赤い靴を履いた女の子
その数日、風紀委員会は何かと忙しくしており、雲雀さんもディーノさんと屋上で特訓することもなく忙しない日々を送っているようだ。雲雀さん直々に暫く応接室は来ないで真っ直ぐ家に帰るように言われている為、大人しくその言葉に従っていたのだが、その真意を知ったのは翌日のことだった。
並盛で行方意不明者が出たというニュースが学校の担任の先生を通して生徒に知らされた。狙われているのは女子高生ばかりで、帰り道は気を付けるようにと念を押された放課後。
「お嬢さん、僕を助けてはくれないか?」
グレーのスーツを着た外国人の青年が家に帰る途中の私に困った表情を浮かべて話しかけて来た。流暢な日本語で話しかけて来た青年の助けになれるのなら、と立ち止まり話を聞くとどうも迷子になってしまったようで、青年の手に持っている端末の画面を私に見せてくれた。そこに表示されている住所は此処から近くて口頭で案内するより、一緒に行ってあげた方が親切だろうと判断し私は外国人の青年に、案内します。と声をかけた。
「ありがとう親切なお嬢さん。名前を聞いてもいいかい?」
「北村です」
「下の名前は何て言うの?」
「……灯です。えっと、貴方は」
「俺はイッルジオーネ。気軽にジオって呼んでくれ」
そんなに長い付き合いになる予定ではないので、彼の言葉を欧州特有のフレンドリーさだと受け取り、へらりと笑って受け流した。
ジオさんが行きたい場所は並盛の中心から外れた森近くにあり、平坦な道とはいえローファーで森の道を歩けるか心配になったが、まぁ大丈夫だろうと取り留めのない会話をしながら案内を続けた。
「ジオさんは如何して並盛に来たんですか?」
「友人に会いに来たんだよ。もう2度と会えない友人にね」
「会えないのですか?」
「あぁ。残念なことにね。でも俺にとってそれは幸運なんだ」
道路はいつの間にかコンクリートから砂利道に変わった。他人の価値観や友人関係に口を出すつもりはないが、変わった友人関係を持っているのだな。とジオさんを見ると、彼は私の視線に気が付き花が咲くような笑顔を見せてくれた。
「お、此処だよ此処!俺が行きたかった場所」
「無事に着いたようで何よりです」
辿り着いた先は立派な洋館で、道中の砂利道はローファーでは中々大変だったが、履きなれたローファーは予想よりも少ないダメージを足に与えるだけで済んだ。
此処から家に帰るまで20分もあれば着くだろう。と踏んでジオさんに別れを告げ家に向かって踵を返そうとすると、ジオさんは私の手を掴み軽く引き寄せた。
「きゃっ」
「お礼をさせてくれないかな」
「いえ、困ってる人を助けるのは当たり前だと思うので」
「それは灯の美徳だね!さぁ、こっちだ」
思いの外強い力で私を洋館の中に案内するジオさんにつられ私は足を踏み入れた。日の当たりのいいサロンに案内されたのだが、突然のことと内装の豪華さに圧倒され視線を何処に向ければいいのかが分からずキョロキョロしていると、ジオさんがおかしそうに肩を僅かに揺らして笑った。
クッキーと紅茶を頂きながらジオさんと話していると、サロンの窓の外の景色が段々と明るさをなくし夜に近付いていることに気が付いて、私はそろそろ本当に帰らないといけない時間になっていることに焦り椅子から立ち上がろうと足に力を入れたが、上手く力が入らなくて床に崩れ落ちた。
「きゃあっ」
「灯大丈夫かい?!」
「いえ、あの……足が痺れてしまったのか、力が入らなくて」
「それは大変だっ!」
ジオさんは私を横抱きにすると早歩きでサロンを飛び出しどこかの部屋に向かって迷うことなく歩く。前にも1度雲雀さんに横抱きされたがこんなにも不安定な感じではなかったように思える。あの時の雲雀さんは私に気を使ってゆっくり歩いてくれた。
「手荒くしてごめんよ。そうだ、寝てるといい」
「え?」
「大丈夫。悪いようにはしないさ」
何処かの部屋に向かっている途中でジオさんが立ち止まって、床に膝を付けた。片手で私を支え、もう片方の手でスーツの内ポケットから注射器のようなものを取り出した。それが何かわからないが良くないものだと直感が警鐘を鳴らす。逃げようにも足に力が入らないし、もがくもジオさんの腕が私を拘束し逃げられない。
「ひ……っ! いやぁっ」
「大丈夫、長い夢を見続けるだけだよ」
「痛っ!」
首筋に注射器の針が刺さり意識が遠ざかる。何とかして意識を繋ぎたいのに、強制的に意識が沈み霞む視界の中で見たジオさんの表情は楽しげな笑みを浮かべており、さっきまで私を心配してくれていた人と同一人物とは思えない。
助けて……雲雀さん……。
「たす、け……ひ」
「助けは来ないよ。君は此処で俺に使われるんだ。素敵な夢だろう?」
最後に見えた景色は、あの時私に背を向けて風紀を乱した男子生徒を制裁する雲雀さんの背中だった。これがジオさんのいう夢なのか。私が見たい夢だったのか。