もしも佐倉が爆豪くんの所に行っていたら
「おら、飛ぶなっつってんだろうが」
「こっちの方が校舎から寮まで移動早くて便利なんだよ」
勝己くんが私のスカートを押さえるように腕を回して抱きとめてくれる。この世界に来た当初は随分と粗暴な態度で怖かったりもしたが、今では彼なりの優しさを感じる事も出来、楽しい共同生活を送れている。
ある日突然勝己くんの前に私が現れた時はそれはそれは大変で、会話をする前に爆破をお見舞されてしまった。勝己くんのお母さんとお父さんはとてもいい人で見ず知らずの私を受け入れてくれた。
とても素敵な人達だ。
「お前飛ぶ時スカートの中になんか履けっつたろうが」
「そうなんだけど近くに何もなくて」
「んじゃ飛ぶなや」
勝己くんは私を抱きとめたまま小言を言い、私は申し訳なさそうに体を小さくしてカードに戻った“翔(フライ)”をポケットにしまうと、お茶子ちゃんが楽しそうな事を提案してくれた。
「うちも跳躍できるようになったから一緒に空とか飛べるんかな?」
「楽しそう!やってみたいね!」
「せやね!」
一度戻したカードをもう1度取り出そうと手を動かすと、支えてくれていた勝己くんの腕の力がなくなり急激な落下感覚に襲われ咄嗟に勝己くんの首に両手を回す。すると今度はちゃんと腕に力が入り私の事を支えながら降ろしてくれた。
「てめぇ俺の言ったこともう忘れたんか?あ?」
「…えっと、ちゃんと下履いてからやるよ。大丈夫」
何をそこまで心配しているのかわからないが、怒られたくはないので大人しく言うことを聞くに限る。ちゃんと面倒くさがらずに寮の部屋に戻って適当な服に着替えて広間に戻るとお茶子ちゃんしかそこにはおらず勝己くんは何処だろうと部屋の中を見ていると、お茶子ちゃんが照れくさそうに笑った。
「名前ちゃん愛されとるねぇ」
「んー、怒られてばっかりだよ。私の方が歳上なのにね」
「見てる限りじゃそんなんじゃないと思うんやけど…」
お茶子ちゃんの訓練ついでに2人で話ながら空間を浮くと普段やっているお茶子ちゃんの訓練が過激だということがわかった。
回りながら自分を浮かすなんて…。
真似して私もやってみたが、三半規管が弱いからか割とすぐに限界を迎えどうすることも出来ない気持ち悪さに口を両手で押さえる。お茶子ちゃんに誘導されながらソファまで移動し横になると、視界が回ってるようなそんな錯覚に襲われきつく目を瞑る。
「名前ちゃん大丈夫?」
「う、ん…大丈夫だよ」
頭の中もぐるぐると何かが回っている感覚がする。“翔(フライ)”であんなにも回った事がなかったし、お茶子ちゃんの日々の訓練に脱帽する。カードにも負担をかけてしまったかもしれないから後で様子を見ようと考えているとお茶子ちゃんの少し驚いたような声がした。
「爆豪くん?部屋に戻ったんじゃ…」
「んだ丸顔、俺がいちゃ悪ぃかよ!あ?」
「そんなん言ってないやん…あ、今な名前ちゃん具合悪くて」
「は?」
お茶子ちゃんは勝己くんが来たことに驚いて声を出したようで、その勝己くんは私の具合が悪い事に反応してソファの方に来てくれ、私の腰辺りに浅く腰掛ける。
「勝己くん…」
「魔力の使いすぎか?」
「ううん、回転しすぎたの」
「は?」
私の頭を優しく撫でていた勝己くんの手がピタリと止まりその手で私の頭を鷲掴む。指が頭蓋にくい込んでいるんじゃないかと思うレベルの痛さに酔った頭が悲鳴をあげる。
「痛っ!いたたたた!」
「人が心配してやったと思ったら回転のし過ぎで酔っただァ?舐めてんのか!!」
普段よりは抑えてくれている声のトーンでも、今の私にはそれでも辛くて顔を顰める。飲み物を取りに行ってくれていたお茶子ちゃんが勝己くんを宥めつつ私にお水と酔い止めを渡してくれたが、それを勝己くんが受け取った。
「ありがとう、お茶子ちゃん」
「具合は大丈夫そうじゃないよね…」
「丸顔席外せ」
勝己くんが落ち着いた声でそう言うと、お茶子ちゃんが渋々ながらも席を外した。
「ごめんね迷惑かけて」
「全然そんなことないよ!私こそ無理させちゃって…それじゃお大事にね」
お茶子ちゃんは手を振って広間を後にした。
珍しく広間には私達しかいない。静かな空間だけがそこに広がっている。私の頭を鷲掴んでいたその手にはお茶子ちゃんから奪った薬と飲み物が握られている。
「勝己くん、飲み物…」
「起きれんのか?」
それは少し厳しいかもしれない。未だに頭の中の何かがぐるぐると回っていてもう少しだけでも横になっていたい。目を瞑ってどうしようかと考えていると、勝己くんが口を開けるように促す。それを素直に受け取り目を瞑ったまま少しだけ口を開けると、よく知った柔らかいものが唇に触れ、驚いた時には口の中にお水と薬が流れ込んできていた。
「ンンっ」
あまりの事に驚きながらもそれを飲み込む。勝己くんが唇を離してまた私の頭を撫でてくれる。少しだけ口の端を上げ、目元を緩ませる穏やかな笑い方をしている。私は彼のその笑い方がとても好きで、特別感を覚える。
他に人がいたら絶対にそんな表情では笑わない。でも、2人だけになると普段よりも優しげな口調に、とても穏やかな表情に、粗暴な態度が形を潜め酷く柔らかい態度になる。何も言われてないのにそれだけで特別だと言われているようで嬉しくなる。
「ありがとう」
「どうせ名前の事だ、丸顔の練習を中断させたくなかったんだろ。裏目に出たけどな」
「面目ないです」
私の頭を撫でる大きな手を捕まえて、掌に頬をすり寄せる。微かに甘い匂いがする、骨太で逞しい彼の手に安心する。
「もう大丈夫なんか?」
「うん、すごくましになったよ」
起き上がろうと腕と腹筋に力を入れ、軽く上半身を起こすと、急に勝己くんの顔が近くなりまた唇が重なる。勝己くんの鍛え上げられた手が私の背中に回り引き寄せられ、 ちゃんと起き上がれた。私が逃げる事を考えてか頭の後ろに背中を支えてくれていた手が回りしっかり固定される。
「……っ…」
啄むように重なった唇が深くなっていき、勝己くんの舌が私の歯列をなぞり、私の舌を捕まえて絡める。気紛れに上顎をなぞったりしている。
「かっ、くん、息が…っ」
鼻で息をするように言われているがそれでも出来ないものは出来ないのだ。キスだって慣れているわけじゃない。名残惜しくも離れた勝己くんの唇は濡れていて思わず目を逸らした。
「名前、あんまし俺以外の奴に隙を見せんなよ」
「う、うん?」
なんでそんな事を言われたのかがわからないが、取り敢えず頷いていると、理解してないことを見抜かれ溜息を吐かれた。そのまままた頭を撫でられる。
「勝己くん私子供じゃないよ」
「はっ、子供にゃあんな事しねぇなァ?」
それが分からないほど子供でない。赤くなった頬を隠すように下を向くとくつくつと笑う声が聞こえる。勝己くんの手が私の頭に後から回り彼の肩に頭を預けた。
彼は意外とスキンシップを好む。
それを知っているのも私だけだ。これから先も出来るなら彼がこの姿を見せるのは私だけがいいとそう願った。この出会いは偶然ではなく必然なのだと思う。だからいつまでも一緒にいられるようにこの人の隣にいれるように努力していこうと思えるのだ。