屈託のない笑顔がいい



 休日の昼下がり、ソファに座りテレビを流し見していると、不意に違和感が訪れた。
 なんだろう。普段と何かが違うというか、違和感がある。熱があるわけでもなければ、どこか怪我をした訳でもない。

 なんだろうか。

 首を傾げた所で、その正体が分かる訳でもない。ぽつりと穴が空いてしまったような、そんな違和感を知ろうと胸に手を当てるが、やはり何も分からない。

「名前どうかしたのか?」
「んー、なんでもないかな…」

 自分でも分からないものを、口で説明しようとしても、相手を混乱させてしまうだけだ。とへらりと笑って誤魔化せば、音之進くんは特徴的な眉毛を寄せて、眉間にしわを作った。

「私に作り笑いはするな」
「ごめんね」

 お互いに忙しく過ごしていた為、すれ違いの生活をしていたが、今日はゆっくり出来るとのことで、久し振りにまったりしていた。
 そんな時間だったから、小さな違和感には邪魔されたくなったのだが、私は自分にもわからない違和感を音之進くんに説明する事にした。

「なんだろうね、胸の中に小さな穴が空いてしまったような、なんと言うか…説明が難しいや」
「…それは私では塞げんものなのか?」
「気にしなくてもいいよ。私も気にしないし」

 そう、気にするようなものでもないそれについて、ここまで考えなくともいいのだ。と自分で言った言葉に自分で納得するが、納得出来ない音之進くんが私と向き合うように座り直した。
 普段のすまし顔が型を崩して、眉間にしわを寄せたまま私を見つめている。
 私以上に私の事を気に掛けてくれる音之進くんには、気になって仕方ないものなのだろう。

「……茶でも飲むか」
「え?あ、あぁいいね。今…」
「いや待っていろ。用意してくる」

 そう言って彼は立ち上がり、キッチンに消えていく。以前彼の実家にお邪魔したことがあるが、それはそれは大きな日本家屋にお手伝いさんが沢山いて、それだけで萎縮したものだが、出されたお茶やお茶請けは美味しかったのを覚えている。
 音之進くんは毎日こんなに美味しいものを口にしてたのか。なんて羨望したものだが、音之進くんが淹れてくれるんだから、美味しいお茶が飲めるに違いないと期待して待つ事にした。

「名前!出来たぞ!」
「ありがとう」

 音之進くんの実家に遊びに行った時に、お母様にお土産に貰ったお茶っ葉が残っていたから、それを使ったのだろう。あの時のようないい匂いが鼻腔を通り抜ける。
 湯気の立つティーカップに口を近づけ、息を吹きかける。何度か息を吹きかけ少量を口に含むと、舌に渋みが広がり、慌ててお茶が喉を通り抜けていく。

「味はどうだ?初めて作ったにしては綺麗な色が出来ただろう」
「……うん、確かに綺麗な色だね…」

 確かに琥珀色の綺麗な色をしているが、圧倒的に味が違う。しかしそれを伝えるには得意げに笑っている音之進くんを傷つける事になってしまう。
 
 それにしたって……。

 普段あんなに美味しいお茶を飲んでいて、自分では作れないなんて…っ!何でも器用に熟しそうに見えて、案外不器用な音之進くんが何だか急に愛おしく思え、カップを持つ手が小刻みに揺れる。笑い出すとなかなか止まれないもので、私はカップをローテーブルの上に置いて、肩を揺らし笑った。

 急に笑いだした私に動揺した音之進くんが、私の顔をローテーブルに置かれたティーカップを交互に見ている。

 愛おしさが耐えきれなくなった私は、隣に座る音之進くんの首に腕を回して抱き締めた。するとキェエエ!と何とも不思議な叫び声を出すが、これは照れているのだと私はもう知ってしまっている。
 嫌がっている証拠ではない。

「好きだよ、音之進くんが好きだよ」

 好きだと言うのが恥ずかしくて、滅多に伝えないが今はもう、言わないと気が済まない。両腕で音之進くんの頭を抱き締めながら、伝えると彼は私との距離を取った。

「ないでちょかっそげん事をゆど。今までゆてくれた事がなかったじゃらせんかっ!!」
「あ、ごめん。早口の薩摩弁はまだちゃんとは聞き取れなくて…」

 音之進くんは切れ長の目尻を赤く染まらせ、眉間にしわを寄せ勢いのまま出身の薩摩弁で話すが、生憎私には聞き取ることが未だに出来ない。
 それを知っている音之進くんは、滅多に早口の薩摩弁は使わないのだが。

「……不意打ちは卑怯だぞ名前」
「言いたくなっちゃって」

 拗ねた表情をした彼は、片手で私の顎を掬い持ち上げ唇に、自身のそれを重ねた。啄むでもなく、深くなるわけでもない。ただ重ねるだけのキスに更に愛おしさが溢れる。
 唇が離れると、今度は私が音之進くんによって抱き締められる。頬が音之進くんの肩にあたり、目の前には褐色の首筋が見える。

 痛いくらいに抱き締められたかと思うと、今度は力ないまま抱き締められ、離れていこうと思えば、簡単に腕の拘束から逃れられる。
 そんなことはしないのだが。

「大方、寂しかったのではないか?ここ最近擦れ違っていたからな」
「違和感の正体…?」

 成程、私は寂しく感じていたのか。2人で過ごす時間は確かになかったから、多分音之進くんに甘えたかったのだろう。
 だったら納得する。今は違和感なんてものはなく、寧ろ満たされている。

「今はもう満たされてるよ。音之進くんのお陰だね」

 彼の背中に手を回して、そう言うと私の背中に回る腕の拘束に力が入る。
 それが嬉しいと言ったら、この人はどんな反応をしてくれるのだろうか。

「名前には幸せそうに、屈託なく笑っていて欲しいからな」
「それは私だって音之進くんに思ってるよ」

 何をするでもない。ただの時間の浪費と言えばそうなのだろう。今日2人が生産したものと言えば、あまりにも渋い紅茶だけだ。
 それでもこの時間はかけがいのないものだと思える。

 きっと音之進くんは機嫌よく笑っているのだろう。そんな日がいつまでも続けばいい。そして、その隣には私がいますように。なんて柄にもなく願ってみた。



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