true love to you


 何処かに沈んでいく感覚がする。
 水の中でもないし、砂の中でもない。私の素肌は何にも触っていないのに、ただ沈んでいく感覚だけがある。

 あれ? 私あれからどうなったんだっけ?
 確か身体が、粒子となって消えていってしまったんだよね? じゃあ、これが死というものなの? 死ぬってもっと無だと思っていた。案外思考だって確りしているのね。私は信じていないけど、神様が裁きをするからこんなにも意識がはっきりしているのかしら。でも裁きって言われても私、人間だった時の事を、つい数日前に思い出したから、受け答えがちゃんと出来るかわからないわ。
 薔薇の妖精になっている時間の方が長かったんだもの。あ、もしかして、そこも審判の内容に含まれるのかしら? だとしたら拙いわ。私基本的に白薔薇の妖精の時はだらけた生活しかしてこなかったもの。

 どうしよう。地獄に行ってしまったら……リドルくんと同じ時代に生まれ変われないかも知れない……。

 ううん。後ろ向きに考える事は止めよう。折角こんなにも時間があるんだから、楽しかった日々を思い返そう。
 私は、リドルくんと過ごした日々を頭に思い浮かべた。すると、真っ暗な景色の中にあの日々がまるで映像のように写る。
 これは良いと、私は頭の中の思い出をかき集めた。

 私が彼を赤薔薇さんを意識するようになったのはいつからだろうか。
 最初はいけ好かない赤髪の男の子だった。折角白く咲いた薔薇を人間の用事で赤く染めてしまうなんてなんて身勝手な人なの。と憤っていた。
 実際怒鳴っても、彼は――リドルくんはハートの女王の法律がなんたら……と言って私の話を取り合ってくれなかった。
 リドルくんと話すようになってから、私の日常は変わっていったように思える。
 先ずは人と会話出来る喜びを知った。今まで人はおろか、小鳥や蝶でさえ私の言葉は届かず、姿は見えなかった。
 次に与えられる魔力の甘さを知った。そういえば、あのお菓子、途中からもっと甘くなったけど、何でだったのかしら?
 それから自分の事……私がアイリーン・ランカスターであるという事を思い出させてくれた。リドルくんから与えられたアンって名前の響きが気に入っているから、本名で呼ばれるより、アンって呼んでくれる事は凄く嬉しかった。
 そして最後に、私に恋心を教えてくれた。

 いつからだったかな。彼を好きだと思うようになったのは。
 リドルくんと一緒に過ごす時間に、特別と名前を付けるようになったのは。
 気が付けばだったように思う。リドルくんと話していくうちに、私の姿が変わっていくうちに彼への恋心を自覚し困惑した。
 だって私はその時はまだ、自分の事は妖精だと本気で思っていたから。まさかあの庭に咲いていた呪いで姿を変えられているなんて思いもしなかったのよ。誰だって私と同じ目に遭えば、自分は妖精だって思うわよ。その時の記憶おろか、私の記憶は直近の事しか覚えてないんだから。

 リドルくんの素肌に触れて私は初めて自分の正体を思い出した。最初はなんだっけ? お母様やお父様の事を思い出したのよね。そして、自分の事を思い出したのよ。私の出生の事から、呪いの事まで。

 最期にリドルくんと想いが通じ合えてよかった。これは私の自己満足だけど、あの時のリドルくんの言葉で私は、無敵になれるって、こんな呪いに打ち勝ってみせるって思えたのよ。打ち勝てないどころか、気が付けば神様の審判待ちになっているんだけどね。

 本当は呪いの事を思い出してから凄く怖かったの。
 自分が妖精じゃないのかも知れないって思っていた時は、自分の存在の意義を失ったような気がして落ち込んでしまったわ。そんな時、リドルくんが私に薔薇を髪に差してくれた。
 「アンは何も変わらず、ボクが知る中で一番この気高い薔薇が似合う女性だ」って言ってくれた時は、泣きたくなるくらい嬉しかった。
 でも、白薔薇は私を苦しめるように、日を追う毎に枯れていく。花弁が枯れると同時に私の体調も悪くなっていったの。リドルくんの前では一所懸命に隠していたんだけど、最期までバレなかったよね?
 そんなもんだから、リドルくんに白薔薇の事を知られたくなくて、私はリドルくん以外の人間に見られない事をいい事に、よくあの四阿で時間を過ごしたわ。

 そんな中、私は完全に自分の事を思い出してしまった。私がアイリーン・ランカスターだった時の記憶を思い出してしまってから、終わりまで息を飲むほどに早かった。
 それが呪いの効果なのだろう。
 そんな中、リドルくんと想いあえたのは奇跡としか言いようがない。

 勢いであんな約束をせがんでしまったけれど、本当は、見つけてくれなくてもいいのよ。貴方が幸せだと思える人と巡り会えたのなら、迷う事なくその人の手を取るべきだと思っているの。貴方の幸せが私の幸せなのだから。

 ゆったりとした、まるで映画のように流れていく私の記憶。その最後。幸せに笑うリドルくんで幕が閉じた。
 さて、私はこれからどうなるのだろうか。と不安半分と、どうにでもなれ。という諦め半分の心持でいると、一人の声が聞こえた。

「可愛い私の君。どうして思い出してしまったんだい?」
「……貴方は誰なのかしら」
「可愛い私の君。どうして君も私から離れて行くんだ?」
「離れて行かないわ。最初から側にいないだけよ」
「私を選んでくれたのは君だろう」
「いいえ。私が選び求めたのは彼だけ――リドルくんだけよ」

 真っ暗の中響く声に私は口を動かした。その声は何処かで聞いたような事があるような気がしたのだが、一体何処で聞いたものなのか、今の私には思い出せそうになかった。

「ねぇ。貴方が私を呪ったのかしら」
「呪い? あれは私から可愛い私の君へのギフトだよ」
「ギフト?」
「永久に同じ時間を生きよう。その美しい身体のままずっとずっと、私と二人で……いつの時代も生きよう。想像してご覧。幸せだろう?」

 吐き気がした。それを平気な声色で、なんて事はないと言いのけるような声で語りかけてくるナニカに対して、どうしようもない怒りを感じながらも、常軌を逸脱している思考に恐怖していた。
 何が幸せだ。どうしてそんな事をして幸せになれると思っているんだ。根本から間違っている。
 幸せとはそんなものじゃない。自分だけが満足すればいいものじゃない。

「違う。そんなの幸せじゃないわ」
「――君は幸せを見つけてしまったのだね」
「貴方のお陰でね。幸せになって欲しいと思う人が出来たわ。ありがとう」
「あぁ、悲しい、哀しい。可愛い私の君。行ってしまうのだね」
「へ? 何処に?!」
「さようなら。可愛い私の君。愛を見つけた可愛い君よ」

 次第に小さくなっていく声に私は叫んだ。

「ねぇ! 貴方の名前は何て言うの?」
「アラン・スミシーさ」
「いや、でも、それって……」

 真っ暗な空間に目を刺激するような眩いばかりの光が差し込む。思わず私は腕で目を守りながら瞼を瞑った。するとさっきまで確りとあった意識が遠のいていく。
 何が起こっているの? と疑問を投げかけるよりも私は意識を手放した。
 
 ……遠くの方で誰かが叫んでいる声が聞こえる。その叫び声は次第に大きくなり、複数の声が聞こえるようになった。何がどうなっているのだろうか。とゆっくりと重たい瞼を開くと、全く知らない複数の顔が私を覗き込んでいた。

「遂に目を覚ましたぞ!」
「奇跡だ! 奇跡が起こったんだ!」
「領主様を誰か早く呼んできて!」

 騒ぎ出す見知らぬ人々に私が震えていると、その中の一人が私に気が付いて目線の高さを合わせるようにしゃがんだ。どうやら私は寝台の上で横たわっているらしい。その事に今気が付いたくらい、状況が把握出来ないでいた。

「貴方様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「……私の名は、アイリーン・ランカスター。デオール・ランカスターの娘です」

 そう言えば、私を取り囲んでいた人たちは一層騒ぎ出した。

 それからというもの、私は目まぐるしい日々を送った。領主だという私の弟の子孫がやって来て、我が家の紋章を見せてくれた。貴族の紋章は一つとして同じものはない。代々受け継がれていくその紋章は間違いなくランカスター家のもので、私は首を傾げた。
 どうやら私は五世紀の間眠り続けたらしい。薔薇に呪われたあの屋敷から出て行く際私を寝台ごと運んでくれたようで、そのまま代々私を見守り続けているらしい。そんな彼らは私を養ってくれるようで、有難くその言葉に甘える事にした。
 そんな中、メイドが私に一つの噂話を教えてくれたのだ。

「なんでも、お嬢様のお墓に夜な夜な赤いバラが一本置かれているようですよ」

 その話を聞いた私はいてもたってもいられず、屋敷を飛び出した。馬車を走らせ私は花屋で白薔薇を一輪だけ購入し、家族と暮らしていた屋敷に向かった。なんでも私のお墓は、中庭にあるようで、屋敷の人間しか知らない裏道から侵入した私は、スカートを持ち上げながら中庭を歩く。
 ちゃんと手入れがされているようで、思ったよりも庭が綺麗な状態だ。

 私のお墓は何処にあるのだろうか。と探していると、見慣れた赤い頭をした男がお墓の前で片膝を地面に付けて座っている。

 ――あぁ、会えた。私たちは逢えたのね。

「ねぇ赤薔薇さん。会いに来ちゃったって言ったら怒るかしら?」

 いつかのように揶揄う口調でリドルくんに話しかけると、彼は肩を大きく揺らして勢いよく振り返った。スレートグレーの瞳が大きく開いて、柔らかく弧を描く。

「ボクにはリドルと言う名前があるんだ。変なあだ名で呼ぶのは止めてくれないか。……アン」
「会いたかったわ!」

 思わず駆け出した私は、勢いをそのままリドルくんに抱き着いた。彼は確りと私を受け止め抱き締めてくれた。強く強く。痛いくらいの抱擁が嬉しくて、リドルくんともう一度会う事が出来たという実感が込み上げてくる。

「全く、ボクが迎えに行く予定だったのに。キミにはいつも振り回されてばかりだよ」
「貴方に会いたいって執念がそうさせたのかもね」
「だとしたらそれはボクの執念だよ」

 額を重ねて交わされる会話にしては、何処か危なげなものだったが、そんな事どうでも良かった。リドルくんにもう一度会えただけで、幸せが身体の内から溢れてくる。
 リドルくんが一歩後ろに下がった事で生まれた二人の距離。彼はポケットから真っ赤な薔薇の花を取り出した。

「良かった。潰れていないようだね」
「それ……やっぱり、あの噂は貴方だったのね」

 赤い薔薇を差し出してくれる約束を、貴方は守っていてくれていたのね。
 リドルくんはその赤い薔薇を、いつぞやのように私の耳の上の髪に差すと、満足したように笑った。

「白薔薇も似合うけど、アンは赤薔薇も似合うね」

 そう言ってリドルくんは私と唇を重ねた。
 風が祝福してくれるように、花弁を巻き込んで何処かに向かって吹いている。そっと柔らかい風が私たちの頬を撫でていった。





Bambi