「あ?」 一人が声のほうを振り返り、低い声を出す。その肩に少女の手がおかれた。 「あたしの知り合いにナニしてくれてンだよ?」 現れたのは、犬がうなり声を上げるときのように歯をむき出しにして笑う祐未だった。昨日のように黒縁の丸めがねをかけて、シャツには生殺与奪という四文字熟語が印刷されている。 「誰だてめぇ、直樹の知り合いか?」 「おいクソアマァ、ふざけたコトぬかしやがって。殴られてぇのか? ああ?」 その笑顔になにか危険なものを感じたのだろうか。少年たちの顔から笑いが消えた。口からはわざとらしい低い声が飛び出してくる。 けれど祐未はそれに驚く様子も怯える様子も見せず、歯をむき出しにして笑っていた。 そして、つぶやく。 「 今まで喋っていた日本語よりもなめらかな発音の、おそらくBBC英語。 「は?」 彼女の目の前にいた少年が首をかしげる。祐未の腕に力が入ったのを直樹は見た。 「てめぇなにいってや、がっぁああぁああぁあっ!」 少年がしゃべり終わる前に口へ拳がぶちこまれる。 間抜けな声が響いて、直樹の足下に歯らしきものが飛んできた。赤く染まっていてどこの歯なのか判断できなかったが、触ってまで確認する気にはなれない。 「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ! どうしたのぉおぉ? その怪我ぁあぁあ」 ニヤニヤと笑いながら、祐未が少年たちに近づいた。多分最初から会話を聞いていたのだろう。悪趣味なことだ。 突然の攻撃に驚いた少年たちが倒れた仲間をちらちらと見ながら一歩後ずさる。 「痛ったそぉおぉ、大丈夫ぅうぅぅ?」 彼らの恐怖に気づいていないのか……いや、気づいていて楽しんでいるのだろう。祐未がニヤニヤ笑いながら一番近くにいた少年の胸ぐらを掴む。 「ここで会ったのもなんかの縁だと思ってさぁ、ちょっとあたしに金貸してくれよぉ、いいだろぉおぉ?」 いいのか、ICPOの特別捜査官がそんなことして。 普通の人間だとしてもしてはいけないことだろうが、彼女は罪の意識など感じていないようだ。 「ひっ」 細い体のどこにそんな力があるのやら。祐未が少年の襟首を掴んで持ち上げると彼のつま先が地面からかすかに浮かぶ。 「ぐっ、うぇっ……」 首に体重がかかった少年は苦しそうにうめいて足をバタつかせた。彼の様子を楽しむように祐未がケタケタと笑い声をあげ、言う。 「ちょぉぉっとサイフ見してくれよぉ? 全額とはいわねぇからさぁ」 うなづく以外、少年になにが出来ただろう。 「お前らもだぜぇ?」 周りを見渡した祐未は結局四人分のサイフから五千円を抜き取った。 「よっし、お前らもう行っていいぞ。おい、そいつ連れてってやれや」 鼻歌まじりの声で祐未が少年たちを追い払う。手には千円が五枚握られていた。 「ひぃいっ」 三人の少年たちが仲間を一人引きずりながら路地を駆けていく。情けない悲鳴を聞いて心底いい気味だと思った。 「よっし!」 彼らが立ち去ったのを確認して祐未が楽しそうな声をだす。彼女はくるりと体を反転させて直樹のほうを向くと心底嬉しそうに笑った。歯をむき出しにした笑顔が嘘のようだ。 今この状態が今までの人生で一番幸せな場面であるかのように笑って、彼女は直樹に言う。 「なあ、腹へってない?」 「……へ?」 五枚の千円札をポケットに突っこむ彼女を見て、間抜けな声を出してしまう。祐未はやはりニコニコと笑ったままさらに言葉を重ねてきた。 「どっかでなんか食おうぜ! 奢るからさ!」 それは正確にいうと、さっきの少年たちの奢りだろう。 「なあ、このあたりでどっか丁度いい店しんねぇ? ファミレスとか喫茶店とか」 けれど、いままで彼らには色々と迷惑をかけられた。これくらいはやってもバチは当たらないだろう。 「……じゃあ、一番近いファミレスに行こうか」 「おう!」 もう祐未の顔から威嚇するような笑顔の片りんは見られない。 彼女の顔に浮かんでいるのは、今こそが人生最高の瞬間と言いたげな幸せそうな笑顔だった。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |