女の足駄にて造れる笛には秋の鹿寄る



昔から痴漢とかには遭ってきたほうだ。特別顔がいいわけでもなければスタイルだっていいわけでもない。まさに平々凡々を体現したようなそんな女だ。それでもそう言った性的被害に遭うのは個性の所為だ。

色香。これが私の個性だ。
私はあまり感じないがどうやら甘い匂いを体から発しているらしくそれを嗅いだ人は惑わされるらしい。
俗に言う女の色香に惑わされる。って奴だ。これまで色んな経験をしてきたが特に恋色沙汰は大変だった。やれ人の彼氏取るなだとか色香に惑わされて迫ってくる男の人など沢山いた。今は職業がヒーローであるショートこと轟くんとお付き合いさせてもらっている。これもこれで中々大変だが誠実で真面目な彼にとても好感を持っていた。
…いや、持っている。

「名前悪ぃ。勃った」
「えっ、あ、えっと…そんなに素直に申告されましても困ると言うか」
「キスしてぇ」
「まっ…ん、ふぁ」

可愛い。可愛い。と何度も囁きながらキスの嵐が顔中に降りかかる。大きく膨れ上がった轟くんのソレを私に擦りつけるように腰を動かしている彼は私を痴漢から助けてくれたヒーローだ。色香に中てられた轟くんはよく私に迫っては息を奪う程の性急なキスをする。でも最後まで致したことは事はない。キスをした後轟くんは頬を高揚させ凄く辛そうな表情を浮かべて私から距離を取る。

「名前」
「ンん、とっ、どろき、くん…」
「あんま見んな。抑えらんねぇ」

今も私の顔を切なそうな辛そうな顔をして見ている。多少変態じみた所はあるもののやはり轟くんは真面目で誠実な人だ。私が嫌がる事をするような人ではない。偶に残念だが。

「ヌいてくる」
「へ?!あ、はい…」

私の前に座っていた轟くんはそう言って立ち上がり、トイレに向かって歩きだした。それを引き留めようとは思った事はないがなんだか申し訳ない気持ちになる。私の所為で興奮して私がそういうのに抵抗があるから自分で処理する。何とも非効率的。
いや、そもそもの話私が拒まなきゃいいんだがトラウマ的なのが邪魔をするのだ。

…でも、そもそも会う回数が少ないのだからそういう繋がりを持ってもいいのかもしれない。
轟くんは私とそういう行為を求めて付き合っているわけじゃない。それははっきりとわかる。

「轟くん!」
「なんだ?」
「私、私ね、轟くんとならいいよ」

歩き出した轟くんを引き留めて、轟くんの履いているチノパンの裾を軽く摘まんで遠ざかって行かないように引き留めると彼は止ってくれた。今の光景を傍から見ると彼氏に出て行かれそうになっている所を必死に引き留めいる彼女。だろう。

「手、離してくれ」
「あ、はい」

言った言葉は帰ってこないのは知っているが、若干の後悔が襲って来た。今まで轟くんが大切にしてくれていたその気持ちを無碍にしてしまう事になるのだろうか。

どうしよう。と頭を悩ませていると轟くんがその場でしゃがみ込み俯いている私の顔を持ち上げようと顎を攫う。
促されるまま顔をあげると欲深い瞳をした轟くんと目が合う。欲情しきっている時の轟くんの瞳は怖いほど私の気持ちを攫って行く。これじゃどっちが個性が色香なのかが分からない。

きっと惑わされているのは私の方だ。

裾から離した手を轟くんの頬に伸ばして顔を近づける。初めて自分から唇を重ねた。いつもと同じ感触の筈なのに神経がそこに集中しているのか、緊張しているのかわからないが轟くんの息遣いも唇から伝わる熱も何もかもが新鮮で心臓が早鐘のように鳴る。
ほんの僅かな間だった。轟くんが私にしてくれるようなキスは私には出来ないし、そんな余裕もない。でも精一杯の気持ちを伝えるにはこれが一番いいように感じた。

「私本当に…っん、ふぁ」
「名前嫌なら逃げろ」
「んん、嫌じゃ、…んく」

言葉を遮られ、嫌なら逃げろ。と言う割には背中に腕を回して離してくれそうにない轟くんに愛しさが込みあがる。逃げる気なんて元からさらさらない。私は轟くんの首に腕を回して受け入れる体制を取った。轟くんは私のこの意味が伝わったのか酸素を取り入れる為に少し開けた口にぬるりと舌をねじ込んだ。ざらついた轟くんの舌が私の口内を蹂躙して回る。

「息が…っ」
「悪ぃ、止まんねぇ」
「ふ、ぅ…ここじゃやだぁ」

今私達がいる場所はリビングでもっと言うならフローリングの上だ。ワンルームのこの部屋にはすぐ横にベッドが置いてある。今致すなら固い床よりは安物だが柔らかいベッドの上が良い。そんな願いは聞き入れられて轟くんは私を横抱きにしてベッドに運んでくれた。
ついでと言わんばかりに無造作に服を脱ぎ捨てた轟くんの身体は流石ヒーローと言わんばかりによく鍛え上げられていて所々に細かい傷がある。私の知らない処で私の知らない人を命張って助けた勲章なのだろう。

「本当にいいのか?」
「うん。貰ってください」
「なるべく優しくする」

そう言って轟さんは私に覆いかぶさった。その瞬間足の低いテーブルに無造作に置かれた轟くんのスマホが鳴った。その音にはあまり聞き覚えがないのだが、轟くんには聞き覚えがあるようでピタリと動きを止めて深い、深い溜息を吐く。そして素早い動きでそのスマホを取り端末を耳に当てる。

「ショートです……はい…はい……わかりました。急行します」

電話の向こうの声は聞こえなかったが轟くんの言葉で嫌でもわかってしまう。
敵がどこかの街で暴れているんだ。それでヒーローである彼が呼ばれたのだ。今日はオフだって会った時に言っていたが休日なんてヒーローにはあってないようなものなのだろう。大体のイベントはスルーだし待ち合わせは遅刻かドタキャンが常だ。それを恨んだことも責めようと思った事はないが、今回はタイミングが悪すぎた。

こんな時にか…。とショックを受けているのは私だけではないようで、私に跨っている轟くんは咋にテンションが落ちている。なんて声をかけたらいいのだろうか。

「轟くん…」
「…行ってくる」
「気を付けてね」
「必ずここに帰ってくる。その時はヤるからな」

そんな宣言と共に彼は衣服を纏って私の部屋から出て行った。勿論その日のうちに帰ってくることはなく、私と轟くんはその後暫くゆっくりとした時間が取れず、会っても私の個性で轟くんが中てられるもヒーロー活動に呼ばれる。そんな日々を繰り返すだけだった。

「今度こそは」
「そこまで気合を入れられると恥ずかしい」
「名前はそのままでいいだろ。十分可愛い」
「…天然怖い」


女の足駄にて造れる笛は秋の鹿寄る。


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