轟くんとケンカ
ヒーローとして活躍するようになってから1Aの皆で居酒屋さんに行くことがある。そんな時に決まって女の子達が、轟くんと上手くいってるの?って面白がって話しかけてくる。
「どうも何も変わらないよー」
「轟くん優しいし、今でも名前ちゃんの事大好きって感じなん?」
「その辺も変わらないかも」
「ずるいぞ!名前ちゃん!あんなイケメン捕まえるなんてー!!」
なんてからかい混じりで羨んでくるが、優しいとは言っても喧嘩をする事だって何度もあるし大きな喧嘩も何度かした。
クラスの飲み会を終えて私は轟くんと並んで家路につく。手を絡めて繋ぎ轟くんが私の歩調に合わせて歩いて帰る。私は結構この時間が好きでご機嫌で歩くが、隣の彼はどうやらそうでもないらしい。
いつもだったら、今日楽しかったね。そうだな。なんて言って笑いながら帰るのに、今日に限ってはそうではないらしい。
何かあったのかな…?
2人で借りているマンションの一室に着いて暫くたった頃、轟くんが口を開いた。
「名前、距離近くねぇか?」
「うん?」
「距離近くねぇか?」
いや、なんのだ?なんの距離が近いんだ?私と轟くんの距離感の話しなの?それだとしたらかなり傷つくんだけど。
何も言わない私に轟くんは若干イライラした表情で語り出した。
「最近名前俺以外の奴と距離近くねぇか?緑谷とか飯田とか切島とか上げたらキリがねぇが、それにさっき麗日に抱きついてただろ」
「待って、待って!前半は理解出来るけど後半は全く理解出来ないんだけど!女の子だよ?同性だよ?」
なのになんでハグが許されないんだ?と抗議すると轟くんは若干声を荒らげた。
「俺以外のやつだろ!!」
「…っ!理解ができない!!」
「なんで理解してくれねぇんだよ!」
理解できるわけがない。異性でハグをするなって言うのなら分かるが、なんで同性もダメなの?どうしてそこまで制限をかけられないといけないの?!
お酒が入った所為か私は感情のコントロールが効かないまま、思ったことを口から吐き出した。
「私は轟くんのモノじゃないよ!!」
「っ!名前は俺のものだろ!」
「…轟くんは私の事を自分の所有物だと思ってたってわけ?」
「は?何言ってるんだ?」
「もういい!!出ていってやる!!」
私は飲み会の時使用していた鞄を手に持って玄関を飛び出した。後から轟くんの声が聞こえたがそんなものに構ってる余裕なんてどこにもなくてたまたま引っ掛けたヒールの靴で走る。
街に行こうかと考えたが、こんな泣きじゃくった顔をファンの方に見つかるのも困ると思って、なるべく人気のない道を歩いて、マンションから離れた住宅街の中にある公園に辿り着いた。
「とど、ろく…のばかぁ!!」
ベンチに座り込み、流れる涙をハンカチで堰き止めながら轟くんの事を貶す。
私は私のモノだもん。
轟くんのモノじゃないもん。
自分で考えて自分で行動するもん。
もし、轟くんが自分の言うことを聞く彼女が欲しいなら、きっと、私は彼の側には入れない。
轟くんとの価値観の差に涙が出てくるのかなんなのかわからないが、私はずっと轟くんのばか。と毒づきながら泣き続け、やっと泣き止んだかと思えば踵の痛みに顔を顰めた。
「靴擦れ…これも轟くんの所為だぁ…」
「それはっ…はぁ…違うだろ」
履きなれないヒールで散々走り回った結果出来た靴擦れに情けなくなって、でも自分の所為で出来たなんて認めたくなくて轟くんの所為にすると、頭上から轟くんの声が聞こえた。
「な、んで…」
「探し回って…っやっと見つけた」
良かった。なんて言って肩で息をしたまま私の前でしゃがみ込む轟くんになんて声をかければいいのか分からなくて黙り込む。
見下ろす轟くんの首筋に伝うそれにポツリと佇む街頭の光が反射する。火照った手が剥き出しの私の膝におかれる。
湿ってる…。
手汗握るくらい必死に探し回ってくれたのかと思うと罪悪感に塗れる。
一方的に言って部屋から飛び出したのは私なのに…。
「名前…危ないだろ」
「私だってヒーローだもん」
そうじゃない。轟くんはそんな事を言ってるんじゃない。そんな事はわかっているのについ意地を張って素直に頷けない。轟くんが私の顔を下から覗き込み大きな手が私の頬を包む。その温かさに目頭が熱くなるのはきっと、お酒の所為だ。
「…わかってる。が、名前は俺が守りてぇって思うんだ」
「うん」
「家で名前が所有物云々って言っていたがお前勘違いしてるぞ」
勘違い?でも轟くんは確かにモノって言ってた。なのにそれが勘違いなんて思えない。
首を傾げて轟くんを見る。彼は気まずそうに笑って目を逸らした。頬に当てられた手は今は膝に置いている私の手の上に重ねられている。
「俺は独占欲が激しいから俺以外の奴がお前の近くにいると不安になっちまう。俺がお前を守りたいのにその気持ちが名前を苦しめてるんだよな」
「苦しんでないよ…私。確かになんで女の子も?って思ったけど」
「悪ィ」
轟くんが本当に申し訳なさそうに誤り、立ち上がって私の隣に座った。その行動の中でも私の手を離すことはなかった。それが轟くんの愛情の表れのような気がして胸の奥が暖かくなった。
轟くんは私の目を見つめる。彼の瞳を見ているとさっきまでの気持ちがどうでもよくなってくる。
守りたいと思っているのは私も同じだから、だからわかる。
私の大切な人だから私が轟くんを1番先に、誰よりも先に守りたいと思う。
「ものって言ったのは言葉の文と言うか、そういうつもりで言ったんじゃねぇっていうのはわかってくれ」
「うん」
「あと、いつまで俺の事苗字で呼ぶんだ?」
唐突に変わった話に目を白黒させるが、轟くん的には何かが繋がっているのか拗ねたように眉間に皺を寄せた。
「えっと、轟くん」
「焦凍、だ」
「しょ…うとくん」
高校の時からずっと轟くんと呼んでいたから、今さら名前で呼ぶのも抵抗があるというか妙に照れる。
20を超えて付き合っている人の名前を呼ぶだけでこんなに照れるなんて、何とも情けないが仕方ないだろう。
途切れ途切れに轟くんの名前を呼んだだけだ。それなのに私の隣に座る轟くんは嬉しそうに笑う。
「もう1回」
「焦凍、くん」
「もう1回」
「焦凍くん」
何度も何度も轟…焦凍くんが自分の名前を呼ばせる。その度に幸せを噛み締めるように笑うのだから私は黙って何度も焦凍くんの名前を呼ぶしかない。
その頃にはもうなんで喧嘩したのかもう忘れていた。