星のうたを聞かせて



「爆心地の活躍は目を張るものがありますね」

ニュースを横目に私は鼻歌を歌いながら朝食の準備をした。

今日は爆豪くんと付き合って初めてのイベントを迎える。それはバレンタインやホワイトデーでもなければ爆豪くんの誕生日でもない。私の誕生日だ。

爆豪くんに私の誕生日が今日だとは伝えてないからなんの期待はしてないが、その日だけは空けといて。とお願いだけはした。
この日誕生日なんだーなんて自分からは言い難いから言わないけど、特別な日なんだから1日一緒にいたい。それくらいの我儘は許されたい。

素直とは言いきれない態度で私のお願いを承諾してくれた爆豪くんに感謝しながらも、私は自分が生まれた日を迎えた。

今日はどこに行こうか。なんて浮き足立って考えながも爆豪くんの隣に立っても恥ずかしくないように自分を整えていく。その時間さえも嬉しいのだから恋は凄いものだ、と思わざるを得ない。

夜は美味しいと評判のイタリアンを予約してあるから、それまでの時間をどこで過ごそうか。爆豪くん免許持ってるしドライブなんていいよね。気侭に赴くままに車を走らせたりして…うん。凄くいいかも。

珍しくお休みが取れたと言ってくれた爆豪くんが私の家に車で迎えに来てくれ、私が海が見たいと言うと爆豪くんは文句を垂れながらも海に向かって走ってくれた。

そういう所は全く素直じゃないが、話してる時の口元が緩く上がっていて、全体的に雰囲気が柔らかいから爆豪くんも存外わかりやすい性格をしている。
友人関係が長かった今、その時と今の爆豪くんの雰囲気の違いに無意識に笑顔が零れるばかりだ。

「それにしても今日はお仕事休んでくれてありがとう」
「テメェが煩かったからだろーが」
「もしかして仕事忙しかったかな…」
「…たまには1日くれェ休んだっていいだろ」

爆豪くんなりのフォローなのか、太腿の上に置いてある私の手と爆豪くんの左手が重なった。手の甲を親指で撫で離れていった爆豪くんの手に寂しさを感じるが、それよりも心臓が落ち着かない。

「ありがとう」

そうお礼を言うと、うるせェ。と返ってきた。そういうところも好き。

「爆豪くん!見て!海だよー!」
「見りゃわかるわンなもん」
「久しぶり見たー!」

浜辺の近くに車を止め、飛び出すように海に向かって走る。本当は泳ぎたいが時期的にそれは難しく波打ち際に寄って手を海の中に突っ込む事しか出来ない。

潮の匂いが鼻腔に抜け、潮風がふわりと髪を梳くう。頬を撫でる潮風に目を細め、私は寄せてはかえす波に手をつけた。
ひんやりとした冷たさに心が踊り、悪戯心で後ろに立つ爆豪くんに向かって手で掬いあげた海水を浴びせると、爆豪くんは一瞬だけ驚いた表情をしたがすぐに三白眼の目をさらに吊り上げ、私の頭を鷲掴んだ。

「何すんだテメェ…!」
「海ならではのことがしたくなって」

掴まれただけで痛くはないソレに思わず顔がニヤけるが、ぐっと堪えて爆豪くんの手に触れると彼は私の頭から手を離して、海に浸した手を暖めるように握ってくれた。伝わってくる熱が心地いい。

「冷えてんじゃねェか」
「ふふっ」
「バカ」

手を繋いだまま波打ち際をただ歩く。それだけなのに楽しいのだから恋は盲目だ。綺麗な色の貝を拾って爆豪くんに聞けばすぐに答えてくれるあたりこの人は博学多才だ。

くだらない。酷くくだらないこの時間さえも愛おしい。

細い金色の髪が潮風に揺れ、赤い瞳が私を見ている。口調はぶっきらぼうなのに温かみが感じる話し方。私の歩幅に合わせて歩く優しさその全てが、今日産まれた私への誕生日プレゼントだ。

今日1日という時間が誕生日プレゼント。だったはずなのに現実はそう簡単に行かない。爆豪くんが着信を受け取り曇っていく表情を見て確信した。

「爆豪くん、行ってらっしゃい」
「…送る」
「途中まででいいよ」

仕方のないことだ。彼は人気上位のヒーローで、彼が助けに来てくれただけで被害者は心のゆとりを感じる。もう大丈夫。だって爆心地が来てくれたんだから。と。

帰りの車の中は終始無言だった。
何か話さないといけないんだろうけど、なんて声をかけたらいいかがわからなかった。私なら気にしないで。って言えばいいんだろうけど本心はもっと貪欲に爆豪くんを求めてる。

家の最寄りの駅に着いて私は車を降りた。運転席に座っている爆豪くんは私の目を真っ直ぐに見つめている。

「夜、そっちに行く」
「…ゆっくり休んで」
「行くっつってんだろ。2度も言わせんなや」
「うん」

朝出かけた時よりも大分低いテンションで玄関を通り過ぎ、着の身着のままベッドに身を沈める。
夜に来るって言ってくれてたけどきっと来ないだろう。

あぁ、そう言えばイタリアン予約してたんだっけ?キャンセルしないと。

「仕方ないんだけどさー」

私だって爆心地に救われて爆豪くんを好きになったんだもん。ヒーローをしてる時の爆豪くんだって大好きだけど、今日くらいは最後の時間まで一緒にいたかったって思うよ。
だって、誕生日だよ?

自分の誕生日を教えていない事を棚に上げて、枕に顔を埋め唸り声をあげる。これで悲しい気持ちが紛れる事なんてないけど、寂しい気持ちは少しだけ紛れる。

やってられるか。と枕から顔を上げて冷蔵庫からお酒を取り出し一気に煽る。喉を通る時は冷たいのに身体の中に入ると暑くなる。このまま酔い潰れて寝てしまおう。

いくつか缶を開けてベッドに横になり目を閉じた。薄らと涙が流れるが気にしない。だってこの後誰かと会う用事なんかないもん。爆豪くんだってどうせ家に来れないんだから。

「ばか」


心地よく眠る私の身体が誰かの手によって揺さぶられている。そんな感覚がある。時折声を聞こえ、名前も呼ばれている気がする。

「名前!起きろ!」

起きたくないよ。

「名前!起きろっつってんだろ!」

あぁ、もう何よ。煩いなぁ。

重たい瞼を無理矢理上げると焦った顔をした爆豪くんがいた。息を切らし肩で呼吸して短く吐き出される呼吸に違和感を覚える。

「なん、で…?」
「夜に行くっつったろうが!テメェ何寝てやがるんだ!クソが!」
「だって、来ないって思ってたから」

寝そべっていた上半身を起こすと肩口に爆豪くんの顔が沈む。爆豪くんの湿った額が肩に触れて頬にあたる毛先が擽ったい。

汗、かいてる…走ってきてくれたの?

「ったく、あの没個性敵(ヴィラン)野郎の所為で間に合わなくなる所だったじゃねぇか」
「…うん?」
「名前も一向に言わねぇしよ」
「…擽ったいよ」

いいから黙って聞けよ。と私を黙らせると淡々と話だした。

「ンで誕生日だって言わねぇんだよ。物だって強請んねェしよ」
「いつ、知ったの?」
「雰囲気」

そんな雰囲気醸し出してただろうか?と考えるよりも早く爆豪くんの唇が私の唇に触れた。触れるよりは噛み付くの方が近いのかもしれないが、一瞬で離れたそれに驚きを隠せない。

爆豪くんは顔を俯かせた上で顔を横に向けた。

「…誕生日、おめでと」

おめでとうが酷く小さかったが、確かに私の耳に入った。

「ギリギリ間に合ったな」

時刻は23時54分。まだ私の誕生日だ。
爆豪くんは床に置いていた花束を私に渡してくれた。
爆豪くんの目の様に真っ赤な薔薇の花は5本の束になっている。

「愛してる」
「私も愛してる」

こんなに最高の誕生日を私にくれてありがとう。



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