語ろうか。


ある時ふと気がついた。この名前ここ最近よく見るな、と。

爆豪勝己。この名前を知らない雄英生はいないんじゃないだろうか。1年生の時から、いや、中学生の時から注目を集めていた人だ。私がここに入学した時は彼は3年生で私達の先輩だった。
専らの噂は粗暴で粗野で常に何かに誰かに対して怒鳴っている怖い先輩。でも強くて格好いい先輩。って言うもので、そんな爆豪先輩がこの本を読んでいるなんて思わなかった。貸出リストに書いてある名前は私の他に爆豪先輩とあともう2人位で個人的には名作だと思ったのだが世間からの評判はそうではないらしい。

彼はこの話を読んでどう思ったのだろうか。聞いてみたい。他にどんな本を読んでいるのか知りたい。

そんな思いから私は爆豪先輩に手紙を送ることを決めた。
書き出しや内容をどうしようか。私の事知らないからきっと返事は来ないだろうし後悔しないように思いの丈をぶつけよう。

“初めまして。苗字と言います。突然のお手紙申し訳ありません。実は私あなたとお話してみたいと思っていたんです。と、言うのも図書室にあるとある本の貸出リストに貴方の名前を見つけてしまい、私以外にもこの本を読んでいる人がいるのだと、嬉しく思い是非読んだ感想をお聞きしたいと思って筆を取らせて頂きました。って、気持ち悪いですね…。私はただ貴方とお話してみたいだけなのかも知れないです。もしよろしければ今日の日付から一週間後の放課後図書室で会いませんか?勿論来なくとも大丈夫です”

こんな感じだろうか?
初めて人に手紙を書くから勝手がわからない。私は手紙を書き終え何度も繰り返し読んだその本を図書室の本棚に戻して帰路についた。
手紙は明日朝早く来て下駄箱に入れておこうと。
それなのに私はその手紙を何処かに置いてきたらしく朝慌てて部屋の中を探したが何処にもなく、考えられる場所は1つしかない。

図書室に忘れてきたんだ!

朝早くに家を出たがその日に限ってバスが遅延して結局いつも通りの時間に学校に着いてしまい、先生に用事を頼まれ朝図書室に寄ることはできなかった。
私が図書室にいけたのは放課後で、辺りを探して見るも姿形はどこなもなくて、最後の淡い期待を持って昨日読んだその本を開いた。

「あれ…?」

私の手紙は無くなっていたが代わりにメモ紙が残されていた。それはノートの切れ端のようで男の人の字で書かれていた。

「ここに手紙を挟んで探しているであろうバカ女へ。手紙は捨てたから安心しろ。2度とこんなヘマすんなよ…ってバカ女って何?!」

それよりもこの人私の手紙捨てたの?!
信じられない。なんでそんな事が出来るの?!

私は冷静になれないまま自分のノートを1枚破り、言葉を書き連ねた。

“どうして貴方が勝手に捨てちゃうんですか?折角書いたお手紙だったのに…”

書いて気がついた。この手紙はどうやってこの失礼な男に渡そうか。相手の顔を知ってるわけでもなければ名前も知らない。これは困った。

「あ、この本に挟んでおけば見てくれるかも…」

私がよく読むこの本は幸いな事にマイナーな本で貸出リストにある名前は4人しかいない。青い表紙のハードタイプの本にノートで作ったメモを挟めてもう1度本棚に戻した。

次の日の放課後その本を開くと昨日の男の人の字で書かれたメモ紙が残っていた。

“お前他の奴が見ちまった手紙そのままソイツに渡すんか?んなこたァやめとけバカ女”

…確かにこの人の言う通りだとも思うが、なんと言うか癇に障る言い方をされると素直にそう頷けない。
それよりも私には気になることがあった。
手紙が帰ってくるなんて思わなかったであろう彼はきっと私の手紙を期待してこの本を開いたわけじゃない。ってなると彼はこの本を読んでいる人に違いない。

私は昨日と同じようにノートを1枚破って返事を書いた。

“…確かにそうですね。ありがとうございます。でもバカ女って呼び方はやめてください。それと貴方もこの本読んでいるんですね!良かったら感想聞かせて貰えませんか?この話読んでいる人少ないみたいで誰かの感想とか聞いたことなかったんです”

青い表紙のハードタイプの本に挟めた次の日の彼から返事が返ってきた。

“お前が手紙を出したかった相手じゃねェぞ。俺は”

それでもいい。手紙を出した理由は爆豪先輩はどんな事を考えて感じたのだろうか。それが知りたかっただけだからきっとこの本の事を話し合える人がいればそれで良かったのだ。

“私はこの本について話せる人が欲しかったんです。だから聞かせてください。貴方がこの本を見て何を感じて何を考えたのかを”

滑稽な程必死だなと読み返して感じた感想だ。折角繋がった糸だから離したくない。

次の日来た返事はたった一言だけだった。

“面白かった”

「ふふっ、何この返事」

ぶっきらぼうなこの返事には可笑しさがこみ上げる。私の手紙の事を、私自身の事を気遣う人がこんな返事を寄越すわけがない。もっと何かを感じたに違いない。
私の直感がそう告げていた。

“私は、どうしようもなくやり切れない気持ちで一杯になりましたよ。まだ最後まで見てなかったら読まない方がいいんですが、ヒロインが自分を助けてくれた少年を今度は自分が助ける為に少年の前から消えた事にやりきれなくなっちゃいました。大好きな人を守りたいから大好きな人の前から自ら姿を消すなんて余りにも悲しすぎました。貴方はどう思いましたか?”

“俺は正直腹が立ったしムカついた。あの女勝手に自分で決めやがってってな。だってそうだろ?あの少年の事を信用してなかったって事じゃねェか。だから相談なくいなくなったんだろ。あの少年もソイツとの信頼関係を築けなかったってのも問題なんだろーがな”

“成程。そういう視点もあったんですね。私は同性であるヒロインの方に感情移入してしまったんですが、貴方はあの少年の目線で考える事が出来るんですね。私には出来ない考えでした。あの時の少年はそう感じたのかも知れませんね。私はあの時のヒロインは最良の選択をしたと思ってましたから…悲しい結末ではありましたが。少年はヒロインを許してくれるといいなぁ、なんて思うのは女の勝手でしょうか?”

“勝手だろーな。俺だったら許さねぇからな。俺のことそんなに信頼してなかったんか?って必ず問い詰める。何がなんでもだ。そんで次は絶対に勝手な行動はさせねェ”

明日はなんて返ってくるんだろう。
毎日繰り返した手紙を読んでは私は頬を緩めた。この本についてこんなにも語れるなんて思っても見なかったからだ。
それにこの人はとても情が深いんだろうって事を感じさせる。そんな人だ。自分が思った事を言葉を選ばずに並べているだけに彼がどんな風に感じたのかが文字から伝わる。

私は粗暴で粗野で常に人や物に対して怒鳴っていると悪名高い爆豪先輩よりも、この紙切れの向こうにいる、素っ気ないのにどこか優しいくて、言葉遣いは荒いのに知性を感じる、そんな彼に会って見たくなった。

同じ校内にいるのだから会おうと思えば会える。そんな事をのんびり考えていると、あっという間に時間は流れ、冬から春に変わった。

今年の3年生は今日卒業した。私には関係のないこと、そう思っていたがそうでもないらしく青い表紙の本の中にはメモが残されていた。

“このやり取りも今日でしめェだ。まぁ、悪くはなかったぜバカ女”

「またバカ女って言ってるし…」

甘い匂いがふわりと香るメモ紙がぽつぽつと濡れていく。彼からの最後のメッセージが涙でボヤけて滲んでいく。頬に暖かい雫が伝う。

「ふっ、…ぐ、」

何度も袖で拭っても際限なく出てくる涙に私は知ったのだ。ヒロインに置いていかれた少年のあの時の気持ちを。

私の恋心を。

胸が押し潰されそうなほど苦しくて切ない。
きっともう2度と交わることのない私と彼。そんな彼に私から最後の手紙を送ろう。

“卒業おめでとうございます。先輩。私きっと名前も知らない貴方のことが好きでした”

青い表紙の本にこの気持ちを挟めてしまおう。もう2度と開かれることがないこの本に私の淡い恋心を秘めて、私もこの本にはもう関わらないでおこう。
この本を開く度にきっとこの恋を思い出して泣いてしまうから。
この気持ちが思い出になったらまた開こう。今度は懐かしい気持ちになっている筈だから。


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