理由なんてきっとない
「荼毘さんどこに行かれるんですか?」
「何処だっていいだろ」
「私もお供したいです」
「来んな。大体なんでお前がここにいんだよ」
荼毘さん。本名不明の私の想い人。突然弔くんの所にやって来た人。
あれは確かヒーロー殺しステインがbQヒーローエンデヴァーに掴まった後にトガちゃんと一緒にやってきて、私はそこで荼毘さんに一目惚れをした。それからは自分でも呆れちゃうくらいにわかりやすくアピールしているのにいつも躱されたり流されたりする。
「お前人の顔見て溜息つくたぁいい度胸だよなぁ」
「…溜息くらいつきたくなりますよ。荼毘さん素っ気ないですもん」
「んじゃ諦めるこったな」
出来るならな。なんて表情で私の顔を見下すように見てくる。荼毘さんじゃない人だったらかなり腹が立つが、でも荼毘さんなら話が別だ。彼なら何をされてもいいと思える。
そりゃ傷つかないわけじゃないけど、荼毘さんの目に私が映らない方が私は嫌だ。
想いを伝えれば荼毘さんは私をもっと瞳に映してくれるのだろうか。この気持ちを伝えたら何か変わるのだろうか。
「荼毘さん…すっ」
「喋るな」
「ッ!」
名前を呼んだだけなのに喋るなと言われ、揚句に口の中に何かを入れられた。舌の上に何か固いものが転がり甘ったるい味が唾液と共に広がる。この味はよく知っている味。私が好んでよく舐めている棒付きの飴だ。なんで荼毘さんがこれを持っているのか聞きたくてもなんて言葉にしたらいいのかが分からない。
なんで私の事を突き飛ばすくせに急に私に寄り添ってくれるの?
突き放すなら私が2度と近寄らないくらいに突き放して欲しい。受け入れてくれるのなら、誰にも見せたことがないような笑顔を見せて欲しい。私を受け止めて欲しい。
「キャンキャン煩い。それでも舐めて黙ってろ」
黒霧さんがマスターをやっているお酒が提供されるお店兼隠れ家の中で、何故私は好きな人の隣で飴を舐めているんだろうか。頭の中で疑問符が行き交って埋め尽くす。なのに口の中に広がる甘さがいつもより甘くて美味しく感じるのは荼毘さんの所為。
そう言えば、黒霧さんや弔くんは何処に行ったんだろうか。2人も姿を見せないのはとても珍しい。個人的には荼毘さんと2人きりなのが嬉しいから構わなのだけど。
「荼毘さん」
「喋るな」
「弔くん達は何処にいるんですか?」
「言うこと聞かない犬かよ」
鼻で笑う荼毘さんの横顔を見つめる。私の質問に答えてくれないあたり知ってても私に教えてくれるつもりはないんだろう。荼毘さんの手の中にいるグラスと丸い氷がぶつかって綺麗な音が鳴る。薄茶色のお酒が入っているグラスに荼毘さんの唇が触れる。店内の照明が氷に当たって輝いている。
「グラスになりたいです」
「は?」
「グラスになったら荼毘さんの唇に触れられるのに」
「触れてやろうか?」
「え?!」
それってどういう意味なのかと荼毘さんを見つめると不意に荼毘さんの瞳が私を捕らえた。
そして口の端を上げて薄く人を馬鹿にするように笑う。その表情も格好よく見えるのだから私は重傷だ。
荼毘さんが腕を伸ばして私の頬に指先が触れる。個性の所為なのか体温が高いように思えるが思えば彼に触れられるのは初めてだ。異性に触れられて胸が躍るような歳でもなければ経験がないわけじゃない。なのに、なのに心臓が早鐘を打って頬に熱が集まって体温が上昇する。
「名前」
「荼毘さ…痛ッ!」
「よく伸びんな」
荼毘さんの指が私の頬のお肉を抓る。揶揄う表情で私の頬を伸ばしたり元に戻したりして楽しんでいるようだが、やられている側からすると痛くて堪らないからやめて欲しい。いくら痛がっても荼毘さんは面白がって離してくれない。触れられて嬉しいのに痛いから離して欲しい。矛盾した気持ちが行ったり来たりする。
「期待したか?」
「ひゃい」
「馬鹿だな」
馬鹿と私を罵る荼毘さんは私が口に含んでいる棒付きの飴を引き抜いた。
「あっ…」
「俺がお前になんかするわけねぇだろうが」
荼毘さんは腰かけていた椅子から立って私の横をすり抜ける。
カランと扉に備え付けられている鈴が鳴り、振り返ると荼毘さんが私の顔を見て口の端を軽く上げて薄く笑う。その口からは飴の棒が見えて呆気にとられる。
ねぇ、それってどういう意味なの?
「子供舌」
じゃあな。そう言って荼毘さんは私に背を向けて店を出た。鈴の音が鳴り扉が閉まって静寂が広がる。1人しかいない空間は何の音もなくてただ私の心音だけが耳に入る。
心臓の上に手を置いても落ち着く気配を見せない。
「ずるいよ…」
継ぎ接ぎの皮膚も、荼毘さんのような個性の炎も、何を考えているのかわからない所も、どんな時も余裕を持っている所も、気だるげなその瞳も話す声のトーンも何もかもに惹かれていく。
「好きって言わせてくれない」
告白しようと何度も思ったがどれも本人によって妨害される。
でもそれに安心している自分がいる。私が一歩踏み込んだ事により今の関係性が壊れてしまうならこのままの方が良いと思ってしまう。
でも、どうしようもなく私が彼を求めている。
初めてあったあの時から。理由なんてきっと一生わからない。
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