午前3時、2人席
「もうちょっと頼ってよ」
「そんなに信用できない?」
「名前ってさぁ、1人で生きていけそうだよね」
これらは、つい1週間前まで恋人だったひとにぶつけられた言葉たち。
せっかく付き合ってるのに甘えてくれないのが嫌だったんだと。
え?別れましたよ、そりゃあ。
そんなにか弱い女がいいならか弱い女と付き合えと、売り言葉に買い言葉で。
この世に生まれ落ちて20云年、自分が如何に可愛げのない人間であるかは自分が一番わかっていた。
そう、わかっているのだ。
世の男性たちが求めている女性像は。
ちっちゃくて細くて可愛くて、虫も殺せないような女の子がモテるというのはもはや世界の常識だ。
「しっかりやることヤってるくせにさ!なーにが「見た目に騙された」だよ失礼な!」
「わあったわあった」
「ねぇ雑!」
目の前でお猪口に口をつけたまま惰性で返事を返してくるのはつい2時間前ほどに飲み会で初めて出会った男だ。
酒は好きなので誘われた時は二つ返事で了承した飲み会だった。
いざ行ってみれば会場はいつもの居酒屋ではなくちょっとお洒落めなお店。
中に入れば既に席で待つ、こちらと同数の面識のない男性陣。
飲み会は飲み会でも側から見れば合同コンパと言われそうな雰囲気の飲み会…なんて言葉を濁す気はない。
これはガッツリ合コンだ。
正直待ち合わせ場所に着いた時点で私以外のみんなはやけにしっかりめかし込んでるな、とは思っていた。
対して私は気心の知れた友人たちとの飲み会を楽しめるような軽めのお洒落で。
確かにいつもと違うお店行くからちゃんとおしゃれしてこいよとは言われていたが、合コン対策と呼べるほどのことはしていない。
合コンなら合コンと言えよ。
そしたらそれなりの心構えで来たのに。
いつもよりワントーン声が高めの友人たちを横目に心を殺してただ酒と食事を楽しんでいたところ、同じく酒と食事しか目に入っていないような男性を私の対角線上に発見した。
正面から声を掛けられても相槌を打つのみなところも私と同じだ。
あの人も騙されて連れてこられたタチだろうか。
たしかにルックスは上の上。
短い緑髪に3連ピアスが良く似合う。
座っているからスタイルはよく分からないが、腕をみるにかなり鍛えていそうな身体。
どこの誰だかは知らないがどう考えても周りの子たちが放っておかなさそうだ。
まあ何れにせよ私には関係のない話だと、無視を決め込んだまま酒を呷る。
ところがどっこい、最初の席替え、2回目の席替え、最終的に3回席替えをしたのだが全て正面に当たり。
もう運命なんじゃね、と茶化す男性陣を白い目で見る。
たとえ運命だとしてよく見ろ、こいつは酒しか見ていないではないか。
気持ちは大変良く分かるが。
私の最推し酒は日本酒だが、お洒落な店なだけあって洋酒が美味しくて、いいペースで飲んでいれば気付けば面白いものを見る目で目の前の酒豪に見られていた。
「笊か、その見た目で」
少々かちんとくる。
そうだよ笊だよ。
この見た目で笊なら何か都合が悪いのか。
「女子はカシオレたれ」をモットーとする誰かさんの顔が浮かんでは掻き消える。
「そういう貴方は枠ですかね」
「くは、」
何が面白いのかふきだしたと思いきや、くつくつと喉を鳴らしている。
その間もその目はずっと私を捉えたままだ。
視線がうるさい、酒に集中させろ。
「私は今日思う存分貴方がたのお金で飲んで帰ると決めたんです。邪魔しないでください」
「馬鹿正直な奴だな」
そんなに私の顔が面白いか。
私の顔に寄った皺を肴に飲んでるまでありそうな様子の彼にどんどん苛立ちが募っていく。
「あんまり見てるといい加減お金取りますよ」
「あんたいつもどんだけ飲むんだ」
「まだいけますが何か」
「洋酒が好きなのか」
「日本酒が最推しです」
「ならいい酒が飲める店を知ってるんだが、どうだ」
「いつ」
「この後」
「乗った」
急に話題を変えたと思いきや2次会のお誘い。
こんな雑な誘い本当なら断るべきだが、ちょうど色々な意味で虫の居所が悪かった私は受けて立ってしまったのだった。
1次会がお開きとなり、店を出た頃。
「名前はどうするの。私たち皆2次会行くけど」
「あ〜私は…帰ろっか、な。いっぱい飲んだしちょっとね」
「珍しいこともあるもんだわ。じゃあま、気をつけて」
別に隠すようなことでもないがなんとなくこの後日本酒が美味しいお店で2人で2次会します、とは言い出しづらく、曖昧に笑ってみんなに手を振る。
「…でも貴方が隣にいると全く意味ないんですよねぇ」
「何がだよ」
「今の嘘がですよ。完全に2人で2次会なんだなって顔されたんですけど」
「別にいいだろ、なんでも」
くるりと背を向け歩き出した彼の後を慌てて追う。
「いいか悪いかで言えば良くないですよ」
「男でもいんのか」
「捨てたところです」
「別れたばっかか」
フン、とまたも楽しそうに鼻を鳴らす隣の彼。
いちいち腹立つな。
「ええそうです1週間前に別れたばっかりですよ」
ええい、肩を揺らすな。
肘でどつけば更に揺れる。
本当にど失礼男だ。
「ところでお店どこですか」
「この先の角右に曲がった"新世界"ってー…」
「は」
「あ?」
「…真逆ですけど。"新世界"」
彼が私を連れて行こうとしていたという店は、奇しくも私にとっても馴染みで。
駅南の裏路地にある目立たないお店だというのに、今いるここは駅北で、さらには超繁華街。
一瞬時が止まったのを感じたが、黙って再度歩き出した彼の足は更に違う方へ向かおうとしており、本当に馴染みなのかと疑念を持ちつつも腕を引っ張って間違いなく駅南の"新世界"へと足を運んだ。
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つい2週間ほど前、件の男とお邪魔したのが最後の思い出になっているその店の敷居を跨げば、いつも通りの盛況具合…といってもその殆どが常連客。
彼らは私たちが一緒に現れたことに目を丸くした。
「名前ちゃん、あの彼氏に怒られるよ」
「しかもお相手は常連のお兄ちゃんじゃねーか」
「いいんですあれは。1週間前に捨て置きました」
声を掛けられて会釈を返していた彼がまた笑う。
「そうだったのか、いやまぁでもそれがいい」
「あんな男に名前ちゃんは勿体ないと思ってたんだよ」
ここにいる皆さんはいつだって私の味方。
涙ちょちょぎれるぜ。
「いらっしゃい。名前ちゃん…と、おや珍しい組み合わせだね」
カウンター越しに顔を見せた大将。
挨拶をして、ずかずかと一番奥の2人席についた彼の向かいに腰掛けた。
「たまたま数時間前に飲み会で会って。いいお店知ってるって言うんでどこかと思ったらここでした」
「そうかい。じゃあ今日は迷わず来れたかね」
「…今日は?」
彼を伺い見るも、今日のおすすめメニューの黒板を見がてら此方に一瞥くれるのみで口を開かない。
「ひっどい方向音痴でさぁ。駅南だって言ってんのにいつもいつも北に行っちゃうんだよ」
「……やば」
「うるせェ。おっさん、注文いいか」
「人のことは散々笑ったくせに…!」
辛うじて笑わずにおいてやったというのに横暴が過ぎる。
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1次会でそれなりに飲んで食べたが、ここのお酒とおつまみは別腹だ。
機嫌良くすいすいと飲んでいると流石に酔いが回ってくる。
まぁ洋酒からの日本酒だし…
明日は大学もバイトも休み。
朝の5時まで営業している"新世界"では、夜はまだまだこれからだ。
「もうへばったのか、笊」
「…うるさい、枠」
相変わらず人の顔を見て笑うのが好きだな。
空になった私のお猪口に、ニヤつく奴の手からお酒が注がれていく。
ちょ、お水挟ませて。
気を利かせた大将が持ってきてくれたお冷を入れて一息。
「ふぅ」
「そういや相手の男はどんな奴だったんだ。散々言われてたが」
まさかの話題に、お猪口を引っ掴んで一気に呷った。
「聞いてくれます?」
「……」
「もう既に聞かなきゃよかったって顔しないでください」
それから冒頭に至るというわけだ。
2人の馴れ初めから付き合うことになったきっかけなんかを事細かに話していくと、えらく興味のなさそうな顔をされる。
自分から聞いてきたくせに…とつい1週間前の話に差し掛かれば、途端に聞く体勢になる彼。
そこしか興味ないんだろうな、と思いつつ私がいちばん話したいのも正直その部分なので熱を入れて話し続ける。
如何に私が奴に尽くしてきたか、言われた言葉のショックの大きさを…
するとどうだ。
結局最後の方はあの雑さだ。
聞く気があるのかないのか。
むすりとしてお酒を呷ればふと彼が口を開く。
「…まぁなんだ、お前まだ好きなんだろ」
「…は」
「そいつのこと」
動きが止まる。
なんなんだ。
たった一回愚痴っただけで、私とあいつのことを分かったつもりか。
あんな八方美人で、そのくせ私のことは何も分かってくれていなくて、甘えろという割に甘やかしてくれた事なんかない、いいところは顔だけのあんな男…
ごんとテーブルに額をぶつけ、
「好きだよばかぁ…」
つい、誰にも言うつもりのなかった本音が洩れた。
好きに決まってるじゃないか。
大学入ってすぐから付き合い始めた彼に見合いたくて色んなことを頑張ってきたのに。
家事も、自分磨きも。
年上である彼に合わせて無理やり大人びて自立したように見せて。
その結果がこれだ。
別れ際の台詞はたしかに辛かったが、彼と付き合い始めてからみるみる変わった私を知っているはずの友人たちの言葉の方が私の心には深く刺さった。
本当クズだね!別れて正解!と憤ってくれる言葉や、そんな人よりもっといい人いるよ、と慰めてくれる言葉。
すべてその通り。
その通りだが、そんなクズでも好きな人だし、私には彼しかいなかった。
そんな中でそれでもまだ好きなんですとは誰にも言えず、自分の中で押し殺してきたのに。
誰にも気づかれなかったこの気持ちが、なんで会ったばかりのこの男には分かってしまったんだろう。
一度溢れた本音は止まらない。
「だってさぁ…あいつの為に自立したいい女になったのに…苦手なことだって出来るようになったのに…なんなの…」
「はは、」
突然声を上げて笑い出した目の前の彼をねめつける。
「聞くって言うから話したのになんなの…!」
「いや、自立だなんだ言いながらかわいいとこあんじゃねぇかと思ってな」
「え、」
想定外の言葉に思わず頭をもたげた。
戸惑う間もなく、頰だけが先に熱を持つ。
「勿体ねぇな、知らずに手放しやがった」
席の角度からして、まだ辛うじて残っている他のお客さんや大将からも私たちは見えていないはずだ。
頬に伸びてくる手を拒むことができない。
冷たい手、のわりに、視線は確かに熱を孕んでいた。
「おれが忘れさせてやろうか」
「…ずるい、ですよ。こんな状態の女に迫るのは」
「狡くて結構。男なんてもんは総じて狡いもんだ」
「この男…」
「この男、じゃねぇ」
ゾロ。
出会ってから数時間、何度か聞いていたはずの男の名前を初めて口にすれば、自分で思っていたよりもずっと声の奥がやわらいでしまった。
それを聞いて至極満足げな顔をしたゾロは私を連れて店を出る。
腰を抱かれて向かう先は彼の家のようで。
「傷心の女ヤリ捨てしたら末代まで祟りますからね」
「あんなんと一緒にすんな。…手放してたまるか、漸く手に入れたんだ」
色々察せてしまう返事の最後は、聞こえていたけど聞こえないふりをした。
ああ、私も大概ずるい女だ。
読まなくてもいいあとがき→
出来る限り狡くしたかったので裏設定…というか。
ゾロくんは一方的に名前さんのことを新世界で見かけて知っていました。
モブ男と別れそうな雰囲気も感じ取っていたところ、別れてから偶然出会ってしまったので嬉しくて笑いが止まらないゾロくん…かわちいね。