デルタの番犬


急変

「くっ、遅かったか!」

 アレックスが血痕を追って部屋に辿り着いた頃には、すでにミサイルの操作は完了していた。吹き飛ばされたファーディナンドの血痕が管制機器についている。弾丸は男の頭を貫通して窓にぶつかったようだ。ガラスにヒビが入っている。防弾ガラスだったので壊れてはいない。
 コンピューターの画面を見ると既にミサイルの発射準備は完了していた。現在一基が上空に打ち上げられている。軌道は予告通りNYだ。

「くそっ!」

 せめて軌道を変えようとアレックスがキーボードに手を置いた。パスワードがかかっていて警告音とともにエラーが表示される。一秒以内に見切りをつけたアレックスは横でピーピーとうるさい通信機器を手にとり、怒鳴る。

「ミサイルが一基発射された! 管制機にパスワードがかかっていて軌道を変えられない! そちらで迎撃を!」

 向うも相当慌てるだろうと思っていたアレックスの予想に反し、電子音混じりの声はとても冷静だった。

『落ち着いて下さい。こちらでパスワードを解析しますから、指示に従い軌道を修正してください』

 心なしか、ずいぶんと若い声に聞こえる。アレックスが眉をひそめた。

「……できるのかい?」

 若い声はあくまで冷静に、淡々と告げた。

『押し問答をしている暇はありませんよ。そのコンピューターのIDは解りますか?』

「gmsh8kb1」

『ありがとう。今パスワード入力画面が出ているならaflmuoae59jwと入力してください』

「もっ、もうわかったのかい!?」

『いいから早く。時間がありません』

 言われたとおりの文字列を入力してエンターキーを押す。警告音がピタリと止まった。ミサイルは既にNYの上空を飛んでいる。アレックスは慌てて軌道座標を上書きした。暫くしてOKの二文字が表示され、コンピューター上の軌道が書き換わる。
 耳に押し当てたままの通信機から淡々とした声が聞こえた。

『こちらでもミサイルの軌道修正を確認しました。敵は制圧したと判断して大丈夫ですか?』

「ああ……生き残りはいないはずだ」

『ではミサイル処理班の出動を要請しておきます』

 コンピューター上ではミサイルが海へ突っ込んでいるところだった。脱力しそうな足になんとか力を入れ、男は声を振り絞る。

「それと、仲間が1人負傷している……急いでドクターヘリを呼んでくれ」

『……わかりました。できれば小型通信機を持ち運んでくれると助かるのですが』

「あ、あぁ、すまない。トラブルで手放してしまっていて」

 アレックスが周囲を見渡し、死体の胸ポケットに通信機を見つけた。手にとって装着する。問題なく動いた。それを相手に告げるとまた『わかりました』という簡素な言葉が返ってきて通信が切り替わる。
 負傷した祐未を回収するため、彼女のいる部屋へと向かう。

「ところで、まだ君の名前を聞いていなかったね。私はアレックスだ」

『ああ、申し遅れました』

 いま気づいた、とでもいう風に若い声が軽い調子で言う。

『白井直樹。ICLOのNSM主任です』

「すると、君が……祐未の弟かな」

『姉がお世話になったようで。今どうしていますか?』

「腹を撃たれている。今ヘリポートに連れていくからなるべく早くヘリの手配を」

『もうやりましたよ』

「ありがとう」

 椅子に座ってぐったりしている祐未を抱きかかえた。皮膚が冷たい。脈も少し速くなっているようだ。

「……祐未? 祐未っ!」

 通信機越しに直樹も異常を感じ取ったようで、耳元から声がする。

『姉さんになにか……!?』

「失血性ショックを起している! 輸血の用意をしてくれ!」
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