01

「青森の神社の納射…?」

恋人の部屋、ソファに座りながら名前は雅貴に返す。

「ああ、神主が死んだ爺さんと仲が良かった事が分かってな。連絡したら誘われたんだ。せっかくだから行ってくる。」
「そっか、おじいさんのことも色々聞けるといいね。雅貴、気になってるだろうし。」
「ああ」
「でも大会は?次の日なんでしょ?」
「すぐ戻ってくるよ。」
「じゃあ湊くんたちは大丈夫なのね?」
「というか、あいつらに大丈夫だから行ってこいって背中を押されてな。」
「そっか…優しい子たちね。」
「ああ、本当に。意気地のない俺の気持ちを押してくれたんだ。ありがたいよ。」

きっと雅貴とおじいさんの話を知った湊くんが気を利かせたのだろうと思った。
彼は純粋でとてもいい子だと名前は好印象を持っている。
他の教え子の話は雅貴から聞く程度だが、どの子も弓に真剣であり雅貴になついているらしい事は分かった。

「気をつけて行ってきてね」
「ああ、気をつける。」

にっと笑った雅貴はどこか吹っ切れた顔をしていて、いい機会に恵まれて良かったなと思う。
ふいに後ろから抱きついて来た雅貴が耳元で囁いた。

「なあ、今夜もいいよな?」
「もう、馬鹿…」

互いに働いていてあまり時間が合わないとはいえ、雅貴と会う時は毎回身体を重ねているような気がする。
彼との情交はかなり濃厚で激しいので身体への負荷がかかっているのだ。
しかし、それでも仕方ないなと彼への愛おしさに負けて受け入れてしまうのだから惚れた弱みというやつは怖い。

「明日も仕事だから、激しくしないなら。」
「善処はする」

その返事に名前は明日も腰痛コースだなと苦笑いをした。





雅貴が青森へ発つその日の朝、気をつけてと改めてメッセージを送り出勤の準備をする。
明日は大会だから、よかったら湊たちを応援しに行ってやってくれという返事と会場の地図が送られていた。
雅貴の教え子たちは、一体どんな弓を引くのだろうか。

「行こうかな。湊くんの射、また見たいし。」

気になるから応援に行くね、そう雅貴に返すとその日は急いで職場へと向かった。


翌日、予定通りに会場へ着いた名前は雅貴に連絡を入れる。

"会場についたけど、雅貴はもういる?"
"雅貴はコーチだから関係者の方かな?私は観覧の方から入るね"

いつもは早くつく既読が一向につかず、名前はなんだか嫌な予感がした。
心配になり電話をするも繋がらず、メールすら返ってこなかった。
これ以上は何もできず、彼からの返事を待つ他ない。
落ち着かない気持ちをどうにかしようと辺りを歩いて気を紛らわせる。

観覧席に入るにしてもまだ時間は早い。
うろうろしているうちに、出場する高校生たちが待機している場所に迷い込んでしまった。
正面の入り口まで戻らねばと思っていると、知った声が名前を引き止める。

「名前さん!」
「あっ、湊くん!」

そこには風舞高校のメンバーが待機していた。
湊くん以外は初めて会うため、私の姿を見ては誰だろうといった反応をしている。

「大会、見に来てくれたんですね」
「うん。今日、応援してるね!」
「ありがとうございます。あの、マサさんと連絡がつかないんですけど、名前さんには来てますか?」

じとり、背中を嫌な汗が伝う。
何かがおかしい、湊も自分も雅貴と連絡がつかないなんておかしいのだ。

「実は私にも返信はきていなくて。昨日の朝は来たんだけど、どうしたんだろう」
「電話も駄目、ですよね」
「うん。繋がらない、メールも駄目」
「一緒ですね」
「雅貴、どうしちゃったんだろう…」

抑えていた不安が顔を出す。
そんな様子の名前を見つめる湊もまた不安そうな顔をしていた。

「お前らここだったか…!」

風舞高校の待機場所に向かって男性が走ってきたと同時に名前のスマホに着信があった。
表示された滝川蓮の文字に名前はすぐさま電話を取る。

「もしもし、お兄さん、あの!」
『名前ちゃん、悪い、落ち着いて聞いて欲しい。昨日、雅貴が事故にあった』
「ーーーッ」

衝撃に頭が真っ白になる。震える唇は何の言葉も紡いではくれなかった。

『すぐ運ばれて、今は治療してるらしい。が俺もまだ病院に行けてなくてよく分からないんだ。』
「ぁ……」
『すまん、今から俺も病院に行くところで』
「……」
『住所は送るから名前ちゃんも大丈夫なら雅貴に会いに行ってやってくれ、名前は通してある。言えば入れるようにしてもらった』
「…ッありがとう、ございます。」
『大丈夫だ、名前ちゃん』

雅貴を信じよう。
その言葉を最後に、通話が切れる。

ツーッ、ツーッ 耳元で鳴る無機質な電子音に名前は足の力が抜け、その場にくずおれた。
雅貴と過ごした日々が走馬灯のように頭の中を駆け巡っていく。

雅貴…雅貴、雅貴………私の愛しい人。

風舞の教え子たちも雅貴の事故を知ったようで重たい空気が流れている。
地べたにへたり込んだ名前に湊が近寄った。

「名前さん…ごめん、俺のせいだ。俺がマサさんに青森まで会いに行ったほうがいいって言ったんだ。」
「…いいえ、違うわ、湊くんのせいじゃない」
「ごめん、ごめんなさい、俺のせいで」

取り乱す湊を前に、名前は冷静さを取り戻していく。
高校生にこんな顔をさせておいて、大人の自分が腑抜けた状態ではいられないと思ったのだ。
名前は湊の目を覚まさせるように両頬を少し強めに叩いて包み込む。

「…駄目、湊くん。しっかりして。あなたのせいでも、ここにいる誰のせいでも無い。行くと決断したのは雅貴よ。雅貴は感謝してた、みんなが背中を押してくれたって。」
「名前さん…」
「湊くんは弓を引くの。雅貴の事は大人に任せて、みんなは弓を引くことに専念して?お姉さんとの約束。」

言い聞かせるように、小指をさしだす。
湊ははっとすると、おずおずと名前に小指を絡めた。

「ありがとう、名前さん。」
「ん、よし。大丈夫そうね。私は今から病院に行ってくる。大会、応援できなくてごめんね」
「分かった。マサさんのこと、お願いします。」

蓮から送られて来た住所を地図に打ち込み確認して立ち上がると、湊がぽつりと言う。

「俺、マサさんの恋人が名前さんで良かったなって、勝手だけどそう思います。」

気をつけて行ってください。
その言葉ににこりと笑い、親指をぐっと立てた手を湊に返すとその場を後にした。