魔法にかかろうよ
美味しそうな匂いを纏わせるポップコーンに、小腹がすいたらいつでも食べられるお手軽な軽食やスイーツ。気分を高めるBGMに、見て楽しい乗って楽しいアトラクション。
入った瞬間から夢の国の魔法がかけられ、夢のような一時を過ごす。
それが恋人とだったら、さらに夢のようではないのでしょうか。
「名前ちゃん!次あれに乗ろうよ」
「いいね!待ち時間は…」
鞄に入れてあるスマホを取り出して、専用アプリで待ち時間を見ると、そこまで混んでおらず、ここからも近い為、私達は直ぐに目的のアトラクションに移動した。
佐一くんとここに来るのが私の夢だった。お互いに何かと忙しくて、予定が合わなかったのだが、今回漸く合うことが出来て、こうして思いっきり楽しむ事が出来ている。
「見てよ名前ちゃん!」
私の右手に指を絡めて繋ぐ佐一くんが、興味が惹かれたものを指さして私に笑いかけている。大学の活動で出来てしまった顔の傷だって、今となっては彼の魅力の1つに思えるのだから、恋をすると周りが輝いて見えるのは本当の事なのだろう。
大きな山をトロッコで駆け巡ったり、大きなワッフルを食べたりして満喫いていると、不意に佐一くんの足が止まった。どうしたのかと首を傾げると、佐一くんの喉が上下に動いた。
見上げた表情は頬を赤らめ、その目は輝いていて、まるで少年が憧れのヒーローに会ったかのようなものだった。
「佐一くん?」
「名前ちゃん、あれ食べよう」
「あれって…?」
佐一くんが指さしたのは、鶏肉の照り焼きだった。漫画のようなお肉を丸齧り出来るそれを売っているワゴンからは、確かにいい匂いが漂っている。
美味しそうではあるのだが、大きなワッフルを食べた手前、お腹がいっぱいでどうも私には入りそうにない。佐一くんは食べ切れるの?と聞くと、屈託のない笑顔を見せた。
「別腹だから!」
「そしたら一口だけ分けて欲しいな」
そう言うと、佐一くんはワゴンに向かって歩き出した。勿論手を繋いでる私もつられるように足を前に出して歩く。
人気メニュー故に結構な人がワゴンを取り巻くように並んでいて、私は待っている間スマホを取り出し、とあるサイトに接続した。
こんなに喜んでくれるなら、ちょっと奮発してもいいよね?
予約困難なレストランの予約画面を開いて、キャンセルが出てないか確認するが、人気故にキャンセルは出ていない。
お目当てのお肉を手にすることが出来て、佐一くんがかぶりつくと、何処か野性味を感じるが、その表情は輝かしいものだった。
「このお肉ヒンナっ!」
「ヒンナだね!」
アイヌの研究をしている所為なのか、たまに佐一くんの口からはアイヌ語が飛び出してくる。それを不快に思ったことはないし、寧ろ自分のものに出来ている事に尊敬する。
頑張り屋さんな所も好きだな。
笑顔でお肉を頬張っている佐一くんにつられて私も口元を緩めた。
アトラクション待で並んでいる最中も、時折スマホを取り出して、キャンセルが出てないか確認するが成果はなく、苦笑いしながら画面を暗くさせた。顔をあげると、不満そうに眉間にしわを寄せている佐一くんがいて、どうしたのかと訪ねると、顔ごと私から逸らして拗ねたように言った。
「別にー」
「どうしたの?」
なんで急に拗ねてしまったのかが分からなくて、苦笑いしながらめげずに佐一くんに話しかけると、彼はやっと私の顔を見てくれた。
「佐一くん?」
「なんか、俺よりもスマホの方が良いみたいじゃん」
「そんな事ないよ」
佐一くんが大事だよ。と伝えると彼は嬉しそうに笑うが、一瞬で顔を引き締めて、本当に?と念押しするように確認してきた。
「勿論」
迷うことなく答えると、佐一くんは今度こそ隠すことなく、照れるように笑った。あぁ、その表情も好きだなと言ったら佐一くんはもっと照れてしまうのだろう。
これはもっと喜ばせてあげたいという欲が大波のように押し寄せる。何が何としてもあのレストランの予約をもぎ取ってやる。と気合を入れ直し握り拳を作った。
だがしかし、1度拗ねてしまった佐一くんは私がスマホを取り出し、弄りだすと、名前ちゃーん。と私の名前を呼んで佐一くんに意識がいくように仕向けてくる。
「もうちょっと待っててね」
構ってくれないと分かったのか、佐一くんは私の手を揺らしたり、毛先を弄ったりし始めた。そんな事をされたら、構うしかないじゃないか。と根気負けした私がスマホを仕舞うと、佐一くんは嬉しそうに笑い、次はどこに行く?と私の好きな笑顔で語りかけてくる。
叶わないな…。
いくつかのアトラクションを待っている間、それを繰り返し、漸く運の神様が私に微笑んだ。キャンセル待ちが出て予約出来たのだ。流石にその時ばかりは佐一くんに構ってあげられなかったが、きっと彼も喜んでくれるはずと、ほっと一安心していると、佐一くんが私を恨めしそうに見ていた。
「さっきからスマホをばっかり弄ってるよね…俺とのデートなのに」
「もう弄らないからごめんね。それより行きたいところがあるんだけどいいかな?」
「……なーに?」
完全に拗ねてしまった佐一くんの両手はパーカーのポケットに入ってしまっている。普段は手を繋いで歩く為、腕を組んで歩いたりは滅多にしないし、密着具合が高く、恥ずかしくてしないのだが、夢の国に来て気分が高まったのか分からないが、私は自ら進んで、鍛えられた佐一くんの腕に自分の腕を絡ませた。
「名前ちゃん?!」
「さぁ!行こう!」
顔を赤くし驚いている佐一くんを尻目に、私は目的地に向かって歩き出す。完全に私の歩幅で歩いているから、佐一くんの足の長さだとゆっくり過ぎるのだろうが、何も言わずに併せてくれる。もっとスピードが遅くたって彼は文句を言ったりしない。そういう優しさを持ってる人だ。
「何処に行くの?」
「それは着いてからのお楽しみ!」
予約困難のレストランは、海賊のアトラクションから見える仕様になっていて、落ち着いた雰囲気がありつつも、夢の国を忘れてない。そんな不思議な空間が広がっている所だ。
「名前ちゃん…これ…」
「ここに来れた記念にね!」
テーブルの上に置かれたランプが、橙色の淡い光を発している。その光に照らされた佐一くんの瞳は潤んでいて、思わず目を見開いた。
「俺、知らなくて…恥ずかしい」
「構ってちゃんな佐一くん可愛かったけど?」
「そういう事言わなくていいからっ!」
名前ちゃん格好よすぎ。嬉しそうに、されど恥ずかしそうに笑う佐一くんを見て頑張った甲斐があったなと満たされてしまった。
その後、出てきた料理に舌鼓を打ちお城のショーもじっくり見て、人の流れに逆らわずに帰ることになった。
「楽しかったね!」
「……あのさ、帰したくないって言ったら困るかな?」
「佐一くん?」
立ち止まった佐一くんが私と向かい合い、両手を握る。緊張しているのか、普段よりも強く握られた手は少し痛いが、じんわりとした佐一くんの暖かさを感じる。
「…ホテル、取ってあるんだ」
「え?!」
予想外すぎる一言に、驚きの声を上げてしまう。何人かが此方を見たような気がするが、正直それどころじゃない。
「ごめん、今夜は帰せそうにない」
佐一くんが私の耳元に唇を寄せ、余裕がなさそうに囁いた。普段私に見せていた少年のような笑顔はなりを潜めて、今はただ、私を求めてる佐一くんがそこにいるだけだ。
もう少し、2人の夜を長くしたって罰は当たらない。だってここは夢の国なのだから。
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