もしも夢の国に行ったら



本日朝の10時。空は雲1つない晴天で私と轟くんはテーマーパークの入口の前で並んでいた。ここは所謂夢の国と言われている所で園内に入ってしまえば現実なんてあってないようなもの。全てが夢と魔法で出来ている空間。

「轟くん、皆と来れなかったのは残念だけど楽しもうね!」
「あぁ」

本当は1-Aの皆で来る予定だったのだがそれぞれに予定が入ってしまった為、折角だからと2人で入ることにしたのだ。
それにしても21人中19人に急に予定が入るってどう言う確率なんだろうか。個人的には片思い相手と夢の国に来れるって言うだけで緊張するのだが、これはなんてご褒美なんだろうか。

ゲートをキャストの方に行ってらっしゃい!と手を振られながら潜り抜けると目の前にまさに夢の国が広がっていた。

「轟くん!見てみて!あそこにいるのって!!」
「きぐるみだろ?」
「…え、待って、轟くんここに来るのって…」
「初めてだ」

それがなんだ?と言いたげな表情に言葉が出なかった。どんな家庭環境に育ったんだと問い質したくなるがエンデヴァーさんを父の持つ轟くんだったらあり得るとすぐに自分で納得した。

それなら今日はとことん楽しませたい。
こんなに楽しいところがあるんだと教えたい。

「轟くん!私に任せて!!」
「お、おう…?」

両拳にグッと力を入れて気合を入れ、頭の中でどうやって園内を回るか考えるが待ち時間がざっくりとしか読めない為、先ずはシンボルであるノイシュヴァンシュタイン城がモデルとなったお城に行くことにした。
お土産屋さんやグッツが並ぶストリートを真っ直ぐに抜けると大きくお城が目に入り轟くんが目を大きくさせていた。

「苗字ここに誰か住んでんのか?」
「へ?!いや、えっと…なんで?」
「あそこに人いるだろ」

轟くんが指さす方には大きな窓の奥にぼんやりと人の姿があって、あぁ。と納得した。

「お城の中に入れるんだよ!私達も行く?」
「いや、勝手に入るのは拙いだろ」
「え、そう、だね?」

なんか違う気もするが、まぁいいっか。と夢の国のアトラクションを満喫する事にした。海賊の船に乗ったり保安官になれるかどうかシューティングしたり、黄色いクマの夢の中に入ったり小さな世界をボートに乗って巡ったりして気がつけばお昼を過ぎていた。

「轟くんお腹空かない?」
「そう言えば…苗字なんかいい匂いしねぇか?」

そう言って轟くんが立ち止まって私に顔を近づける。急な展開についていけずに固まっていると、轟くんが何かに気がついたように、あっ。と声を出した。

「出店が出てんのか」
「え!あぁ!うん!!そう!ワゴンね!」

吃驚した。本当に吃驚した。突然の出来事に止まっていた心臓がドッと鼓動を鳴らしだし今更鼓動を早くさせる。
ワゴンで売っていた軽食を食べて3大マウンテンの一角を担うアトラクションを目指して歩き出した。園内に入ってすぐに取れそうな時間的優先券を発券しておいだのだ。

キャストさんに発券した券を見せてスタンバイで並んでいる人達の横を通り抜けていく。

「急上昇急降下急旋回、か」
「轟くんこういうの苦手?」
「いや、乗ったことねぇからわかんねぇけど大丈夫だ」
「よかった!」

キャストさんの案内で先頭になり席に座り、行ってらっしゃい!の合図で出発する。そして事件が起こった。

この大きな山のジェットコースターは一瞬だけ真っ暗になる箇所が数個あり、その内の1箇所で前の手摺を掴んでいる轟くんの手と私の手が重なってしまったのだ。重なった瞬間慌てて離したのだが、今度は轟くんの手が私の手の上に重なってしまい、最早私はこのアトラクションを楽しむとかって言う感覚にはなれずひたすらに暴れる心臓を落ち着かせるのに必死だった。

おかえりなさーい!キャストさんの明るい声が遠くに聞こえる程に自分の心臓が五月蝿い。

「大丈夫か?」
「あ、うん!大丈夫!降りようか!」

顔を覗き込んでくる轟くんが心配そうに私を見てくるので、笑顔を作って首を横に振る。そうか。と離れていく手に安心と寂しさを感じながらも下車し次のアトラクションを目指すことにした。

その後も幽霊の住む住宅を覗いたり大スターの音楽鑑賞をしたり白雪姫やピーターパンのアトラクションに乗ったりと2人で楽しんだ。轟くんはアトラクションに乗る度に、どうなってんだ?と首を傾げたり驚いたりしてて、それが可愛く見えた。

そして第2の事件が起こったのだ。
水飛沫の山に乗った時の事。最後の最後に豪快に水がかかり着ていた服が濡れてしまったのだ。そこまではいい。それを楽しむアトラクションみたいな所もある。
問題はそれを見た轟くんが自身の腰に巻き付けていた開襟シャツを私にかけてくれたのだ。

「それ着てろ」
「え?でも轟くんも濡れてるし歩いてれば乾くよ」
「ダメだ」

轟くんが顔を赤らめて私から目線を逸らすので何事かと思い、濡れた衣服を見ると所々透けていて恥ずかしさで腕で胸元を隠して身を丸くさせると、轟くんが私に背を向けた。

轟くんに見られたかもという恥ずかしさよりも、上着を貸してくれたり、見ないようにしてくれる優しさにまた心臓が暴れ出す。

好きって気持ちが溢れ出して止まらなくなる。

「行くか」
「うん」

轟くんの背中を見て歩いているうちに濡れた服も乾き、夜のパレードの時間になった。色んなキャラクター達がLEDライトで輝くフロートに乗ってゲスト達を笑顔にさせている。
私も例に漏れずキャラクター達に魅せられて終始口元が緩みっぱなしで、轟くんがそれを見て目を細めて笑ってたとは知らなかった。

「終わっちゃったね」
「あぁ、苗字ありがとうな」
「ううん。私の方こそありがとう」

パレードの余韻が残ったまま笑い合っていると、周りにいた人達が動き出して人波に流されてしまった。
咄嗟に轟くんに手を伸ばすと彼は私の手を掴んでくれて、そのまま引き寄せた。

「苗字っ」
「ご、ごめんね」
「謝るな。それより大丈夫か?」
「うん。ありがとう」

人波に流されないように轟くんが私の手を握ってくれて、そのまま園外に行くつもりなのかゲートの方に向かって歩き出した。

歩き続けてると人も疎らになってきて、手を繋がなくても逸れないようになってきたが轟くんはずっと私の手を握ったままで、赤くなった頬を隠す為に私は顔を俯かせる。

期待、しちゃうから。

もしかして…、なんて思いが私を舞いあがらせる。
聞かなきゃいいのに聞きたくなってしまう。

私のこと好きなの?って。

「轟くん、あの、手…」
「悪ぃ、嫌だったか?」

そんなわけない。嬉しい。嬉しくて心臓が五月蝿いんだよ。

「ううん。轟くんは嫌じゃない?」
「嫌だったら握んねぇし、そもそもアイツらが来ねぇってわかった時点で帰ってる」

ねぇ、期待しちゃうよ?
そんなこと言われたら私この気持ちが止まらなくなっちゃうよ。

「轟くん、私、私ね」

立ち止まって勇気を振り絞り、一世一代の告白をしようと轟くんに声をかけるが寸前の所で尻すぼみしてしまう。
本当、私の意気地無し。

「どうかしたか?」
「ううん、轟くんは優しいね」
「優しくねぇぞ。自分の事ばかりだ」

隣に立つ轟くんは真っ直ぐ前を見つめたかと想えば、私の目を真っ直ぐに射抜く。

「アトラクションに乗った時も苗字の反応が見たいから手を離さなかったし、濡れた時も他の奴らに見られたくねぇから貸しただけだ。今だって俺が離したくねぇだけだ」

困ったような表情をする轟くんはどこか迷子の子供のようだ。

「俺以外の奴の目に触れて欲しくねぇ。これってなんていう気持ちなんだ?」

私は轟くんの告白紛いの言葉に、背中を押されて背伸びをする。
精一杯背伸びをして轟くんの耳元に顔を近づける。
こんなに近づいたらこの五月蝿すぎる心臓の鼓動がバレてしまう。それでもいい。
2人の気持ちが同じなのだから。

「それはね…」



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