デルタの番犬


交錯

「なぜ増援が許可されないっ!」

 テーブルを叩くとバシンと大きな音がした。電子音まじりの声が無線から聞こえる。

「まだ許可がおりません。引き続き待機をお願いします」

「部下を見殺しにしろというのかっ!」

「まだ許可がおりません」

「このままでは生き残った部下まで死んでしまう!」

「増援の許可がおりません」

 どれだけ無線機ごしに怒鳴り散らしても向う側から色よい返事は得られなかった。向うも仕事だから仕方ない。腹が立つのは、部下が国に見捨てられ、自分には彼らを救う術がないという事実だ。

「……我々は見捨てられたんですね」

 その小さな声になんと答えればいいのかわからない。忸怩たる思いで無線を握りしめる自分の背中に声が掛かった。

「ブラックストン中佐っ、負傷者一名救出致しました! 誰か衛生兵を! 即刻治療をお願いします!」

 どこまでも届きそうなよく通る声は、優秀な部下のものだった。振り向けば東洋人の少女に肩を貸して歩いてくる青年がいる。あらゆる箇所に傷を負った生存者は、上層部の命令で作戦に参加した14歳の少女。一個小隊とともに取り残されていたはずだったが、どうやら生きていたらしい。

「ラドフォード中尉! 貴様まさか、独断で救出に……!」

 声を荒げると、金髪の男がふっと勝ち気な笑みを浮かべる。ツリ目がちなアクアブルーの瞳には命令に背いた罪悪感も後悔も映っていなかった。上司が司令室でぐずぐずしている間に彼は賛同者を率いて戦友の救出に向かったのだろう。ともすれば共倒れになりかれない愚かな行為を男はまったく悔いていないようだった。それは安い英雄願望か、己の正義に従った結果か。愚かな行為にはちがいないが、ここで手をこまねいている自分よりはよほどマシだと思える。

「……中佐、どうか衛生兵を」

 後ろめたさなど微塵も感じさせずにラドフォードは言った。
 結局その時助かったのはラドフォード中尉が助けた少女一人。発見された死体はルーカス・グレンフェル准尉一名のみ。他の兵士は死体すら発見されず、この作戦での成果といえばただひとつ――国にとって彼らは所詮捨て駒であるという事実をつきつけられただけだった。
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