デルタの番犬


最後の抵抗

「くっ、そ……なんだありゃ……ふざけやがってっ……!!」

 呼吸がうまくできず、ヒュゥヒュゥと妙な音が自分の喉から聞こえてくる。骨も何本か折れているだろう。アバラと右足と右手だ。体を引きずってきた道筋に赤い跡がついている。見ただけで疲れてくる自分の痕跡にファーディナンドは舌打ちをした。あまり時間は残されていない。
 敵に化け物がいた。死地はなんども潜り抜けてきたつもりだが、あんなものは想定外だ。番犬があれほどの牙を持っているなどとは聞いていない。

「このままで終われるかっ!」

 ボロボロの体を引きずるようにして扉をあけ、部屋になだれ込む。先ほど撃ち殺したピンターの死骸を踏み越え、ミサイルの射撃管制システムに手をかけた。横で通信機がうるさく鳴っているが無視する。

「ただでやられて……たまるか……!!」

 親友がいた。同じ部隊で仕事をし、プライベートでも親しくしていた男だ。親族と折り合いが悪いのか帰省するようなことはせず、休日は暇な人間を見つけてかまいたおすような男だった。面倒見はよかったので周りからの評判は上々だった。
 五年前の話だ。五年前名誉の戦死を遂げた彼を友人達は泣いて悼み、次は自分かもしれないという思いを腹の底に押し込んで任務に戻った。
 引き取り手のない彼の遺体が軍部によって"ゴミ"として処理されたと知ったのは今から二年前。彼が死んでから三年目の夏だった。
 葬儀の金を浮かせたのだろう。最近では普通の葬儀でも、金のかかる土葬より火葬が行われるケースがある。ゴミを燃やすのであれば、それよりももっと手軽で金もかからない。

――それが、国のために戦った男に対する、この国の返答か。

 広大な埋め立て地にただよう悪臭と廃棄物。煙突から出る煙を見ながら親友が眠っている。親友が国に捨てられたのだと理解したファーディナンドは国に尽くすことをやめた。
 自分はそんな風にはなりたくない。
 感謝もされず見向きもされず、命を賭けた結果ゴミといっしょくたにされて悪臭の中捨てられるなんてゴメンだ。だから彼は今回のテロに参加した。
 未来がどうとか、これから戦う仲間の権利を守るためとか、そんなものはどうだってよかった。大半の仲間はファーディナンドと同じく、国に捨てられた仲間を見て『自分はああなりたくない』と思ったから参加したはずだ。
 抱えてきたプライドも努力も金のためにすべて捨てた。だから今更自分を軍人だというつもりもないし規律を守る義理もない。

 俺はゴミじゃない。

 ただずっとそれだけが頭の中にあって、彼をここまで動かしていた。
 気がつけばそれは

 あいつも、ゴミじゃない。

 という言葉がくっついていて、ミサイルの発射操作をした直後ファーディナンドは頭を被っていた霧が晴れていくような感覚を味わう。

――ああ、これ全部、あいつのためか。

 画面上でミサイルの発射準備が進行している。それを見て『ざまぁみろ』と思っている自分を発見し、ファーディナンドは少し笑った。

――ざまぁみろ。俺もあいつもゴミじゃない。

 直後ファーディナンドの頭は吹き飛ばされ、彼の意識は完全に途切れた。
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