然のショートさんの本名に衝撃が隠せないでいると、女の人の声に反応したショートさんが私たちの方を振り向き、そして笑った。
ここ何年も一緒に働いているがその優しい顔つきは今までに見たことがなく、この人もこんな風に笑うんだ…と思ってしまった。

「名前どうしたんだ?」
「焦凍くんお昼忘れていってたから届けに来ちゃった」

そう言って女の人は小包をショートさんに渡した。それを受け取ったショートさんは徐に女の人の頬に手を伸ばし触れた。

「電話してくれたら下まで行ったのに」
「なんかそれは申し訳なくて」
「名前からの電話なら嬉しい」

ショートさんはこれでもかって程に女の人に顔を近づけ、まるで愛を囁き合うかの如く甘い声をだしている。
きっとショートさんの視界にはあの女の人しかいなくて、同じ室内にいる私たちなんて空気と一緒なんだろう。

そんな中基本的に空気を読まないで有名な先輩が甘ったるい雰囲気の2人に突撃しに行った。

「ショート!もしや彼女が噂の奥さんか?」
「…ん?あぁ、そうです」

あ、いたんだ。みたいな顔して肯定すると、今度は奥さんの肩を抱き寄せ先輩に奥さんを紹介した。

「妻の名前だ」
「いつも焦凍くんがお世話になっております」

恥ずかしげもなく紹介するショートさんとは打って変わって、リンゴのように赤くなった頬をして恥ずかしそうに頭を下げる名前さんはそれはそれは可愛らしく思える。
が、やっぱりショックは受ける。
薄々この人がそうなんだろうなっては思っていたが、実際にそうだと言われるとそれはそれでくるものがある。

アイドルみたいな感覚で好きなんだと思ってたけど、実は本気で好きだったのかもしれない。
そう感傷に浸りたいのにそうさせてくれないのがショートさんだ。

「名前道中何もなかったか?」
「大丈夫だよ!ここまで電車で1本だし」
「電車に乗ったのか?!変な奴に触られたりしなかったか?」

なんだその過剰なまでの心配性は。

そうツッコミたいのに2人は既にさっきまでの甘ったるい雰囲気を醸し出していて、あの空気が読めないで有名な先輩ですら話しかけるタイミングを失っている。

「焦凍くんは心配しすぎだよ」

全くもってその通りだ。
電車くらい成人女性でも1人で乗れるし、女性専用車両まであるご時世なんだからそこまで心配する必要も無いだろ。と思ってしまうのが一般的だと思うのだが、ショートさんはそういう訳にはいかないらしい。

「ん、けど心配くらいはさせてくれ。普段何もしてやれてねぇんだし」
「そんな事ないよ。いっぱい私にくれてるよ」
「名前ありがとうな」
「ふふ、どういたしまして?」

いつの間にかショートさんが名前さんの腰に手を回して引き寄せていて微笑み合っている。

甘い。甘すぎる。
これ以上ここにいるとカロリーの過剰摂取で死んでしまいそうだ。

私は固まってしまった体を無理矢理動かして逃げるように部屋を出た。きっと帰り道はショートさんが案内してくれるだろう。というかするだろう。

寡黙で何を考えているのか分からなくて、でも優しさもあって時折天然でこんな人が私の彼氏だったらいいのに…なんて思っていたがそんな願いはつい先日打ち砕かれ、それでも諦めきれなかったがついさっき私は本格的に諦めた。

いや、アレを見て諦めない女がいるなら見てみたい。
だってショートさんずっと名前さんの手やら頬やらを触り、周りが見えないくらいに愛おしい人を見る目で名前さんだけを見つめてた。

たとえ新婚だからってアレはないでしょ。って言いたくなるほどの甘ったるい空間に尻尾巻いて逃げたのは正解だったのかもしれない。

その日1日気分が上がらないままに終わり、こうなったら揶揄ってやろうと翌日ショートさんに近づき、奥さんのこと大好きすぎでしょ!引かれてませんか?って言うとショートさんはあの日見せたような笑みを私に浮かべた。

「大好きって言うか愛してるな。引かれてるかどうかは知らねぇが手放す気はねぇから関係ねェ」
「お、おう…」

不覚にもときめいてしまったではないか。
と言うか、この人こんな調子でよく週刊誌とかにバレなかったよね。でもまぁ、昨日の様子を見てる限りだと、かなり気を使ってたんだろうな。

あーあ!私もそんな風にとことん愛されてみたい!

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