暑くて、熱い。



夕方18時。学校から少し離れた川辺の近くにある神社の鳥居の前で待ち合わせ。今日は土曜日で授業も午前中だけで私は急いで寮に戻り準備をして実家に戻った。と言うのも今日は待ち合わせしている神社でお祭りがあるからだ。少しでも着飾る時間が欲しい。

だって折角轟くんが誘ってくれたんだもん。チャンスを無駄にはしたくない。
友達をもう1歩越えたいと企む私はきっと紛うことなき恋する女子だ。

「苗字先に着いてたのか。待たせたか?」
「ううん。ついさっき着いたばっかりだから大丈夫!」

紫陽花の柄の浴衣を着て轟くんを待つこと数分。私服姿の轟くんが表れた。何度か私服姿を見た事あるが何度見てもシンプルで格好いい。

お祭り来ることが少ないという轟くんと一緒にいろんな屋台を回った。射的をやったりりんご飴を買ったり、たこ焼きを買ったりと見て回るだけでも楽しいお祭りが好きな人と回るだけでより一層輝かしいものに見える。

「轟くん!これ美味しいよ!わたあめ」
「聞いた事あるが食ったことねぇ」
「ふわっふわで甘くて美味しいの!」

袋に入って売られているわたあめを1つ購入して私達は花火がよく見えると噂の場所まで移動することにした。
なんで轟くんがお祭りに誘ってくれたかは分からないけど、会場まで来たんだから最後まで楽しみたい。

そうは思っていても、花火が上がる会場に近づく程人混みが酷くなっていき、私は轟くんを追いかけるのに精一杯で少しづつ離れていく背中に焦燥を覚えた。

このまま離れちゃったらどうしよう。

思わず伸ばした手は温もりに包まれ、次の瞬間には誰かに引き寄せられていた。

「悪ぃ」
「っ、ううん…ありがとう」

掴まれた手はそのままにして私達はもう1度歩き出す。繋がってる手から伝わる轟くんの体温と熱を上げ続ける私の体温が混ざりあって身体が酷く火照る。

暑い…熱い。

轟くんに赤くなってる顔を見られたくなくて俯かせるが、そうすると自然と斜め前を歩く轟くんと繋がっている手が視界に入る。

どうしよう…。嬉しすぎて心臓が五月蝿い。

どちらかと言うと繋がっているよりは掴まれているの方が表現として正しいのだけれど、それでも嬉しい。

手を見ていたら余計に意識してしまうからと、私は空を仰いだ。するといくつかの小さな光が暗い空の中輝いていて思わず声が漏れる。

「夜だ…」
「ん?あぁそうだな」

当たり前の事なのに轟くんは優しく肯定してくれた。それがむず痒くて私はもう1度俯いた。

普段なら聞こえる川のせせらぎも今日は聞こえない。代わりに聞こえるのは花火を楽しみにしている人達の賑やかな声だ。打ち上げ花火の会場には着いたけど私達の間に会話は生まれない。掴まれた手は離れているけど人混みの中で肩が轟くんに軽く触れていて右側が熱い。

「あのっ、」
「花火…もうすぐだな」
「…うん、楽しみだね」

無言が続く時間が気まずくて話題なんて考える前に轟くんに話しかけていたけど、轟くんが先に話題を振ってくれた。
今轟くんはどこを見ているんだろうか。こんな至近距離で轟くんといた事がないくて右側を向けない私には確認する術がない。
空を見てるのかもしれないし、何処か遠い所を見ているのかもしれない。

もしかしたら私を見ていてくれてるかもしれない。

そう思うと余計に熱くなる。全身の血液が騒ぎ立てるように駆け巡ってゆく。

「苗字顔赤くねぇか?」
「え?!あ、夏だからね!いやー暑いよね!夏だからね!」
「確かに今日は暑いな」
「早く涼しくなって欲しいね!」

夏だから暑いわけじゃない。轟くんの隣にいるから熱いんだ。轟くん以外の人が隣に立っててもこんなに熱くなることはないと思う。

そう言えないのは私の勇気がないから。

「おっ」
「あ…」

音を立てて花火玉が打ちがり夜空に大輪の花を咲かせる。赤や緑に青と色鮮やかに輝き散るその花に感嘆の声が上がる。ドンと体に響く音を発しながら大きく咲く鮮やかな花に魅入っていると不意に右手が温もりに包まれる。
さっきみたいに掴まれるようなものじゃなく、優しく包まれている。そんな感覚だ。私の右側に立っているのは勿論轟くんだけで私の手をすっぽり包む大きな手も轟くんのものだ。
轟くんの方に顔を向けると一瞬だけ明るく光る。

「今のデカかったな」
「えっ…あ、見れなかったな」
「そうか」
「うん」

一瞬だけ繋がれた手。ほんの一瞬だったのにも関わらず轟くんは見事に私の気を花火から自身へと向けさせた。本人にはそのつもりはないのかもしれないけれど、私の意識を轟くんに向けるには十分すぎる。

「狡いなぁ」
「…悪ぃ聞き取れなかった。もう1回良いか?」
「綺麗だねって言ったんだよ!」
「そうだな」

轟くんと花火が見れるなんて夢にも思わなかった。いつか皆と行けた時にでも一緒に眺めたいなって思ってくらいだったのに、まさか今こうして2人だけで見れるなんて思わなかった。

幸せすぎるこの時間。夢にまで描いたこの時間。

だからほんの少しだけ、あと少しだけ夢を見させて欲しい。

私は轟くんの裾を控えめに引っ張ってみよう。もしこれに気が付いてくれなかったら何もせずに花火を眺めよう。でももし、轟くんが気が付いてくれたら…。

祈るように私は轟くんの服の裾を引っ張った。見上げる轟くんは引っ張る前と変わらずに花火を眺めていて気が付いてないんだとわかった。私は裾から手を離しだらんと力なくぶらさげると、その手を掬うようにもう1度手が温もりに包まれる。

なんで?気が付いてなかったんじゃ…。

「手、このままでもいいか?」

花火の音に掻き消されないようにと配慮した轟くんの声が耳元で聞こえる。私は何度も首を縦に振って隣に立つ轟くんを見上げると、彼は眉を僅かに下げ口の端を少し上げ笑っている。その表情に魅入っていると一際大きな音を立てた花火が夜空に大輪を咲かせる。

意識が花火に移り何度も打ち上がる花火に感嘆の声を漏らす。出来ることならどうか消えないで欲しい。このまま終わらなければいいと、願ってしまう。
そう願ってしまうのに私の身体は早く終わってくれとも叫んでいる。

さっきの比じゃないくらいに暑い…熱い。

これは夏の気温の所為じゃない。轟くんの所為だ。
だからどうか、花火が終わったあとも繋がれていたい。離さないで欲しい。

矛盾したこの気持ちもきっと轟くんの所為だ。



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