01
祭りに向けて神社の仕事が忙しくなる。そう聞いて以降、恋人とはしばらく会えていなかった。
自分の仕事の繁忙期と重なっている事も要因だ。
互いに社会人、片や雅貴は神主となれば毎回デートの予定を合わせるのも難しい。
それが繁忙期となれば尚更である。
「はぁ…少しだけでいいから、顔を見られたらな…」
右手の薬指に光る指輪を眺める。
真ん中に一つ埋め込まれたブルーのジュエリーが恋人の瞳を彷彿とさせた。
指輪を贈ってくれた日の事は、昨日の事のように覚えている。
そういえば、指輪をしているのが弓道部員達に見つかり、恋人の事を根掘り葉掘り聞かれてかわすのが大変だったと呆れた顔で言っていたっけ。
彼の指にも同じく指輪が嵌められていると思うと、離れていても繋がっているような気がした。
神社に行ってみよう。
そう思い立ち、残業も程々に終わらせた名前は夜多神社へと向かった。
◆
神社は夜の闇に包まれていた。
見慣れた階段を前に、上へと登り進める。
相変わらず神社への階段はきついものだった。
「はぁ…、はぁ…」
社殿前まで登りきると荒い息を整える。
社務所には灯りがともっていた。きっと雅貴がまだ仕事をしているのだ。
ふと手水舎の方に視線をやると、ぼんやりと人影が動く。
予想だにしていなかったその人影に、名前の肩がびくりと跳ねた。
「っひぃ…っ!」
「ぅわっ!」
小さな悲鳴を上げると相手も声を上げる。
夜目に慣れてきた瞳でその人を捉えると、ラフな格好に本格的な一眼レフを首から下げた男が立っていた。
不審者らしくはあるが、幽霊ではないと分かると安心する。
「すみません…人がいると思っていなくて」
「いやいや、こちらこそ驚かせてしまってすみません。こんな時間に参拝ですか?」
「はい、そんな所です」
本当はここの神主である恋人の顔を一目見ようと訪れたのだが。
「お姉さん、モデルさんみたいに綺麗ですね。良かったら俺のポートレートの被写体にでもなって欲しいくらいだ。」
「はぁ……」
「ああ、申し遅れました。趣味でカメラをやってます、滝川蓮っていいます。」
「…?」
暗がりで名刺を渡され、受け取る。
薄暗くてよく読めないその文字を睨むように見つめる。
聞き間違いか漢字違いかと思ったが、名刺には滝川蓮と書かれており恋人と同じ漢字であった。
「写真のモデル、興味ありませんか?こんな美人を撮らせて貰えるなら報酬も弾みますよ」
「滝川………」
名刺と目の前の男を交互に見やる。
そういえば雅貴に兄弟がいるか確認していなかったし、目の前の男は雅貴とは似ていない。
しかしここは彼が神主をしている神社の境内だ。そこに同じ滝川と名乗る男がいる。
名前はおもむろに口を開いた。
「あの、もしかして雅貴…、滝川雅貴の知り合いですか?」
「あれ?雅貴を知っているんですか」
「知っていると言うか…まあ、はい。」
「それなら話は早いですね。俺は滝川雅貴の兄です」
「兄…?」
予想外の単語に瞬きをする。
恋人を思い浮かべ目と前の男と比べてみるが、どこをどう見ても似ているとは思えなかった。
「本当にお兄さんですか…?」
「似ていないって、よく言われます。そういうお姉さんは雅貴とどういった関係で?」
「私…は、雅貴さんの恋人です」
「恋人…?ああ!!あなたがあの!いやー、良かった。雅貴のやつから報告が無いからどうしたものかと思ったら、ちゃんと進展してたんですね」
「えっと…?」
「おい蓮、うるさいぞ。誰と話して……あれ、名前?」
「あ、雅貴…ごめん、会いたくて来ちゃった…」
気づくと神主姿の雅貴がそこにいた。
社務所にまで声が届いていたらしく、気になって確認に来たようだった。
蓮はそんな雅貴の肩を勢いよく組むと、背中を向ける。
「雅貴お前、落ち着いたら紹介するって言っておいてあれから兄貴に何の報告もないとは…」
「色々忙しかったんだよ。仕方ないだろ」
「それにこんな美女だなんて聞いてない。」
「見た目を伝える必要もないだろ。あと口説くなよ。俺のものだ。」
「うわ、牽制か」
「ああ、そうだけど?」
自身に背中を向け何やら小さな声で会話をする2人の様子を見て、名前はやっとこの滝川蓮という男が雅貴の兄だと納得した。
「名前、母屋に入っていいぞ。メシ、今からなんだ。一緒に食べよう」
「いいの?」
「いいに決まってる。」
ぽんぽんと頭を軽く触れられ、久しぶりのその手にふわりと微笑んだ。
雅貴に促されるまま、神社の母屋へ足を踏み入れる。
神社の方にお邪魔するのは初めてで、どうにも落ち着かなかった。
奥に畳の部屋があり、そこには布団が畳まれている。
どうやら最近はこちらに寝泊まりしているようだ。
ぐるりと部屋を見渡した後、母屋に入って来た蓮に話しかける。
「お兄さん、先ほどは疑ってすみませんでした」
「気にしてないよ。それより、雅貴の兄として親しみを込めて名前ちゃんと呼んでもいいかな」
「はぁ、構いませんけど…」
「あと是非、写真のモデルの件も考えてくれたら嬉しい」
「うーん、それはちょっと検討させてください」
「蓮、いい加減にしろ。名前が困ってる。」
エプロンをした雅貴が台所から顔を出す。
「悪いな名前。蓮の言うことは気にしなくていい。それと蓮、写真を撮るなら俺と名前を一緒に撮るんだな」
「おっ、なんだ?フォトウェディングか?腕がなるな!」
「気が早い。記念写真だよ、良いだろ?カメラマンさん。」
「記念写真…ぁ。」
「名前、前に撮ってみたいって言ってたろ?ちょうど良い」
「うん。お兄さん、すみませんが、よろしくお願いします」
「おう、可愛い弟カップルの頼みだからな」
蓮のその言葉に彼女が笑顔になった。
兄に惚れるなよという思いを込めて視線をやれば苦笑される。
「今日は蓮が食材持ってきてくれたからな、豪勢に焼肉だ。」
「わぁ!すごい」
「俺が食いたかったもんでな」
「名前、ちょうど良い時に来てくれたよ。」
「んじゃ、食べるか!」
「はい!」
3人で手を合わせ、食卓を囲む。
蓮は名前と雅貴に質問責めだった。
雅貴は兄の追及を適当にかわしながら隣に座る名前を見やる。
お互いの繁忙期が重なり最近は全然会えていなかったのだ。
まさか忙しい中彼女の方から会いに来てくれるとは思ってもみなかった。
隣に彼女がいるのが嬉しく、雅貴の顔には自然と笑みが浮かぶ。
今まで見た事のない幸せそうな雅貴の顔を見た蓮は、こりゃ重症だなと溢すのだった。