ヒーロー轟くんと愛する人

最近、恋人である名前とすれ違う事が多い。気持ち的な問題じゃなく俺の職業柄顔を合わせる時間が作れねぇんだ。ヒーロー業だけならまだしも、最近はメディアにも出るようになって尚更、会社員の名前と顔を合わせる時間が無くなった。本当はメディアになんか出たくはないが、名前が自分の事のように喜んでくれた笑顔を見て出るようになったが、名前との時間が無くなるならこれも考えもんだな。

「もう5日か…」

同じ家に住んでいる筈なのにもう5日も会って会話をしてねぇ。寝室が一緒なのが唯一の救いだ。寝顔とは言え顔を見る事が出来る。今も2人で寝ると少しだけ密着するベッドに横になりぐっすりと寝ている名前の頬を指の腹で撫でる。名前の微かに睫毛を震わせたので起きたのかと思い、手を離すが名前は起きもせず穏やかな顔して肩をゆっくりと上下している。

「悪ぃな」

きっとこいつが起きていたら緩く笑って、気にしないで。と優しすぎる声で許してくれる。

それから2日すれ違う日が続き、俺が珍しく早く帰って来た日に限って名前が職場の飲み会で帰りがいつもよりも遅れる。今日こそは話せると思っていた分メッセージを見て落ち込みはしたが、一々それで騒ぎ立てるようなことはしねぇ。

“気をつけて帰って来いよ”
“うん!焦凍くんはお疲れさま。成る可く早くに帰るつもりだから、お家でゆっくりしようね”

既読がすぐに付き数秒待っていたら返信のメッセージが送られ、俺は居間のソファに深く腰を掛け背凭れに頭を乗せて天井に向かって深いため息を漏らす。
そういや、このソファは名前が店先で気に入ってそのまま購入したんだっけ…。まだそんなに年数経ってねぇ筈なのに何故か懐かしく感じる。

「早く、帰って来いよ」

もうこの腕で久しく名前を抱き締めてねぇ。名前の赤く染まった頬も嬉しそうに笑う顔も、美味しそうに飯を食うその姿も、ベランダで洗濯物を干す姿も何もかもを見てねぇ。それがこんなにも影響するなんて思わなかった。
名前に言われてやっているメディアへの露出も控えてあいつとの時間にあてたい。

いつも間にか寝ていたらしく、鍵が開く音で目を覚ました。端末を見ると名前からのメッセージは送られておらず、送る前に帰って来たのだと寝ぼけ眼で玄関に行くと、知らねぇ男に肩を支えられている名前がいた。
寝ぼけていた目が一気に冴え、目の前の男を睨みつける。すると男は顔を真っ青にし名前の肩に手を置いて軽く揺さぶる。

「名前!起きろ!彼氏遊びに来てんぞ!!」
「触んな」

酔って半分寝ている名前の腕を引っ張ると、何の抵抗もなく俺の身体にもたれかかる。こんな形で名前に触れるなんて思わなかった。こんな形で名前を抱きしめるなんて思わなかった。
名前の腰に手を回して手持ち無沙汰になった目の前の男を見据えると、男は見るからに焦ったように口を開く。

「名前さんの彼氏さんッスよね。俺同僚の者ッス。えっと…」
「御託はいいから早く帰れ。俺の名前をどうも」
「あ、」

名前を支えていない方の手で玄関の扉を閉じ名前を横抱きにして寝室に運ぶ。
寝ぼけ眼で俺を見つめ、目尻を下げて蕩けたように笑う。そして幸せそうな顔で俺の名前を呼ぶ。

「しょー、とく、ん」
「お帰り名前」
「へへ、ただいまぁ」

ベッドに名前を下ろして寝かせる。すると名前は俺の首に腕を回してしがみつく。

「名前離せ」
「やだぁ!焦凍くんと寝るのっ!」
「そしたら先ずは俺に事情を説明してくれ」

なんの事だと名前は眠たそうに眼を擦りながら起き上がる。
目が傷つくからとそれをやめさせて、流れるように自然に名前の手を自分の手の中に収める。すると名前は俺の指に自身の指を絡めて緩く笑った。

そんな仕草が好ましく思えて普段の俺ならつられて笑うが、今はそれどころじゃねぇ。

「あの男は誰だ?」
「んーと同僚の人。お酒飲んだら急に眠くなっちゃって…そしたら彼が送るって言ってくれたのか気づいたら家の前にいたの」
「なんかされなかったか?!」

何かって?と疑う事を知らない瞳で俺を見つめる。この人は初めて会った時から人を疑う事を知らない人だった。俺はだから守りてぇって思ったが今は自衛してくれと思う事も増えた。
俺が深い溜息を隠す事なく吐くと名前は両手を俺の口元に持って来て空中で何かを掴み、両手でそれを固く握る。

「幸せ逃げちゃうよ」
「その原因は名前だろうが」
「私?」
「言え。あの男と何を話してどんな事をしていたのか」

名前は何かを掴んだ両手をきつく結んだまま下に降ろして、ポツリ、ポツリと今日の出来事を口にした。
今日の飲み会であの男の隣に座り、プライベートの話をした事。その話が主に彼氏はいるのか?とか仲はいいのか?とかそういった話だった。という事で俺は頭を抱える。
どうしてそこまで聞かれて何も気づかないんだ。お前はわかりやすく狙われてんだろうが。

「あの人好きな人とかいるんだろうね。恋の相談とか乗った方がよかったのかな…?」
「乗らなくていいだろ」
「でも…」
「名前黙れ」

あの男を俺から庇っているように聞こえ、これ以上聞きたくねぇ。その一心で名前の頭に手を回して引き寄せて唇に噛みつく。薄く開けた視界に映る名前は驚いたように目を大きく開けていたが瞼を瞑って俺を受け入れた。今の感情に任せたまま何度も角度を変えながら名前の唇に噛みつくような口付けをする。

名前は俺のもんだ。他の誰にも譲らねぇ。

「しょっ、…ん、」
「名前」
「まって、息んん、でき…な」

苦しそうに声を出す名前を見かねて唇を離すと、目の前の名前は怒るどころか嬉しそうに表情を緩めて笑う。

「今日幸せ…焦凍くんと直接話せただけでも嬉しいのに、キスまで出来ちゃった」

その幸せそうな顔に気付かされる。
俺は焦っていたんだ、と。同じ家に住んでいながらすれ違いの生活を強いている俺と、毎日会って会話が出来る同僚。そんな奴から言い寄られたら毎日会えるやつがいいに決まっている。

「あ、焦凍くん。はい!!」
「なんだ?」

名前はきつく握っている両手握り拳を俺の口元に持って来た。

「焦凍くんの幸せ!」
「……はっ、…名前お前が持っててくれ。俺はお前がいれば幸せだから」
「私も焦凍くんの傍にいられるだけで幸せだよ」

一瞬名前の言っている事が理解できなかったが、すぐにさっきのでかい溜息だとわかっておかしくなる。こいつそう言えばずっと握り拳を作ってたもんな。それは俺の幸せを逃がすまいとしてくれていたってことだろ?
あの男の事で今の時間を使うのも馬鹿らしくなり、名前に腕を伸ばし押し倒しそのまま俺もベッドに横になる。

「なぁ、メディアの露出を控えようと思うんだが」
「…実はね後悔してたの。焦凍くんが遠い人になってしまったようで。それに焦凍くんの格好いいところを知っているのは私だけが良いなって思っちゃって」
「そうか」

これからは、名前との時間を大切にしていこう。
今まで疎かにしてきた分ちゃんと名前と同じ景色を見ていきたい。

「名前結婚しよう」
「うん?」
「明日にでも挨拶に行くか。会社休みだろ?俺も休みだから丁度いいな」
「へ?え?待って!!」

俺はこの先も名前意外の女が隣に立つ未来なんて想像できねぇ。それくらいに名前と言う存在に惹かれ焦がれている。

「好きだ」
「私も好きだけど…」

隣で寝転ぶ名前の瞼に唇を落とす。すると花が咲いたように穏やかに笑う。俺はその顔が一番好きで何よりも守りたい。