十傑ショート王子と佐倉
「あれ?ここは何処だ?」
見渡す限り何もない平野が広がっている。こんな景色私は知らない。
もう1度言おう。
「ここは何処だ?」
えっと、まず状況を振り返って整理してみよう。確か寮で皆とお茶を飲んでいて、少し肌寒くてくしゃみをして気がついたらここにいた。
なるほどよく分からない。
一先ずと首にぶら下がっている鍵を直接手で触って確認する。そこにはちゃんといつもの鍵がぶら下がっていて一安心する。スカートの中にはちゃんとカードもある。1日位は何とかなるだろう。いざとなれば持っているものを売ればいいんだから。
こういう時に彼らと旅をしてきてよかったと心底思う。
どうしてここに来てしまったかわからない以上、下手に魔法を使って帰るのは危ないだろうし、今いる状況を把握する為にも少し歩こうと思い、少し丘になっている所を目指して歩いた。私が思っていたよりもその丘は高くて、歩くのには億劫に感じ“翔(フライ)”を使って一飛びすることにした。
着地しようと下に目を向けると、白馬に乗った見慣れた髪をした男の子がいた。
「焦凍くん!」
思わず出した声に自分で驚き咄嗟に両手で口を塞ぐが、白馬に乗っている彼には届いてしまったようで、首を横に振り辺りを見回し不意に上を向く。
ぱちりと目が合い困ったように笑うと、私に両手を差し伸ばしてくれた。
その手に吸い付かれるように、私も手を伸ばしてゆっくりと焦凍くんに向かって降りると彼は私の手を通り過ぎて、背中に生えている翼を握った。
「本物なのか?」
「本物ですよ」
特別痛いわけでもないのだか、いつまでも握られていると“翔(フライ)”が可哀想なので離して、とお願いするとすんなり離してくれた。ちゃんと地面に足を着けて白馬に乗っている焦凍くんを見上げると、彼は馬から降りてくれた。
「お前は誰だ?」
「…佐倉名前」
「なぜ俺の名前を知っている」
私の存在を知らないこの焦凍くんはきっと、違う世界違う次元の同じ魂を持った違う存在何だろう。今までも旅の中で出会ってきた。
「貴方が私の大切な人にそっくりだったので見間違えてしまいました。名前を教えて頂いても?」
「…ショートだ」
ショートと名乗った男の服装を良く見ると、絢爛な服装をしており、それが大変似合っていた。深い青色を基調に金色の飾糸や刺繍が施されており、身分の高さが表明されていた。
「ショートさんはどうしてここに?」
「気紛れだな」
薄く笑うこの人は私の知っている焦凍くんよりも物腰が柔らかで接しやすい。いつか焦凍くんも初対面の人にこうやって笑ってくれるようになるのだろうか。そうなってくれたら嬉しい。
目の前のショートさんは小首を傾げながら、不思議そうな顔をして私を見つめる。端正な顔立ちの彼に見つめられると照れてしまう。見慣れたと思っていても、人が違えば何かが違うのだろう。いや、焦凍くんに見つめられるともっと照れてしまう。
「お前は何者なんだ?」
「え、あー…しがない旅人ですね」
「それは興味深い。今までどんな所を旅して来たんだ?」
例えば、と小狼くん達と旅した世界の話をすると彼は興味深そうに耳を傾けてくれた。一体何時間ずっと話していたのかわからない。でも私達はまるで昔から知っているかのように話し合うことができた。
「そう言えばショートさんって普段は何をしてる人なんですか?」
「…職業はない。家で執務をしたり訓練したり客をもてなしたりしてる」
職業もないのに家でそんな事をする仕事があるだろうか。でも着てる服は絶対に高い服だ。まるで王子様のようなそんな服装だ。
少し不機嫌になるショートさんにこれ以上深入りするのも良くないと、焦凍くんで得た経験を元に話を変えることにした。
と言っても何も思い浮かばない。何を話そうかと考えているとショートさんが悪い。と私に一言謝った。こういう時は彼が話すまで黙っているのがいいんだ。これも焦凍くんから得た経験だ。
「…俺には婚約者がいて、それは親父が勝手に決めたもんだ。俺はそれが嫌で堪らない」
この身の…王子としての立場から逃れられないと分かっていてもだ。
そう言って悲しそうに顔を歪めた。
やっぱり王子様なんだと納得する。でもだからこそ打ち明けられた悩みに適当な返事をしたくない。私が悩んだところで解決には繋がらないのは分かってるが、どうしても私の知ってる焦凍くんの影がチラつく。
何とかしてあげたいのに、それが出来ない。
「お前までそんな顔をすんな」
「ショートさん…」
一体私はどんな顔をしていたのだろうか。
ショートさんの手が私の頭の上に置かれ労わるように撫でる。
「相手はこの国一番と言われる魔法使いなんだ。お前みたいな人だったらいいのにな」
諦めに似た感情で話すショートさんの顔が見てられなくなり、思わず下を見る。すると遠くの方からショートさんの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ショート王子、此処に居られたんですね…もう相手方がお見えになっております」
「…わかった」
ショートさんの話によるともう少し先の話だと思っていたが、まさか今日の話だとは思わなかった。なんでそんな日にこんな所でと思わず顔をあげると従者の方がショートさんの影に隠れていた私の存在に気が付き目を見張る。
「なぜ貴方様が此処に?!」
「はい?」
「名前様ですよね?お城でお待ちしてる筈じゃっ!」
従者の言葉に私とショートさんは顔を見合わせる。きっと今の私の顔は笑顔以外の何ものでもない。
「ショートさん!きっときっと大丈夫です」
「…そうだといいな」
確信できる。大丈夫だって。魂が同じ違う存在の私が貴方をきっと助ける。
「ショートさん、絶対大丈夫ですよ」
ショートさんは一瞬だけ驚いたような顔をしたがすぐに目元を緩めて、口の端を僅かに上げた。
ショートさんが私の腕を掴み優しく抱き寄せた。耳元で囁くように感謝の言葉が述べられる。
「ありがとう」
風に乗り草花の香りと共にショートさんのお日様のような匂いが鼻腔を擽る。背中に回されていた手がなくなり、顔を見ようと離れたその瞬間、私はくしゃみをした。
気がつけばいつもの見慣れた寮で、共用スペースのソファの上に座っていた。周りを見ると焦凍くんが心配そうに私の顔を見ており、その顔が彼と重なる。
「…ショートさん」
「大丈夫か?」
私の頬を包むように両手を添えて焦凍くんが私の額に自分の額を重ねる。あまりの近さに赤面していると焦凍くんが熱いな。と呟く。
「風邪か?さっきから呼んでも返事しねえし」
「風邪、じゃないから大丈夫…それよりも近いっです」
焦凍くんははっと気がついたように私から距離をとった。やっと満足に息が吸えるような気がするから、緊張で息を止めていたのかもしれない。
それにしても、ショートさんのあの服装は似合っていたなと、今日の出来事を懐古しつつ焦凍くんに目を向ける。
「王子様か…」
「何の話だ?」
「ううん。なんでもない」
今日の事を語るには時間が足りない。不思議そうに私の顔を見る焦凍くんに抱きつき感謝の気持ちを言葉にして伝えた。
「出逢ってくれてありがとう」
「よくわかんねえがそれは俺の方だ」
この出会いは必然なのだと強く感じた1日だったと思う。私はきっとあのショートさんには恋に落ちない。それは私の運命の人があの人ではなく此処にいる焦凍くんだからだと強く思えた、そんな出来事だった。