足跡だらけの白昼夢

※長編開始直前前


その日僕達は晴れて数あるヒーロー養成高校の中でもトップクラスである雄英高校に入学した。入学式には出ることを許されず、個性使用ありの体力テストをして僕の怪我が治りかけてきたある日の事だ。

校舎近くのグラウンドで体育の授業をしている時に丸い形をした機械がどこかの教室の窓から落ちてきた。

「デクくん。これなんだと思う?」
「なんだろう。スポーツ用ではないと思うけど」
「先生に聞いてみようではないか」

飯田くんが地面に落ちてあるそれを持ち上げると空気が抜けるような音を立ててピンクの煙を噴射させた。周りにいた人達が何事だと騒ぎ始め、視界が一気にピンクの謎の煙になり、それが晴れた頃には僕は、いや、僕達は不思議なお家の建物の前に立っていた。

「ここは…」
「ここは願いを叶えるお店よ」

胸元をあけ、するりとした白く長い足を惜しげも無く出したその人は僕達を見透かすように目を細め妖しげに笑った。

「ひゃー!!美人!!そしてエロい!」
「と言っても信じないでしょうけどね」
「私達の事を誘拐したんじゃないの?」
「あんたのいう話のどこを信じろって言うんだ」

皆が思いも思いのことを声に出して言うと女の人がくすくすと笑った。いろんな生徒から責められているのに余裕の表情を崩さないその人に僕は無意識に唾を飲んだ。

「あのっ、」
「これだけの人数をどうやってここまで、しかも意識のある状態で持ってこれるのかしら?」
「そんなのそーゆー個性がいれば簡単じゃねーか」
「個性はこの世界にはないわ」
「んなもん信じられねーよ!個性が出現してから何年経ってると思ってるんだ!」

切島くんや砂藤くん達がそんなの有り得ないと声を上げてると女の人が立っている家の中から割と本格的なメイド服を着た女の子と、その人の背中から黒いウサギのぬいぐるみのような喋る物体が出て来た。

「あらモコナも来たの?」

なんだ、あれ…。

「あれ、かわいい」

そう呟いたのは誰だったのだろうか。モコナと呼ばれたその黒ウサギはメイドさんの肩からぴょんと飛び芦戸さんの手のひらに収まった。

「特別に撫でられてもいいぞ!」
「ほんとー?やった!」
「えー狡い!」
「ウチもちょっと触りたいかも」

女子が芦戸さんの周りにかたまり黒ウサギを撫でていると上鳴くんが、俺も触りたいと黒ウサギに手を伸ばした。するとその黒ウサギは上鳴くんの手をその小さな手で弾き落として糸目だった目を片方だけ開いてこう言った。

「野郎は触んじゃねぇやい」
「キャー!モコナ格好良い!」
「よせやい」

クラスでも賑やかな人達ががやがやと騒ぎ出すとかっちゃんが両手を爆破させ一瞬で静かにさせた。

「うるっせぇんだよ!」

その声に僕は大袈裟なくらいに肩を震わせた。そこまでじゃないにしろクラスの大体の人が先程までの活気や賑わいを失い静寂が広がった。

「そろそろ夕ご飯の時間ね。名前、四月一日は?私今日はカレーがいいなー」
「…分かりました。カレーなら沢山作れるし見た事ないこの人達も食べれるし。それと四月一日くんなら今に来ると思いますよ」

メイド服を着た同世代くらいの名前と呼ばれたその人が今に来ると言うと、床を強く踏み鳴らす音が聞こえてきた。

「侑子さん!また勝手にお酒あけたでしょ!!」
「だって、美味しいんだもーん」
「だもーんっじゃないですよ!全く…」

目の前で繰り広げられる会話に皆がぽかーんとしているとそれに気がついた名前さんはこちらを見て申し訳なさそうにした。

「ごめんね。これいつもの事なんだ」

かっちゃんの怒気に臆するどころか何も感じないなんてこの人達は何者なんだろうかと侑子さんを見ると、彼女は飄々とした態度でかっちゃんを見て目を細めて笑った。

「そこの貴方も手伝いなさい」
「あぁ?!なんで俺が!!」
「貴方だけじゃないわ。夕飯を食べたいのなら何かしらのお手伝いをなさい。それが対価よ」

対価…、それが何を意味するか分からないまま僕達はそれぞれ動き出した。因みにかっちゃんは侑子さんに言いくるめられて結局料理を手伝う事になっていた。

「マル、モロこの人達と一緒に掃除しようか」
「掃除するのー!」
「するのー!」

ピンクと水色の髪色の女の子2人と僕と飯田くんと麗日さんと蛙吹さんと轟くんと名前さんでこの家の掃除をする事になった。

黙々と掃除をしている時にふと轟くんの方を見ると名前さんと一緒に窓を掃除をしていた。時折名前さんが笑顔を零していたが、2人と僕の距離が少し遠くて何を話しているのかまでは分からなかった。それでも僕にはその景色がすんなりと受け入れられた。

そして夕食はリクエスト通りのカレーを食べて一段落ついた所で僕達はあの高校に帰れるのかと言う一番大事な話題になった。

「俺たちどうやって帰るんだろう」
「帰る方法があんのかよ」

すると侑子さんがあるわよ。と声を出した。

「あるわよ。ただし対価が必要よ」
「…対価」

その言葉に身構えるとソファに座っていた侑子さんが立ち上がり縁側に出て月を見上げた。

「そうねここで過ごした記憶って所かしら。ここにいる子供達全員のね」
「それって、つまり」
「俺や名前ちゃんのもって事ですか?」

四月一日くんがそう言うと侑子さんは意味深に口元を上げて笑った。

「そして私に依頼しなさい。自分たちがいた世界に帰りたいと」
「そんなの男じゃねーぜ!」

切島くんが男らしくないと口にすると轟くんが珍しく自分の意見を口にした。

「全員忘れんだろ。それなら何も変わらねえじゃねえか」

確かにその通りだ。僕達がここで過ごした数時間は僕達の中には残らない。ならここに来た事自体がなくなるのだ。

「あのね、“縁”ってわかる?人と人を繋ぐ縁は一度繋がったら切れないんだって。だからね私達が忘れても縁は繋がったままなんだよ。それって素敵な事じゃない?」

すると芦戸さんや麗日さんが名前さんに近寄って彼女の手をぎゅっと握った。2人の大きな目には涙が溜まっていた。

「また会える?」
「きっと会えるよ!」
「四月一日さんも?侑子さんやモコナも?」

2人がそう聞くと四月一日くんは2人の頭に手を乗せてゆっくりと撫でながら優しく微笑んだ。

「会えるよ。だからほら、泣かないで。俺女の子の涙に弱いんだ」

2人はそのまま少しの涙を流すと無理矢理笑って、絶対に会おう。宣言していた。それにつられて他の生徒も口々にお別れの言葉を口にした。

「ありがとうございます」

僕も釣られてお礼を言うと飯田くんもお礼を言って頭を下げた。殆どの生徒がそれに釣られて頭を下げたけど、轟くんやかっちゃんは頭を下げなかった。

「対価はここにいる子供たちの記憶。異論はないわね」
「はい」

誰かがそう言うと僕達の足元に眩いばかりの見た事もない模様が浮かび上がった。それはまるでコミックやアニメで見るような魔方陣で僕はこの時初めて異世界に来たのだと実感した。
最後にもう1度あの人達の顔を見ておこうと前を向くと轟くんの後頭部が見えた。
彼が見てる先には。

名前…さん?

名前さんの綺麗に笑った顔を見て僕達はあまりにも眩しい光に目を閉じた。そして、次に目を開くとついこの間入学した雄英高校のグランドで相澤先生が僕達に駆け寄っていた。

「お前達大丈夫か?」
「…えっと、多分大丈夫です」

先生はピンクの煙が見えたから僕達のところまで走って来たと言った。僕達があの場所にいたのはほんの一瞬だったのだろうか、そもそも僕達は何処にいたのだろうか。僕達は、僕は何を思い出せないのだろうか。

そうして僕達は2度目の出会いを果たすのだった。