白に囲まれた病室で陸はベッドの上に寝かされていた。 妙な男に撃たれた足は少し動かすだけでズキズキと痛む。痛みに眉をしかめると、ちょうど見回りにきたらしい看護婦が声をかけてきた。 「はじめまして、あなたの担当看護師よ。金沢っていうの。よろしくね」 染めているのだろう。ナースキャップから覗く髪は少し明るい茶髪で、地味な色の口紅をつけている。 「じゃあ梶山さん、検温お願いしますねー」 金沢と名乗った看護婦が笑顔で語りかけてくる。陸は答える気にはなれずに黙ってされるがままになっていた。 「点滴取り替えますよー」 そう言って看護婦は陸に笑顔をむける。 返事をする気になれない。陸はやはり黙ったままだ。 陸は金に特別な思い入れがあったわけではない。ただ、目の前に金儲けの道具があるなら使うのが当然だ。それが人間というものだ。 ペットショップだって親が経営していたのを引き継いだだけで、違う店だったらそれを継いでいただろう。親が経営したのがよりによってペットショップなんかでなかったらこんなことにはならなかったはずなのだ。 直樹の毒牙に掛かったのは別の人間だったかもしれない。 自分は親の店を継いだだけだ。それに目をつけて誘惑してきたのは直樹なのだ。だから今体が痛いのも、いつ警察に捕まるのかと怯えなければならないのも、全部自分を裏切った直樹のせいだ。 姉に会いたいというから協力してやったのに、恩を仇で返すなんてとんでもないガキだ。あのガキさえ陸に大人しく従っていればすべて上手くいったはずなのに。 全部あいつが悪い。あのガキが悪い。 姉に会いたいなんて、何歳になって甘ったれたことをいってるんだ。バカじゃないのか。 そんなものとっとと忘れて、せっかく金儲けの道具があるんだから存分に利用すればよかったのに。 あのバカガキが変に動いたせいで全部だいなしだ! 「じゃあ、何かあったら呼んで下さいねー」 看護婦が笑顔で話しかけてきたけれど、やはり返事をする気になれない。 それよりも直樹だ。 警察に捕まる前に、あのガキだけはなんとかしてやりたい。 大人をバカにしたらどうなるか教えてやらないと! 撃たれた足がズキリと痛んだ。 あの銀髪の男は警察なのだろうか。この傷が完治したら、警察に連れて行かれるのだろうか。 なんで俺がこんな目に! 全てが順調だったはずなのに、あの時売り物さえ逃げ出さなければ。 考え出すと止まらない。すべての巡り合わせが悪かった。もっと上手くいくはずだったのに、どこかの段階で歯車が狂ってしまったのだ。 そしてそれは直樹のせいに違いなかった。 絶対あのガキだけは許さない。どうにかして痛い目にあわせてやる。殺してやる。 歯を食いしばる陸の腕に、チューブを伝って点滴の薬が入りこんでくる。 そういえば、なぜ足を怪我しただけなのに点滴を打たれなければならないのだろう? ふと自分の体に入りこむ薬に目をやった。ぽたりぽたりと水滴が落ちてくる。 「……?」 体の末端が痺れているような感じがした。 力が抜けてなぜか小刻みに震えはじめる。 「がっ……!」 そして、一気に体が熱くなった。 呼吸が出来ない。 ナースコールに手を伸ばすが、手が震えてうまく取れなかった。 苦しい、息が出来ない。 このままでは危険だと、頭より先に体が理解した。 無我夢中でナースコールを手に取り、ボタンを連打する。 けれど繋がらない。 いつまでたっても職員が返答する様子はなく、ただ時間だけがすぎていく。 苦しい、苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい! 息ができない、なんでこんなことに、これも全部あのガキのせいだ……! 苦しくて苦しくて、激しく身もだえる。 狭いベッドの上なので柵に足や腕が当たった。 意識が遠のいていく。 ダメだ。ここで気を失ったら多分もう二度と目がさめないだろう。 「ぐっ……く、そっ……」 口からうめき声のような罵声がもれた。 目がかすんであたりがよく見えない。 ダメだ、もうムリだ…… 意識が遠のいていく。きっともう二度と目が覚めることはないだろう。 イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ! 体に力が入らない。 「……ぁ」 最後に言おうとした言葉は、声にならなかった。 視界が暗くなっていく。闇に覆われてなにも見えなくなる。 クソっ……なんで……こんなことに…… その結論が出る前に陸は意識を手放した。彼の体はもう動かない。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |