逢い引き、手探り






 網走監獄に向かう前。
 釧路の山の中で獲れた鹿を捌いて、その毛皮を売って現金に変換する為に街に出た。アシリパちゃんと売る予定だったのだが、女二人だと店主に舐められ、正規の値段で買い取ってくれない可能性が高いとの事と、アシリパちゃんが野草を取りに行くという事で、結局私と尾形様が毛皮を売りに行く事になり、街に出ることになった。

「うーん、これだとこの値段で買取かな」

 店主の髭を蓄えたおじさんは、算盤を弾いて私たちに見せた。その金額は少しばかり安いもので、素直には頷けない価格だった。
 大体のお店は安く買取、高値で売る。そうする事で自分の肥やしを作るのだが、それだと此方が損をするばかりになってしまう。

 …どうしよう……。

「もう少し、どうにかなりませんか?」
「ならないね。これが最高価格だ」
「うーん…」

 店主に言ってみても、きっぱり断られ、挙句にはそれ以上言うなら値下げると迄言われてしまった。私と店主を隔てる長い机に置かれた算盤の目は変わりもしない。
 店主の前で困り顔をしながら、顎に指をあて、どう交渉しようかと考えていると、私の後ろに立っていた尾形様が、一歩前に足を踏み出した。

「おい店主。この毛皮をよく見ろ」
「なんでしょう」
「裏すきがされて肉がほとんど付いてねぇうえに、毛に付着した血だって落としてある」
「えぇ…まぁ肉は、確かに付いていないようですが」

 外套を頭から被り、素顔を晒さないようにしている尾形様は、きっと店主から見れば中々に怖い存在なのだろう。私の時と違って、しどろもどろながらも受け答えをしている。

「店主の目が腐ってねぇなら、俺の言いたいことが分かるだろ。それとも皮を剥がされた方がいいか?」

 私たちと店主を阻んでいた長い机に軍刀が突き刺さる。机に置かれた店主の手、すれすれのところに刺さった軍刀に恐怖を感じた店主は、腰を引きながらこう言った。

「へ、へい…上乗せさせて頂きます」

 店主の顔は色をなくし、青くなっていき、隣に立つ尾形様の横顔を見れば何時ぞやの時のような胡散臭い笑顔を浮かべている。

「ひぃーふーみー…間違いないな」
「しっかりと用意致しました!」

 袋に銭を入れて私たちは店を出た。結局貰った額は、最初に言われた額の二倍近くで、なんとも言えない心境に駆られる。

 私の交渉が下手でぼったくられそうになったのか、尾形様の脅しが効いたのか…。

 銭の入った袋を大事に抱えながら、そんなことを考えていると、視界に団子屋さんの幟が入ってきた。風ではためく幟を見ていると、食べたくなってくるのが人というもので、ついはためく幟を見てしまう。
 そしてそれを見逃す程、尾形様は鈍感ではない。

「食べたいのか?」
「食べたいですが、お金を無駄にする訳には…」

 尾形様は私を、食い意地を張ってる女だと思っただろうか…。

 お金の心配を口にしたが、実際に私が心配しているのはその点だ。勿論、お金の心配だってしたが、それよりも尾形様からどう見られたのかが気になって仕方ない。ちらりと隣を見上げると、彼は私の方を見下ろしていて、自然と目が合った。真っ暗な目が私を捉えて離してくれない。

「お前が稼いだ金だ。好きに使えばいい」
「でも…」
「お前が皮を剥いで、手間かけて仕上げたからあの値段で売れたんだ」

 そう言って尾形様は団子屋さんに向かって歩き出し、私はその後に続いた。まだ納得はしてないけど、でも、鹿の毛皮の事を誉めてくれたのは嬉しかった。滅多に人の事を誉めない人だから、今の言葉とかお店での言葉を思い出しては、口元が緩んでしまう。

「私、みたらし団子がいいです!」
「もう遠慮しねえのか」
「自分へのご褒美です!でも、皆さんの分もお土産に買って帰りますよ!」

 私はみたらし団子を、尾形様は三色団子を頼み、長椅子に並んで座り甘い団子を口に運んだ。みたらしの甘さとしょっぱさが丁度いい塩梅で口に広がって、団子の素朴な甘みと合わさってとても美味しい。片手で頬を抑えて甘味を食べれた喜びに浸っていると、隣に座っている尾形様が私に向かって、三色団子を差し出してきた。

 白色の丸い団子が私の唇に触れている。
 これは、食べろって事なんだろうか…?

「食べろ」

 唇に触れている白い団子を黙って口に含むと、団子本来の素朴な甘みが口に広がり、みたらし団子を食べた後だとほんのり甘さが足りなく感じるが、これはこれで美味しい。

「…、ありがとうございます」

 お礼を言っても尾形様は私の顔を見つめたままで、首を傾げどうしたのかと頭を悩ませ、みたらし団子が欲しいのかなと食べかけの団子を差し出すと、尾形様は少し躊躇い眉を顰めながら口を開けて、団子を口に含んだ。

「甘い…」
「美味しいですよね」
「甘すぎて好かん」

 そんなことを言いつつも、すぐお茶で流し込むことはしないで、何度も咀嚼して喉に流し込んでいた。
 喉仏が上下した後、尾形様が片手で湯呑みを持ち、口に残したみたらしの甘さを消し去るように、湯呑に入っているお茶を流し込む。

「美味しいですね」
「まぁまぁだろ」
「尾形様なりの褒め言葉ですか?」

 無言のまま残り1個の団子を、口に含み咀嚼する。私も真似してみたらし団子を口に含み、口の中に甘いタレが広がり、美味しさに頬を抑える。

 砂利が擦れる音が、足音としてすぐ側から聞こえた。

「逢引かい?」
「えっ?!」

 頭上から年配男性の声が聞こえ、勢いよく顔を上げると、穏やかに笑う白髪のおじいさんがいた。おじいさんは腰が曲がっており、片手に杖をついている。

「デートってやつかい?」
「でー、と?」
「異人さんが逢引をデートって言ってたんだよ」

 外国語で逢引をデートと言うのか……ってそうじゃない!

 人の良さそうに笑うおじいさんに、逢引ではないと訂正しないとと、口を開くも、なんて言っていいかがわからない。見ず知らずのおじいさんに違います。と訂正しても、所詮は一期一会の関係だから、適当に流してもいい。
 …でも、尾形様が私と恋仲だって思われるのは嫌だよね。

 横目で隣に座る尾形様を見るも、彼は無表情におじいさんを見ているだけだ。

「デートの邪魔はしないよ。お元気で」
「あ!あの……っ」

 私が無駄に口を開けたままでいると、おじいさんは頬にシワを作り、口角を上げ笑った。そのまま私の言葉を耳に入れることなく、背を向け杖をつきながら歩いていく。
 立ち上がって追いかければ余裕で間に合う。と腰を浮かすと、尾形様の手が私の二の腕を掴んだ。

「どこに行く気だ」
「どこって、おじいさんに訂正しないと…」
「逢引じゃねぇってか?」
「はい」

 尾形様に迷惑がかかってしまう。との思いで返事をすると、尾形様は何を考えているのか分からないその目で私を射抜く。その視線に私は浮かせた腰をおろした。

「行く必要ねぇだろ」
「私は兎も角、尾形様は勘違いされて迷惑ではないですか?」

 そう質問すると、尾形様は暫く私の目を見てから視線を逸らした。
 そして無言で立ち上がり、歩いていく。私は慌てておろしたばかりの腰を浮かせ、つられるように歩く。
 二の腕を掴んでいた手は離され、さっきの質問の答えを促すように、尾形様を見上げるも、彼は進行方向だけを見て歩いている。

 私の視線に気が付いているのに、知らないフリをしているんだ。

「勝手な勘違いしちゃいますよ」
「知らん。好きにしろ」

 素っ気なく答える尾形様は何とも天邪鬼で、自然と笑がこぼれる。

 勝手に勘違いしてもいいんだ。違う事は違う、とはっきり物申す尾形様がそう言ったって事は、私と恋仲に思われてもいいって事なんだ。

「天邪鬼ですね」
「やかましい」

 そういう所も好きですよ。と言葉に出来たらどれだけ良かっただろうか。私の存在が尾形様を縛り付け、尾形様という存在が私を生かす。
 これから先、私と尾形様が本当の恋仲になる事はきっとないのだろう。

 それでも私はこの人の隣にいることを心の底から望むのだ。

「デートって言うんですって」
「らしいな」

 今はまだ、甘味のように甘いこの空間に微睡んでいよう。


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