運命に傷をつけたのは



彼、爆豪勝己と出会ったのは全くの偶然にして全くの不運だった。

私は趣味で雄英高校の花壇に水遣りをしているのだけれど、思いの外勢いよく水が出てきて制御しきれず、たまたま目の前を唯我独尊、プライドエベレストと有名なあの爆豪勝己くんが通りかかり、それは盛大に水を被ってしまったのだ。

終わった…。

その言葉だけが肩に重くのしかかる。
噂だと彼をキレさせたら最後、地獄の果てまでも追いかけて彼の個性である爆破でボコボコにされると聞いた。

あまり足の早くない私が今から逃げてもすぐに捕まる。
…あぁ、お母さんお父さん、名前の先に逝く不幸をお許しください。

綺麗な金髪の毛先から水滴がゆっくりと落ちる。前髪で隠れていた鋭い三白眼が、鮮血の赤の瞳が私を捕らえた。
背中に電気が走ったかのような衝撃が襲い、何を思ったのか私は謝ると同時に手に持っていたホースをまた彼の顔に向けてしまったのだ。

「殺すぞ!!てめぇ!!」
「ひっ!ごめんなさい!すみません!!」

必死に何度も謝って謝ってそれでなんとか許してもらった。縁は奇なるものなのか私と爆豪くんは何度も廊下や中庭で顔を合わせるようになり、怖かった彼の顔にも慣れて普通挨拶できるようになった。

「おはよう」
「話しかけてくんな」
「今日も元気そうだね」

挨拶をしたら立ち止まって話を聞いてくれる。暴言を吐きながらも視線は合わなくても耳を傾けてくれる。いつしか私は彼のそんな優しさに惹かれていった。

「俺はオールマイトを超えるヒーローになる」

それが爆豪くんの口癖に似た目標で、叶えるべき夢なんだと気がついた。
真っ直ぐにそれだけを見て超えるべき目標をちゃんと見据えて1日1日弛まずに努力している。そんな爆豪くんが何時しか私の心の支えとなった。

爆豪くんも頑張っているんだから私も少しづつ頑張っていこう。

なりたい目標もなければ夢もない。だけどそれが見つかった時に何も出来ない自分にならないように。

「爆豪くん、私頑張る」
「ハッ、アホらしい」
「酷いよ。爆豪くんみたいにとはいかないけど視野を狭めないように出来ることはしていきたいな」
「知るか。俺はオールマイトを超えるヒーローになる…それだけだ」

敵を見据える時の顔はどちらが敵なのかわからないほどに怖くてそして不敵に笑うんだと爆豪くんの幼馴染の緑谷くんに教えてもらったことがある。

私はその様子を1度も見たことがないけど、でも爆豪くんが夢を語る時、幼い少年のような純真な瞳で真っ直ぐ前だけ向いて夢を描く。その姿はとても格好よくて愛おしい。

そんなある日雄英高校は記者会見を開くことになった。それは爆豪くんが敵連合を名乗る連中に強化合宿中に攫われたというもので、私はそれを知った時に息をするのを忘れテレビ画面を見つめていた。そして後に神野事件と呼ばれる日本中が、もっと言えば世界中が涙する出来事が起こった。
それはNO.1ヒーローオールマイトの事実上の引退。
平和の象徴がいなくなったこの日本はどうなっていくのかとニュースでは何度も取り上げられたが私はそんな事よりも、夢に向かって真っ直ぐにひたむきに走る爆豪くんの事を思っていた。

雄英高校は全寮制になり私たちはそれぞれクラスに与えられた寮に入る事となった。

「ちょっと散歩に行ってくるね」
「あまり遅くならないようにね!」

神野事件から爆豪くんに会ってない。事件前はほぼ毎日会ってたのにここ最近会えてない。

会いたい。

そんな気持ちが溢れて零れ落ちる。
会っていつもの様に話がしたい。そんな願いが届いたのかベンチに座って星を眺めている爆豪くんの姿を見つけた。

「爆豪くん…」
「お前か」
「隣いい?」

真ん中に座っていた爆豪くんは少し横にずれて私の座る隙間を空けてくれる。

「会いたかった」
「俺は別に会いたくなかった」
「安心した」
「興味ねぇ」

いつもより覇気のない声で話す爆豪くんに切なくなる。
元気がない理由なんてオールマイトの事しかない。

「爆豪くんはどんなヒーローになるのかな」
「俺は、俺は…」

オールマイトを超えるヒーローになる。以前なら即答していたそんな言葉を今の爆豪くんからは出てこない。

「俺がオールマイトを終わらせちまった事に変わりはねぇんだ!!」

爆豪くんはベンチから立ち上がり、空に向かって叫ぶ。それは決意表明で彼の決定事項。

「俺はっ、オールマイトを超えるヒーローになる!!」

何処か言葉をつまらせながら叫んだソレは私には、流れる涙を止めるための虚勢に見える。

「爆豪くん」
「見んじゃねぇ!」
「見ないから、側にいたい」
「……好きにしろ」

爆豪くんの背中からお腹に腕を回して、背中に頬をくっつける。大丈夫。大丈夫だよ。そんな気持ちが少しでも伝わればいい。

オールマイトはきっとこれからも目標として爆豪くんの越えるべき壁になる。オールマイトの活躍や栄光は人々の中で生き続け美化されていく。
それを超えるのは恐らく不可能に近い。
きっとそれは爆豪くんも分かってる。でも彼はそれでもなおオールマイトを超えようと、決めた事をやり抜こうとしている。

「名前」
「なに?」
「俺のそばにいろよ。離れんな」
「うん!」

告白とも呼べないその言葉が私には嬉しくて堪らない。
これから先爆豪くんがどんなヒーローなっていくかを私は誰よりも近いところで見れるのなら、それに見合うだけの人になりたい。

「爆豪くん、ここからだね」
「わーっとるわ。ナメんな!」

あの日交わらなければきっと今の2人にはならなかった。1つの偶然が起こして今があるのなら私はそれを大切にしたい。

爆豪くんは振り返り、背中を丸めて私の額と自身の額を重ねる。間近に見える爆豪くんの顔はもう泣いてはいなかった。

「俺は今お前に誓った」
「うん。ちゃんと見届けるよ」

貴方がヒーローとしてオールマイトを超えるその日を。



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