爆豪と片思い少女

ずっとずっと好きな人がいる。その人は私よりも5つ年上で私の事を妹位にしか思ってくれていない。それでも彼の傍にいられたらそれでいいと思って生きてきた。

それに甘んじていたからか、彼に彼女が出来た。初めて出来た彼女なんだと喜び嬉しそうに私に報告してくれた。それが如何に残酷かなんてきっと彼は考えたことがないのだろう。
この気持ちをいっその事彼にぶつけてしまおうか。そして私で困らせてしまおうか、なんて考えたが実行する事は出来なかった。私は彼と彼の彼女が幸せそうに歩いている所を見てしまったからだ。
あんな顔を見たら困らせる事なんて出来るわけがない。

失恋、か…。

彼とその彼女の姿を街中で見る度に何かが壊れていく音がする。恋心が壊れていってくれたらどんなに嬉しいことなのに、私は図太くも彼の事が好きなんだ。

「目ェあんま擦ンじゃねェ」
「う、ん…けど止まってくれない」

涙を零す時には必ずと言っていいほどに爆豪くんが傍にいてくれる。普段の爆豪くんなら泣いてる人を見ても平然と素通りする人だが私には優しくしてくれる。
その理由に気が付かないほど私はバカじゃない。
前に1度だけ、私はずっと彼が好き。と遠回しに爆豪くんのことは好きにならないと伝えるも、爆豪くんは平然とした顔で、それがなんなんだよ。と返してきた。

爆豪くんは目敏く泣いてる私を見つけては優しく抱きしめてくれた。何度も頭を撫でて落ち着くまで何も言わずに待ってくれる。私が散々泣いたら今度は手を引いて一緒に帰ってくれる。

そんな爆豪くんを好きになれたらどれだけ幸せなんだろうか。
それでも私の心は私を妹のように思ってる彼の存在を求めてしまう。

心に焼け付くほどの気持ちを持っている。

とめどなく流れていた涙が漸く止まり、私は爆豪くんに手を引かれながら家路に着く。普段は何も言わない爆豪くんが珍しく口を開いた。紡がれた言葉に胸が痛んだ。

「フラれてこいよ」
「い、…やだ」
「テメェいい加減にしろよ!ちったァ前に進む努力をしろ!!」

前に進む、努力?
私が前に進んだら彼はどこに行くの?私はずっと彼の背中を追いかけてきたのに違う道に進んだら私はどうしたらいいの?

「私はあの人の隣に立ちたい…あの人の傍で笑っていたい」
「…だったらその努力をしろよ」
「うん」

私が彼の妹に甘んじていた結果がコレなのだから、私が何とかしないと状況は変わらない。
…もう背中を追いかけるのはやめよう。
私はあの人の隣に立ちたい。

「ありがとう」
「んでさっさとフラれて俺のモンになれよ」
「フラれたくは、ないなぁ」



翌日私は雄英の寮から1番近い公園に彼を呼び出して想いを伝えたが、そんな目で見れない。と申し訳なさそうに断られた。彼は最後の最後まで優しくてフラれたばかりだと言うのにまた恋に落ちた。

「家まで送ってあげたいけど名前ちゃんが辛いよね…」
「ごめんね」
「名前ちゃん今寮暮らしなんだっけ?友達か誰か呼べそう?」

そう言われて真っ先に思いついたのは爆豪くんだった。でもここで爆豪くんを呼ぶと私が爆豪くんの気持ちを利用しているみたいで気持ち悪くなり、結局1人で帰ることにした。優しい彼はずっと心配そうに私を見ていた。

まだ完全に日が落ちきってない時間帯だから1人で帰れるのに、それでも心配してくれる。ほら、また好きになる。

「辛い、な…」

こんなに辛いなら暫くは恋なんてしなくていいな。なんて涙を浮かべながら歩いていたが、我慢出来なくなり遂には頬に幾つもの涙が伝う。
こんな時は決まって爆豪くんが私の傍にいてくれたが今は違う。

あの温もりが、頭を撫でる手つきが、黙って受け入れてくれるその優しさが今はとても恋しかった。

とても自分勝手だと思う。失恋してぽっかり空いた何かを爆豪くんで埋めようとしてる。そんな最低な気持ちで爆豪くんと向き合いたくない。
私はきっと爆豪くんを好きになっちゃいけないんだ。

それからというもの、フラれるのは覚悟していたからかそこまで痛みはなく、ただゆっくりと彼への恋心を薄れさせようと色んなことをした。普段よりも沢山食べたり、友達と遠くに出かけたりとしたがその中でも熱心にやっていたのは爆豪くんを避けることだった。

「おい」
「ひっ!」

ただそれに黙ってないのが爆豪勝己だろう。教室の壁に追いやられて壁ドンをされている。爆豪くんは手ではなく足で私の行く手を阻んでいる。顔が怖いから自然と血の気が引いてくる。

「何で俺を避けてんだよ。あ?」
「だって、絶対好きになっちゃうじゃん!」
「は?いいだろ別に」
「失恋の痛みを爆豪くんを利用して癒してるみたいで嫌だったの!そんな気持ちで爆豪くんの傍にいたくないの!!」

そう叫ぶと爆豪くんは鼻で笑って壁から足を離した。そして壁に追いやった私の体に自分の体を密着させた。抱きしめられたわけじゃない。爆豪くんは私の首元に顔を埋めているだけだ。それなのに心臓が大きく跳ねる。

「利用しろよ」

弱々しく囁かれる言葉に本当にこの人は爆豪くんなのかと疑った。
こんなにも切ない声を出せる人だったんだ。

「したくないよ…。こんなすぐに爆豪くんのこと好きになったら、軽いヤツみたいじゃん」
「違ェだろお前は。やっと目が覚めたんだろ?俺以外の男に熱あげやがって。ナメてんのか」

突然の喧嘩腰の口調に戸惑いを隠せないが、まぁそれもいつもの爆豪くんだと思える。でもそれでもやっぱり戸惑いを隠せないのは、耳元で囁かれている言葉の所為だ。

「俺を見ろよ」

ほら、そんなこと言われたら好きになる。

「待って、少し考えさせて」
「ンな時間与えても無駄だ。俺だけ見てりゃいいんだよ」

誰もいない教室で私の背中は壁に張り付いている。爆豪くんはべったりと私の体に自身の体を重ねて耳元で何度も私の名前を呼んで告白紛いな言葉を囁く。
抱きしめられてるわけでもない。私が押し返せば離れていく位の弱い力だ。

それなのに私がそうすることが出来ないのは…。

「名前は俺の隣で幸せそうに笑ってろ」

辛い時に傍にいてくれる爆豪くんに、勇気を与えてくれた爆豪くんに、私に触れる優しい手つきの爆豪くんに。きっと彼の全てに心が持っていかれたからだろう。

追いかけるばかりがきっと恋じゃない。

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