出来そこないの感傷

※長編主人公


「名前さんにとってそいつは何なんだ」
「いや、え?どういう事ですか?」

焦凍くんは少しイラついた様子で私に詰め寄り壁に手をつき逃げ道を塞いだ。何事だと思い私この数日の事を必死に頭を回して思い出していた。


その日は学校が休みで助かった。今日も学校でしかも実践練習まであったら私はきっと上手く立ち回れなかったと思う。

「なんで、今月…こんな、に、重たい…の」

あまりの腹痛に吐き出した文句でさえ途切れ途切れになってしまう。自室の布団の中で膝を抱えながらひたすら腹痛に耐えて何時間経ったのだろうか。それすらもわからない。時折襲って来る腹痛に腰痛、頭痛に時間を確認する事すら億劫に感じてiPhoneに手が伸びない。

「誰か、助け…て…」

昨日から始まった月に1回やって来るこれは普段はそんなに重くはないのだ。どちらかと言うと軽い方だと思っている。だが本当に偶にどうしようもなく重たい症状がやってきて何も出来なくなってしまう。そんな時は四月一日くんが甲斐甲斐しく私のお世話をしてくれる。

四月一日くんが作ったホットミルクが飲みたい。

今となっては懐かしい彼の顔を、彼の作った料理を思い出して1粒の涙が溢れた。

締め切った部屋の扉が2回軽い音をたてて鳴った。誰か来たのかと思い体を起こそうとするが痛みで起こせずそのままの体勢で声を出した。

「…どうぞ」
「名前さん?入るぞ」

焦凍くんは扉を開けて少し目を見開いた。その顔なんだかレアだ、とどうでもいい事を考えないと痛みに耐えられそうにない。

「ど、うかした?」
「どうかしたのはそっちだろ」

どうしたんだ。と心配そうに見てくる焦凍くんに申し訳なくなる。女の子の日なんです。なんて言いたくないし、言っても困らせてしまうだろうし。

「少しっ、具合がね…わる、くって」
「少しなんてレベルじゃねえだろ」

扉の前に立っていた焦凍くんは丁寧に扉を閉めて私の横に腰をかけて人肌より暖かいその手で私の頭をゆっくりと撫でる。

「おな、かがね。痛い、の」
「出てないのか?トイレに行かなくていいのか?」
「…それは、だいじょ、ぶ…」

…焦凍くん、私便秘でこんなに痛がってるわけじゃないんだよ…。

今出来る精一杯の苦笑いをすると焦凍くんが、無理するな。と言って私の髪を梳いた。

「なんか俺に出来る事あるか?」
「あ、ったかい…飲み物、飲み、た」
「白湯か?」

ホットミルクが飲みたい。と言うと焦凍くんは立ち上がり私に、待ってろ。と声をかけて出て行った。

「ありがっ、とう」

私の声は扉を閉める音に掻き消された。それでも焦凍くんはちらりと私を見たから、きっと気持ちは伝わったと思う。

ほどなくして焦凍くんは湯気の立つマグカップをお盆に乗せて帰って来た。彼が近づく程甘い匂いが鼻を擽る。彼が私の横に腰を落ち着かせたのを見て飲み物を受け取ろうと体を起き上がらせた。

「作ってくれて、ありがとう」

無言で渡されたマグカップの中を覗くと真っ白の液体が湯気を出していた。マグカップを口元まで持って行き、口をすぼめて何度も息をかける。ちびちびと飲んでいくとお腹の中から暖かくなり、心做しか痛みが軽くなった気までしてきた。

「大丈夫か?」
「さっきより大分ましだよ。ありがとうね」

不器用な彼なりに私を心配してくれているようで、他に何かする事ないか。と聞いてくれた。でもこれ以上迷惑かける事も申し訳なくて寝てれば良くなるとマグカップを脇に置いてあったお盆の上に置いて横になった。

「焦凍くん、本当にありがとうね」
「いいから横になってろ」

その言葉に瞼を閉じる。すると焦凍くんの暖かい手が瞼の上に覆いかぶさった。じんわりと暖めてくれるその手の温もりに段々と意識が薄れていった。


そして次の日に全回復した私は焦凍くんにお礼を言いに焦凍くんの部屋を訪ねた。ノックをして名前を名乗ると焦凍くんが出て来た。

「もう体調はいいのか?」
「昨日は醜態を晒してしまってごめんね」
「いや、それはいい」

そう言えばと思い出した事を焦凍くんに伝えた。

「焦凍くんもホットミルク作るの上手なんだね」
「何なの誰でも作れる…“も”って、もしかして四月一日ってやつか?」
「あれ?四月一日くんのこと話したっけ?」

首を傾げると焦凍くんは昨日の事を話してくれた。なんでも寝言で何度も“四月一日くん”“ホットミルク”という単語を言っていたらしい。

うん。普通に恥ずかしいし、寝た後も部屋にいてくれた焦凍くん優しい。

「向こうの友達だよ。侑子さんの話は少ししたよね?侑子さんなんでも叶えるお店をやってて私と四月一日くんはそこのバイトだったんだよね」
「なんでも叶えるお店…」

焦凍くんは胡散臭いって顔をしたけど、本当に叶えてくれるんだよって事を伝えたくてお店で起きた数々の出来事を話した。

「……って事もあってね!それで四月一日くんがね」
「四月一日くんったらね…」

焦凍くんは質問は口にするものの私の話を頷いて口を挟まずに聞いてくれるから何だか懐かしくなり止まらなくなっていると急に焦凍くんが私の腕を引っ張り私の体を壁に押し付けた。

「名前さんにとってそいつって何だ」

目の前でイラついている焦凍くんを見上げる。ざっと思い出したが昨日はとても優しかったって事しか思い出せない。なんでこんなに怒っているのだろうか。しかもそいつって誰の事だろうか?

「そいつって…四月一日くんの事?」

彼の射抜くような視線に背中に汗が伝う。決して鋭い目線ではないが真剣な眼差しに萎縮してしまう。

「そんなに大事な奴なのか?だから向こうに帰りたくなるのか?」

…もしかして拗ねているのだろうか?

私がしつこく向こうの世界の事を話すから迷惑だったのだろうか。

「しつこく話してごめんね、迷惑だったね」
「違う、俺は迷惑だと思ってない」

それなら何でそんなにイラついているだろうか。もう、思い当たる原因が無さすぎて混乱してくる。彼は何に怒っているのかがわからない。

「名前さんは今はこの世界に生きてんだろ。俺の目の前でこうして生きてんだろ」
「うん」

焦凍くんの頭が私の肩に凭れ掛かる。ふわっと香る彼の匂いに心臓が大きく高鳴る。手首を握っていた焦凍くんの冷たい手が私それを合わさり指が絡む。全身が火照る。

「しょ、焦凍くん?」
「名前さんはここで生きていくんだろ」

やっと、彼の言いたい事がわかった気がする。これは嫉妬だ。四月一日くん個人に対するものではなく。私が暮らしていた世界そのものに嫉妬してくれているんだ。

なんて愛おしいんだろう。

「焦凍くん…向こうの世界が懐かしいのは当たり前だよ」
「…」
「だから、この世界で2人で楽しい思い出を沢山作っていこうね。向こうで過ごした時間が霞むくらいに」

焦凍くんは肩から顔を上げてゆっくりと私の言葉を噛み締めるように笑った。その笑顔を側で見ていけるように沢山の時間を彼と過ごしたい。
私は焦凍くんの顔に手を伸ばして頬に手を当てた。大好きだよ。言葉にはしないこの気持ちが彼に伝わらばいいのに。

「名前、さん」

頬を撫でていた手が焦凍くんの暖かい手に包まれる。頬から剥がされたその手に焦凍くんの唇が近づき手首に熱を与えた。

「焦凍くん?!」
「黙って」

艶のある彼の低い声が耳元で聞こえたと思ったらリップ音が耳に響いた。

「ひゃっ」

これ以上はダメだ。こんな焦凍くんを知らない。
私は逃げるように焦凍くんを全力で押して開いた隙間から脱兎の如く逃げた。

この日から数日私はまともに焦凍くんと顔を合わせる事が出来なかった。それでも焦凍くんはどこか楽しそうに口の端をあげて笑っていた。

一瞬食べられてしまうのではないかと錯覚してしまう、あの焦凍くんの色気は何なのだろうか。

「焦凍くんに嫉妬させてはいけない」

この言葉が私の胸に刻まれたが、私の心臓が落ち着くまであと何日かかるのだろうか。