神戸さんに迫られる

ヴーッヴーッ
制服のポケットに入れているスマホが着信を知らせる。
発信者の名前を流し見し、電話に出ずに視線を上げれば廊下の先に見慣れた先輩の背中があった。

「加藤さん、お疲れ様です。」
「よぉ、お疲れ。1週間ぶりだな。」
「最近よく会いますね」
「別の部署なのに、おかしいよな。一課は忙しいか?」
「どこぞの富豪刑事さん達が色々とやってくれましたからね、そりゃあ忙しいですよ。」
「ハハ、悪いな。でも規格外なのは1人だけだろ。俺はただの公務員だよ。」

カラカラと笑う加藤さんはアドリウムの事件以降スッキリとした表情をするようになった。現対本部への異動が決定した当時はこちらが心配になる程落ち込んでいたものだが。
神戸警部と出会ってきっと彼の中の正義が戻ってきたのだろう。

ふとそんな事を考え加藤さんの方を見やると、彼がじっと私の顔を見つめていた。

「な、何ですか?もしかして顔に何かついてます?」
「いや。お前、何か悩み事でもあんのか?」
「えっ?」
「図星なんだろ。それくらい分かるぜ、お前を新人の時から見てるんだからよ」
「はぁ、加藤先輩に隠し事は出来ませんねぇ」

彼はとても面倒見のいい先輩だった。
私が一課に配属され、右も左も分からなかった当初、時に優しく、時に厳しく仕事を教えてくれた事を昨日の事のように覚えている。

正義感が強く、信念を持って仕事をしている。私はそんな彼を警察官としても人間としても尊敬していた。

「俺でよければ聞いてやるよ。」
「いえ、そんな、加藤さんに聞いて頂く程の悩みでもないので。」
「でも悩みは悩みだろ。もしかして星野か?」
「何でそこで星野が出てくるんですか…」
「同期だろ。」
「ただの同期です。」
「ただの同期ねぇ…あいつはそう思って無さそうだけどな」
「?どう言うことです?」
「いや、知らないならいい。今のは気にすんな。お前は純粋なままでいてくれ。」
「何ですかそれ。逆に気になるじゃないですか」
「今はお前の悩みを聞くのが先決だからな。で、一体何なんだよ。」
「………神戸警部が…」
「神戸ぇ?!」

私の口からその名が出ると、加藤さんは大層驚いた様子だった。
それもそのはず、私は捜査一課。そして神戸警部は現対本部に所属する人間であり、普通に考えれば接点がそこまであるわけではない。

星野は私よりもよく神戸警部と顔を合わせていたようだが、私が職務で彼と被ったのは2度だけだと記憶している。
面と向かって話をしたのは新幹線立てこもり事件と、ポリアドル大使館の護衛の時だけだ。
それも業務的なもので、たいした話はしていないのだが。

「あいつ、お前とそんなに関わりがあったか?」
「いえ、職務中に2回程会っただけなのですが…」
「は?」
「何故か知りませんがここ最近ほぼ毎日のようにメッセージやら電話が入ってまして。」
「はぁ???」
「何故か仕事用じゃなく個人携帯の方に。連絡先、神戸警部に教えてないはずなんですけど…」
「あいつ……」

何かを察したらしい加藤さんは額に手を当てて唸っていた。
神戸警部の相棒である加藤さんなら彼の真意を何かしら知っているのではないか。そう期待して、私は続ける。

「私、もしかして神戸警部の気に触るような事でもしたんでしょうか?」
「お前、神戸からの電話に一度でも出たか?」
「いえ…業務用なら出ますが私用携帯なので…驚いてしまって一度も出てません。」
「そりゃあそうだよなぁ」
「もしかして、何か知ってるんです?」
「あー、いや、知ってはないんだけど…な。ちなみにメッセージは何て来てたんだ?それは見たか?」
「ああ、はい…明日は非番なのかとか、そんな感じのメッセージが多いです。」
「はぁ〜…」

突然教えてもいない私用携帯に非番かどうかの確認や謎の着信が増えれば誰だって悩むだろう。
それもほぼ関わりのない他部署の刑事部警部からなので新手のホラーである。寿命が縮まりそうなのでそろそろ勘弁してほしいのだ。

「一体何なんです神戸警部は…どこから私の携帯番号を聞いたのかも分かりませんし…何がしたいのか見当もつきません。」
「あいつが神戸財閥の御曹司って事は知ってるよな」
「ええ、それは。有名な話なので…」
「金持ちにはな、一般人には想像もできないような手段があるんだよ」
「はぁ…」

それで、一般人が想像もしないような手段でわざわざ私のような下っ端警察官の電話番号を何故?そう続ければ、頭を抱えた加藤さんは自分のスマホを確認するや否や盛大に舌打ちをした。

「加藤さん?」
「はぁ…ったくアイツ…。俺を巻き込みやがって…。なぁお前、神戸の事どう思う?」
「神戸警部を?どうとは??」
「あんま関わりないかもしんねぇけど、あいつの事どう思う。例えばそうだな、見た目とかよ…」
「うぅん…そうですねぇ…整った顔立ちをしてらっしゃって、清潔感のある方だなぁとは思います」

そうか…と、加藤さんは何やら複雑そうな顔をした次の瞬間こう言い放った。

「好きか?」
「はぁあ?!?!」

今度は私が叫ぶ番だった。好き?何が好きだというのだ?私が神戸さんを?一体加藤さんは何の話をしているのだ?

「好きって何ですか?!私2回しか会ってないんですよ好きも何もないですよ!というか一体何の話ですか?!」
「だとよ、神戸。」
「へっ…?!」

コツ、コツ、ゆったりとした歩幅で上質な靴が床を鳴らす音がした。恐る恐る背後を振り返ると、神戸警部がポケットに手を突っ込みながらこちらに歩いて来る姿が見えるではないか。

「警部からの電話を1週間以上無視するとはいい度胸だな、警視庁捜査一課、苗字刑事。」
「げっ…かんべ、けいぶ…」
「ハァー、これで満足かよ」
「ああ、ご苦労だったな加藤警部補」
「はっ!加藤さん私をはめましたね?!」
「違うんだ!お前と話してたら突然神戸から連絡が来たんだよ…」
「それをはめるって言うんですよぉ!」
「う、悪い……」
加藤さんはバツが悪そうにそう言うと、こっそりと耳打ちをした。
「お前、嫌ならはっきり言ったほうがいいぞ。アイツ、目的の為なら手段を選ばねぇからな…」
「は……?」
聞き返す間もなかった。そして神戸警部は気づけば私の進路に回り込んでいるではないか。

「2回しか会っていないから好きも何もない、そう言ったな。」
「ぐっ……言いました、が…何か。」
「ならば惚れさせる。それだけだ。これから互いを知っていけばいい。」
「待ってください急に何の話をし始めるんですか」
「電話もメッセージも返事がないので強行手段に出たまでだ。」
「そりゃ連絡先教えてもいない私用携帯にガンガンかけてきたら出ませんよ。怖いですもん」
「なるほど、そういうものなのか?」
「そういうものです。」
隣に居る加藤さんが、うわあ面倒くせぇと独り言を言っているがここに神戸さんを呼んだの加藤さんですよね?この状況を作ったのも加藤さんですよね?何故私は現対本部の警部に問い詰められなきゃならないんですか?

「それで、神戸警部の目的は何なんですか」
「交際を申し込みに来た。」
「……は」
「交際を申し込みに来たと言っている。」
「2回しか会っていないのにですか?」
「好きという感情に会った回数が関係あるのか?」
「…ううん、まあ、そう言われれば関係ないかもしれませんけど、それとこれとは…」
「俺は貴女が好きだ。結婚を前提に交際をして欲しい。」
「…っ?!」

ここまで真っ直ぐな愛の言葉を真正面からハッキリと告げられたのは20数年生きてきて今日が初めてだ。そして急な告白に顔が熱い、どうしたものだろうか。
先程まで何を考えているかよく分からず怖いなどと思っていた神戸警部の顔をまともに見ることが出来ないじゃないか。頬に手を当て、熱よ冷めろと言い聞かせる。

「おい神戸、こいつパンクするからやめてやれよ…」
「加藤には関係ないだろ」
「いやまあ、そうだけど俺の可愛い後輩だからさ…」
2人の会話など耳に入ってこなかった。先程の告白の言葉が頭をぐるぐるしていてそれどころではない。
あれ…というか、よく見たら神戸警部って凄く睫毛が長くて目が大きいな…それに何だか良い匂いがする。何の香水だろう。とても好きな香りだ。
「それで、返事は。」
「は、はいっ?!」
とんでもなく声が裏返ってしまった。恥ずかしい。
顔を真っ赤にして動揺する私を見かねた加藤さんがフォローに入ろうとしてくれる。
「だから神戸…」
「加藤は黙っていろ。俺は苗字刑事に聞いている。それで、交際の申し込みは受けてくれるのか?」
青く綺麗な瞳が私をまっすぐ見つめている。それだけで何故か鼓動が早くなり、答えようとする口はパクパクするだけで言葉にならなかった。

「あ…の。い、……1週間…でいいので時間を…頂けませんでしょうか」
やっとの思いで口にしたのはこの言葉だった。こんな急な告白に直ぐ答えられるはずがないのだ。

「いいだろう。また改めて連絡をする。」
まあ、結果は分かり切っているがな。と後に続けた神戸警部はふっと口角を上げ不敵な笑みを浮かべている。
その表情や仕草がとても色っぽく、何だか好きになってしまいそうだ。
顔が熱く思考が纏まらない。完全に動転してしまった私はいてもたってもいられず「失礼します!」と勢いよく言い放ちその場を脱兎の如く逃げ出した。

「あー、星野…あれはもう入る隙なさそうだな…わりぃ…」

普段は冷静沈着な彼女が顔を真っ赤にさせ、見たことのない慌てようで走り去っていく。
その背を見つめながら、もう1人の後輩の顔を思い浮かべ加藤はポツリとそう呟いた。

そして一週間後、あれよあれよと神戸さんとのお付き合いが始まりゴールインするのはまた別のお話。